00108_企業法務ケーススタディ(No.0062):発明者ファースト国、アメリカでの特許出願の注意点

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
磐梯食品株式会社 会長  磐梯 栄二(ばんだい えいじ、68歳)

相談内容: 
先生、いよいよアメリカ進出ですわ。
すごいでっしゃろ。
今度アメリカで私が発明した特許を出願して、ウチの商品を売って売って売りまくるんですわ。
え?
お前、ほんまにそんなすごいもん発明したんか、やて?
ちゃいますがな、ちゃいますがな。
私なんか、シャベクリ営業だけでのし上がってきた人間でっさかい、技術なんか、なんも分かっていませんし、発明とかできるわけないですやん。
ご存じのとおり、最近、ウチの会社は食料品の加工販売だけでなく、食品加工用機械の開発に力を入れとるんですわ。
ほんでね、去年中途で入ってきよった開発部の神岡虎太郎ゆうヤツが
「ゆで卵の黄身部分を捨てて白身部分だけを取り出す画期的な機械」
の開発に成功しよったんですわ。
日本での販売ももちろんですが、今、アメリカはダイエットブームですから、アメリカでもこの機械や卵の白身だけの食材の販売を大々的に始めたろ、ゆうわけですわ。
まあ、ゆうても、アメリカで勝負するんやったら、特許とか出願しとかんとあきませんわな。
それで特許出願するんですけどね、向こう行って商談とかで
「私が発明しました。日本のエジソン、磐梯です」
とかゆうて、ツカミで一発カマしたいですやん。
そしたら、アメリカさんの私を見る目が違うてくるてなもんで、そやって、パンパンパーン、と商売進めたいんですわ。
そういうわけで、今回の機械は、私が発明者ゆうことで出願しときたいわけですわ。
ま、当の発明者の神岡にはずいぶん飲ませ食わせしてますし、職務発明ゆうことで相当な報奨金払ってますさかい、異議ございませんゆうとりますわ。
あーははははは。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:「特許を受ける権利」と「発明者」
「特許を受ける権利」
すなわち、特許を出願し、特許権の付与を受けることができる者は、特許法上、
「産業上利用することができる発明をした者」
すなわち
「発明者」
であるとされております(特許法29条柱書)。
しかしながら、
「発明者」
とはどのような者を指すかについては明文の規定が存在しません。
学説上は、まず
「発明」

「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」
と定義した上で、
「発明者」
について、
「発明の創作行為に現実に加担した者だけを指し、単なる補助者、助言者、資金の提供者あるいは単に開発等の命令を下した者は含まない」
としています。
よく、発明や特許出願に関与した者へ名誉を与える趣旨で発明者の上司や所属企業の社長も発明者欄に記載して出願を行う慣行を持つ企業がありますが、後日、上司が発明者に該当するか否かが争われた事例において、東京地方裁判所平成13年12月26日判決は、研究開発環境を整備したにとどまる者や単なる後援者は発明者ではないと判断しております。
なお、発明者ではなくても、発明者から特許を受ける権利の譲渡を受けることで、出願人として、当該発明にかかる特許を出願することが可能です。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:「特許を受ける権利」という制度のないアメリカでの特許出願の注意点
アメリカでは、特許を受ける権利という考え方がなく、発明をした者しか特許出願できません。
この関係で、アメリカで特許を出願する者は、出願に際し、
「当該発明は自分こそが最初の考案者である」
という内容の誓約書を同時に提出しなければならないとされ、発明者と出願人の厳格な一致が要求されます。
アメリカにおいて、これに反し発明者ではない者を発明者として出願した場合、当該特許の有効性が疑問視されるリスクが生じることになります。

モデル助言: 
磐梯さんの場合、明らかに発明者ではありませんので、発明者として特許出願し、特許権が付与された場合であっても、後日の裁判で特許が無効とされる危険が生じます。
え?
アメリカ人がウチの社内事情のことなんて分かるはずないから、バレやしないって?
アメリカの訴訟手のディスカバリー(証拠開示)手続きにおいて、事実認定のための証言録取(デポジション)を実施し、磐梯さんが本当にこの発明を行ったかどうかを攻めたてることはアメリカの特許弁護士の十八番(おはこ)です。
磐梯さんの場合、技術に関する何のバッググラウンドもないのですから、相手方の弁護士の巧みな尋問にあえば、すぐにウソがバレてしまいますよ。
見栄のため発明者を気取ったばかりに、せっかくの特許権が使えなくなってはバカバカしいですから、現地の出願代理人とよく相談して、発明者の特定には細心の注意を払って出願されることをお勧めしますよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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