00009_文書管理業務の概要

「法務活動の前提環境を整備する」
という法務活動の中には、法令管理に加え、文書管理というものもあります。

契約書等が適正に保存管理されるべきことは当然として、定款、議事録、株主名簿、許可証、登録証などの重要法務文書の管理も重要な法務活動の一環です。

すなわち、これら法務文書は、処分証書であれ、報告証書であれ、
「紛争発生時の証拠として活用されることを想定して、一定の歴史的事実を正確に記したもの」
であり、これを利用する可能性が最も高く、重大な利害関係をもつのが他ならぬ法務セクションであるからです。

そして、文書管理上の最大のリスク、すなわち
「紛失事故(所在分散により発見に長時間要して即時・適時に利用できない事故を含む)」
を予防する意味でも、重要法務文書は法務セクシヨンにおいて集中した原本管理がなされるべきです。

仮に法務セクシヨンが原本管理をしない場合であっても、保管部門に対して適切な管理指導を行うことは
「法務部の重要な支援活動の一つ」
と位置づけられます。

なお、文書管理、すなわち、企業の活動や状況を、
「ミエル化、カタチ化、言語化、文書化、フォーマル化、整理、保管、管理する」
という活動については、とかく軽視されがちです。

「本当に何があったか、どのような状況か、何が行われたかは、自分たちが一番よく知っている」
「自分たちに関することで体験したことや知っていることは、忘れるわけはないし、思い出すのことは簡単だ」
「自分たちに関することで体験したことや知っていることを想起し、言語化し、文書化し、フォーマル化して、事情を知らない外部の専門家や機関に、客観的かつ簡潔に伝えるなど、大した手間ではないし、すぐできる」
「事実が捻じ曲げられるはずはない」
「説明すればわかってくれるし、説明するなんて簡単」

という楽観的なメンタリティーによるバイアスが作用していると思います。

このような集団的な認知バイアスによって、記録管理という営みは常に軽視されがちですが、実際には、
「自分たちに関することで体験したことや知っていることを想起し、言語化し、文書化し、フォーマル化して、事情を知らない外部の専門家や機関に、客観的かつ簡潔に伝える」
という前提作業が一向に進みません。

このことが訴訟やトラブルにおける重大な耐性欠如となって、無残な結果をもたらします。

俗に
「泣く子と地頭には勝ない」
といいますが、法曹界では、
「役所と銀行には裁判で勝てない」
という俗説があります。

要するに、銀行相手の訴訟や、国相手の国家賠償請求や処分取消訴訟、税務争訟等の行政争訟、さらに(これも一種の国相手の訴訟と言えますが)刑事事件においては、たいてい(90%前後あるいはそれ以上の確率で)、訴訟の相手方が敗訴の憂き目に遭う、という経験上の蓋然性が顕著に存在する、ということです。

この理由について、
「裁判所が銀行や国といった強者やエスタブリッシュメント側にシンパシーがあり、不公平に味方するから」
ということがまことしやかに語られますが、私は、全くの邪推、都市伝説の類だと考えます。

すなわち、
「訴訟において国や銀行が圧倒的な強さを発揮するのは、これらの組織が顕著に高い文書管理能力を有しているから」
と考えるからです。

他方、相当規模が大きく法務組織が充実している特定の一部上場企業を除き、一般市民や一般事業会社においては、まともな記録管理や文書管理がされていません。

どの会社も、最低年に一度は税務申告を強制される関係で、企業の活動や状況を、「取引の会計記録」という形で、
「数字による、 ミエル化、カタチ化、フォーマル化 」
はしています。

しかしながら、
「将来の紛議を想定し、客観性ある言語を用いた文書によって記録する」
という活動については、相当重要な取引案件やプロジェクトであっても、ほとんどの会社では絶望的に欠如しています。

1ヶ月前、半年前、数年前の出来事について、
5W2H(いつ、誰が、どこで、何を、どのように、いくら、どの量を、どうした)
という内容を、痕跡を添えて、明瞭に説明しようとしても、
スマートかつスピーディーにこなすことを、一般市民や一般事業会社に求めても、およそ対応不可能な状況に陥ります。

この作業を迅速かつ適切に取り組むには、

・経営陣が日常から文書管理の意味と価値と重要性を理解し、
・そのための予算とマンパワーがあり、
・文書管理というプラクティスに対して資源動員を行う意思決定がなされ、
・法務部等の適切な組織が整備され、
・法務部等が継続的組織的に記録管理活動をし、
・有事においては、即時・適時に、争点となっている紛争発生時の企業の活動や状況を「言語化、文書化、フォーマル化」してアウトプットできる

という運用体制が必要なのです。

例えば、最強の中央官庁と言われる財務省(旧大蔵省)では、新卒総合職で最も優秀・有望な事務官(公務員試験トップ合格者や、東大法学部全優、在学中司法試験や旧外交官試験等も合格した二冠王、三冠王等の化物クラスの秀才)の配属先は、主計局でも主税局でも国際局でもなく、大臣官房文書課(かつては大臣官房秘書課文書係)であった、と仄聞します。

そのくらい、
「中央官庁という『あらゆる訴訟において連戦連勝する常勝組織』は、文書管理を重要視している」
ということであろう、と思われます。

すなわち、中央官庁でも、銀行でも、組織の活動や状況を、ミエル化、カタチ化、言語化、文書化、フォーマル化するという活動をことのほか重要視しており、そのためのマンパワーやこれを支える予算があり、トップ・マネジメントの資源動員決定により、十分な体制整備している、ということが前提ないし背景があるのです。

一般市民や一般事業会社が訴訟を起こしたり、訴訟に巻き込まれたりした場合、訴訟代理人弁護士が就いている就いていないにかかわらず、日常の記録管理体制が不備・不十分ということもあり、事件の核心となりうる事実関係や経緯についてさえ、
「具体的事実を、5W2H(いつ、誰が、どこで、何を、どのように、いくら、どの量を、どうした)というフォーマットにしたがって、痕跡を添えて、明瞭に説明する」こと
がほとんどできません。

結果、具体的事実を明瞭な痕跡を以て丁寧に説明するという真摯な(だが、面倒臭い)訴訟活動をギブアップし、
「これは不当」
「これは不正義・不公平」
「正義に反する」
「相手は悪い」
「相手はひどい」
「信義誠実の原則に反する」
「当方の主張の正当性は火を見るより明らかである」
「権利濫用である」
「社会通念上相当性を欠く 」
などといった勇ましい修飾語を羅列して適当に誤魔化すだけで、評価の基礎となる事実に関する論拠や根拠もなく、自分たちだけが感じている主観的印象やイデオロギーを一方的に展開することに終始する(結果、当然の帰結として裁判所が辟易する)、という状況が傾向として多く見受けられます。

「汝(当事者、弁護士)、事実を語れ、我(裁判所)、法を適用せん」
という行動原理に忠実に従う裁判所としては、
「具体的な事実を丁寧かつ誠実に語らず、正義や公平といったイデオロギーを振り回したり、裁判所の職分を冒して一方的に『法を語』ろうとする暴挙・蛮行に及ぶ無骨者」
を嫌悪・忌避し、
「しっかりとした記録を基礎に具体的事実を痕跡を添えて明瞭に説明する国や銀行の主張」
を是と、後者を徹底的に有利に扱う運用をするのは、当然といえば当然です。

いずれにせよ、文書管理、すなわち、企業の活動や状況を、ミエル化、カタチ化、言語化、文書化、フォーマル化するという活動については、決して軽視されるべきではなく、中央官庁や銀行を範とし、企業規模に応じたしかるべき資源動員を行って、適切適正に遂行されるべき課題として捉えるべきです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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