00151_企業法務ケーススタディ(No.0106):敷金差し押さえを理由に大家から立ち退きを要求された!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社猿吉コンサルティング 代表取締役 猿吉 弘樹(さるよし ひろき、36歳)

相談内容: 
低空飛行の弊社にも回復の兆しが見えて、再来月には大口の入金予定があるのですが。
金融屋に借りた借金の返済ができずにいたら、いつのまにか公正証書を作られていて、ウチの会社のビルの大家に預けてる敷金について、差し押さえを受けてしまいました。
公正証書って、裁判もなしに差押えられてしまうんですね。
ほんとびっくりですよ。
差し押さえ通知が大家の哀川不動産のところに行ったのか、昨日、哀川会長がウチの会社に怒鳴り込んできました。
「オマエ、敷金まで差し押さえられたぞ、そんな会社、ウチのビルにふさわしくねえな。
いいか、ウチとアンタんとことの賃貸借契約書、良く見てみやがれ。
『店子が差し押さえを受けた場合には、ウチは催告なしに本契約を解除できる』て書いてあるだろ?
明日にでも店を閉めてくれるよな。
待ってくれ?
だったら、今後のウチの迷惑も考えて、迷惑料として200万円を払ってもらおうか。
アンタんとこの会社のハンコついた契約書もある以上、ガタガタ言うなら、すぐ出てってもらうよ。
カネがないなら、いい金融屋紹介するぞ」
なんて言われました。
これからウチの会社で商談予定がたくさんあります。
ほんの2カ月も持ちこたえれば順調に立ち直れるんです。
今追い出されたら、困ります。
哀川会長の要求どおり、迷惑料を払ったほうがいいんでしょうか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:契約自由の原則とその修正
そもそも、わが国においては、私人間でどのような約束をしても、原則自由であり、法的効力が認められます。
これは、旧来の封建的な制約をなくして、自由な経済活動をできるだけ拡大することが、競争による経済の発展を目指すわが国の国是にかなうと判断されたことによります。
ところが、契約を全く当事者の自由に任せてしまうと、強者による弱者の恒常的支配が生じ、このような歪な経済環境を放置すると、社会不安を生じ、かえって経済の発展を阻害しかねない、ということが認識されるようになりました。
こうして、私人間の契約原理にも社会政策目的が反映されるようになり、特定の契約関係に関し、契約自由の原則が大幅に修正されるようになりました。
その大きな例として挙げられるのが、本事例でも問題となっている借地借家契約です。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:信頼関係破壊の法理
店子に債務不履行があった場合、大家からの解除によって賃貸借契約は終了するはずです。
しかし、些細な債務不履行で即時契約が解除されるとなると、店子は簡単に住居や営業拠点を失い、店子の経済活動が著しく制限されてしまいます。
このような背景のもと、1964年に
「相互の信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意が賃借人にあると断定できないから、賃貸人による解除権の行使は信義則に反し、許さない」
との最高裁判例が下され、以来、大家からの自由な解除を制限する理屈として
「信頼関係破壊の法理」
なる判例法が確立しました。
すなわち、
「信頼関係を破壊しない程度の契約違反くらい大目にみてやんなさい」
などと、
「約束したことは守るべし」
という単純かつ明快な契約の本質が、大家にとってこの上なく迷惑な形で、大幅修正されるに至ったのです。
設例と類似のケースとして、店子が銀行取引停止処分を受け、さらに税金の滞納処分として差し押さえを受けたものの、店子が破産宣告を受けることなく営業を継続して賃料支払に不履行がなかったが、大家が賃貸借契約を解除した、という事件がありました。
この事件について、東京地裁平成4年12月9日判決は、
「賃貸借契約を継続しがたい事実関係が発生したとは言えない」
として、銀行取引停止処分と差し押さえを理由とする大家からの賃貸借契約解除を認めませんでした。
すなわち、東京地裁は、
「賃料の支払はしているわけだから、敷金にちょいとツバを付けられたくらいで、ガタガタ騒ぎなさんな」
と考え、
「この程度では信頼関係は破壊されていない」
という評価をしたわけです。

モデル助言: 
確かに契約書には
「差押えを受けた場合には催告なくして大家が解除できる」
とは書いてありますが、賃貸借契約においては
「信頼関係破壊法理」
が判例上確立しており、店子の法的地位は非常に強化されています。
大家としては、差押えを受けた店子は賃料を滞納するんじゃないかと心配なのでしょうが、毎月きちんと賃料が支払われていれば十分なのですから、差し押さえを受けたというだけで信頼関係が破壊されたとはいいにくいでしょう。
とはいえ、賃料の滞納を続けると信頼関係が破壊されるとされていますので、賃料は今後もきちんと払ってください。
現在、契約違反状態が続いていることには変わりありませんし、他の些細な契約条項に違反したことをもって、
「差し押さえの事実と『合わせ技一本』で、信頼関係破壊成立。
ゆえに解除有効」
などと評価されることもありますので、十分気をつけてください。
大家の哀川さんからの
「迷惑料払え」
なんて冗談もいいところです。
完全に無視していいですよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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