00141_企業法務ケーススタディ(No.0096):大家さんが破産した!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社イレギュラー 社長 松本 強田(まつもと ごーた、30歳)

相談内容: 
先生、隣が破産したんですわ。
先生、この書類なんですが。
ハイハイ、コレ。
「破産者ニシカワコーポレーション 破産管財人弁護士」
「おたくが入居しているビルの大家について、破産開始決定が下されました、ウンヌン」
とかなんとかややこしいことが書かれてますわ。
ま、ウチの大家が破産した、ゆうことですわ。
これって、今後も今までどおり賃料を支払わないといけないんですかね?
もともと、ここは、リーマンショック直前の不動産プチバブル期にムチャ高額の賃料で契約させれたんで、正直、賃料自体高すぎるんですわ。
ウチの店舗は、月の賃料が300万円で、敷金は、足元見られて12か月分の合計3600万円てな具合です。
大家は破産したんですから、敷金だってちゃんと返ってくるかわからないですし、こんなもん、ありえへんくらい高い賃料取られるわ、敷金踏み倒されるわで、どうもならんですわ。
なんでしたら、
「賃料は、預けてある敷金から控除しといてくれ」
みたいな形で、賃料精算することはできませんかねえ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:大家が破産した場合、敷金はどうなるか
債務者が債務を支払えなくなると、力のある債権者が強引に取り立てをして財産を持ち去ったり、債務者と仲の良い債権者だけが弁済してもらったりするなど、不公平な処理が発生しがちです。
そこで、破産制度は、債務者の経済的破綻を債権者の間で公平に分担させるため、裁判所が
「コイツは債務を支払えないから、破産手続きを開始させて、残った財産を皆で公平に分配しよう」
と宣言した場合には、各債権者は、その債権額に応じて、債務者に残った財産から平等に弁済を受けることとしています。
例えば、債務者である大家の総債務額が100万円、敷金債権が10万円だとして、大家の手元に残った財産が1万円とします。
この場合、敷金債権は総債務額の10%しかありませんから、債務者の手元に残った1万円の10%である、1千円しか分配されないことになります。
このように、敷金を人質に取られていながら、賃料を従来どおり支払っても、敷金は一部しか帰ってこないのです。
これでは、大家が破産した場合には、賃料を支払わない方が利口にも見えますが、賃料の不払いを行うことは、破産管財人から、賃料不払いを理由として、賃貸借契約を解除されるリスクを伴います。
そこで、賃貸借契約を解除されないように、
「店子が負担する賃料債務と、店子が持つ敷金返還請求権とを相殺して、賃料を支払ったことにすればよい」
とも考えられます。
しかし、この点については、
「店子が建物を明け渡した後で、その時点で大家が店子に対して有している債権額を敷金から引き、なお残額がある場合に、ようやく敷金返還請求権が店子に発生する」
との最高裁判例があるので、建物を引き渡す前の段階で賃料と相殺をすることはできません。
これは、大家の破産という非常時でも同じです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:破産管財人に対する寄託請求
このような法律の仕組みを見ると、店子は踏んだり蹴ったりのようです。
しかし、破産法は店子の権利を保護する規定をきちんと設けています。
破産法70条は、
「店子が賃料を支払う場合には、敷金返還請求権の額を上限として、支払額の寄託を請求できる」
と規定しています。
例えば、店子が3600万円の敷金を大家に預けている場合には、毎月の賃料300万円を破産管財人に支払うたびに、支払う額について破産管財人に対して供託を要求でき、それを合計12か月間行うことができるということです。
これによって、店子が建物を明け渡して敷金返還請求権を取得した際には、店子は、破産管財人が供託していた額について、優先的に支払を受けることができます。

モデル助言: 
大家さんが破産した以上、敷金返還請求権といえども原則として、一般債権者と同じ配当率の範囲でしか返ってきません。
他方、
「大家が破産したなら、既に預けている敷金を使って賃料の支払に充ててくれ」
などという要求を許してしまうと、大家は店子に対する
「敷金」
という有力な担保を失います。
これでは、賃料の支払いに充てる敷金がなくなっても建物に居座るなど、店子がやりたい放題をした場合に大家の債権者すべての利益が害されることになります。
そこで、
「建物を明け渡すまで店子は敷金を返してもらえない」
としつつ、他方で、店子の権利にも配慮して、破産法70条が
「賃料の弁済額の寄託を請求することができる」
と規定しているのです。
後で
「寄託を請求した、請求していない」
でもめないように、早速、内容証明郵便で寄託請求通知を破産管財人に郵送した上で、せめて12か月分の敷金の確保に動きましょう。
それと、賃料減額の調停申立ても行い、少しでも被害が少なくなるようやってみましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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