00097_企業法務ケーススタディ(No.0051):裁判所は権利実現に勤勉な者がお好き

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社ホース&ディアー 社長 スーザン・ヤマモト(スーザン ヤマモト、22歳)

相談内容: 
先月、突然、
「砂糖田はどこや?
どこにおるねん?」
とかいって大きな声でわめきながら、ウチのショップにコワイ人が来たんです。
パンチパーマで、剃り込み入ってて、ジャージ着てて、大きい声で、それで関西弁なんですょー。
砂糖田って、かなりバカで、日本語も怪しいので、ちょっと前に辞めさせたんですけどぉー、変なホストに貢いでたらしく、借金が相当あったようなんです。
私も店にすぐ駆けつけて、
「砂糖田は辞めました。
ウチは関係ありませんから帰ってください」
と言ったんです。
そしたら、この縞田っていう関西人は、余計に大きい声で、
「アンタ社長やろ。
従業員ゆうたら、子供と同じやんけ。
ちゃんとケツ拭いたらんかい。
ナメたことぬかしてたら、イてまうぞ、こら」
とか騒ぎだすんです。
こっちも
「警察呼ぶわよ」
と言ったら、途端に泣きだして、
「社長はん、たのむわ。
警察は勘弁してくれ。
ゆうたら、オレも必死やねん。
この借金とりっぱぐれたら、ワテ、指なくなんねん。
とりあえず、今日のところは、形だけでえーから、この紙にサインして判子押してくれへんか。
細かいこと書いてあるけど、まあ、ゆーたら、砂糖田に、ようゆうてきかせて、あんじょうやらせます、ゆう内容や。
な、たのむわ。
後生やさかい」
とか言い出すんです。
私も可哀相になって、言われるがままにサインして判子押したんですよ。
そしたら、先週、縞田が裁判を起こしたみたいで裁判所から呼び出しがありました。
そのときの私のサインした文書が証拠で出て来てるんですけど、
「確認書」
「連帯保証」
とか書いてある。
そりゃよく見なかったかもしれないけど、まるでインチキじゃないですか。
あのパンチパーマの関西弁を裁判所に呼んだら、絶対、裁判官もわかってくれるはずです。
私を騙した悪いヤツだって。
先生、絶対勝てますよね?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:裁判では、人柄ではなく、文書が全て
一般の人が裁判でイメージするものといえば、サスペンスドラマでの刑事裁判で、検察官と弁護人がずらっと並んだ傍聴人をギャラリーに丁々発止のやりとりがあり、最後には、弁護人が鋭い反対尋問で証人を切り崩し、真実が明らかになり、正義が勝つ、といった内容です。
しかし、設例のような民事の事件の場合、ドラマの刑事裁判とは全く異なった様相を呈します。
まず、傍聴席は関係者が1人か2人いるだけで閑散としてますし、本件のような単純なケースの場合、尋問と言ってもせいぜい当事者本人2人を1時間前後で聞く程度。
尋問も丁々発止といった趣はなく、双方の弁護士が地味にダラダラと話を聞き、裁判官も眠気を押さえるのに必死と言った様子です。
というのは、民事では、文書がモノを言うからであり、こういう事件ではすでに勝敗が見えているからです。
民事訴訟法では
「私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する」(228条4項)
とされ、スーザンさん側が
「この確認書に書いてある字は私の字で、押されている判子は私がもっている判子を押したものです」
と言った趣旨の事実さえ認めれば、スーザンさんの敗訴は確定してしまうのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:自らの権利保全に勤勉な人
なるほど、裁判所がパンチパーマの味方をして、スーザンさんのようなか弱き女性を助けてくれない、というのは奇異な印象を受けます。
しかしながら、
「法は自らの権利保全に勤勉な人間を保護する」
という法諺があり、裁判所も、この原則を忠実に実現しようとします。
すなわち、
「パンチパーマで、剃り込み入ってて、ジャージ着てて、大きい声で、関西弁で、民事訴訟法や裁判実務をよく勉強し、ありとあらゆる手練手管を用いて、文書を徴収する」
縞田さんような人こそが、
「自らの権利保全に勤勉な人間」
として民事裁判上保護すべき、ということになります。
逆に、スーザンさんは、可哀相といえば可哀相ですが、言ってみれば
「ロクに文書を読まずにサインや押印をするようなだらしない人間」
なのであり、自己責任の原則を徹底して厳しい責任を課すこともやむを得ない、ということになるのです。

モデル助言: 
気持ちはわかりますが、必要性もないのに文書にサインして押印したスーザンさんがバカでしたね。
とっとと警察を呼べばよかったんですよ。
裁判所は
「通常の知性があれば、用もないのに、自分に不利なことを書いてある文書に判子押すヤツはいない」
という前提に立っており、逆に、債務を負担する内容の自署押印文書があれば
「よほどしっかりした合意の下、債務を負担したはず」
という思考を働かせます。
判子一発で高い授業料になってしまいましたが、仕方ないでしょう。
とはいえ、むざむざ引き下がるのも癪ですから、ちょっと応戦しましょう。
縞田が貸金業登録をしているとは思えないし、まともな金利で貸しているとも思えないし、手数料名目で相当なカネを差っ引いた上で貸している場合だってもある。
さらに言えば、恐喝の前科くらい持っているかもしれない。
砂糖田を探して金利条件や借入時の状況を聞くとともに、貸金業登録の有無を調べて業法違反の点を問題にしましょう。
さらに、裁判所の調査嘱託命令を得て前科情報を照会し、今回の縞田のやり方を非難する際の根拠として利用しましょう。
こうやってジタバタしているうちに、いい条件で和解できるかもしれませんから。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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