00156_企業法務ケーススタディ(No.0111):行方不明の株主の取扱い

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
洗浄カメラ・マニュファクチュア株式会社 代表取締役 田部 洋一(たなべ よういち、38歳)

相談内容: 
ウチは、親父の代からカメラ用洗浄スプレーの製造をしておりますが、最近、野外でハードな使い方をするカメラマンの方々から、
「シュッと一吹きすれば、野外の塵や埃といったガンコな汚れも一瞬で取れるような強力な洗浄スプレーがあれば重宝する。
ぜひ開発してほしい」
といわれ、社内で
「戦場カメラマンも使える、カメラ用洗浄スプレー」
という新商品を開発しようというプロジェクトを立ち上げたわけです。
このプロジェクト遂行のために多額の開発資金が必要となったことから、当社は昭和20年の設立以来初めての増資をすることになったわけですが、果たしてこのまま増資を進めていいものかどうか非常に不安なわけです。
というのは、行方不明の株主がいるんです。
ウチが設立された当時は、7人以上の取締役が必要だったようで、親父は、
「取締役全員には、出資もお願いしよう」
と言って、当社には私の親父以外に設立当時取締役をお願いした親父の友人6人が株主名簿に載っているのですが、株主総会の招集通知を出しても
「転居先不明」
などで返送されたりして、もう10年以上も連絡が全くとれなくなってしまった方が4人もいるんですよ。
後から、株主の方や関係者の方がやってきて、
「そんな重要な話は聞いていない。
増資は無効だ」
なんてやられたら、大変です。
というより、この際、株式は整理しておきたいのです。
先生、何かいい方法はないでしょうか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:株主に対する各種の通知
株主は、株式会社における出資者として、株主総会に出席して議決を行う権利など、会社の経営にとって重要な事項を決定する権利(共益権)や、配当請求権など、会社が儲けた経済的利益の分配に与る権利(自益権)を有しております。
とはいえ、株主がこれらの権利を適切に行使するためには、会社から適切な情報と権利行使の機会を与えてもらう必要があります。
そのため、会社法は、株主総会の招集のほか、新たに株式を発行する際(募集株式など)など、一定の重要な事項を実施する場合には、会社に対し、株主に各種通知を行うよう義務付けております。
もっとも、株主に相続が発生した場合や、株主が引越しをしたまま会社に住所の変更を知らせていない場合など、会社にとって、どこに通知をすれば良いのか分からなくなる場合もあります。
そこで、会社法は、各種の通知を発する場合には、株主名簿に記載された株主の住所に宛てて発すれば、通常到達すべきであった時に到達したとみなすこととし、その限度において、会社の義務の範囲を限定することとしました(会社法126条)。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:所在不明株主の株式の処分方法
ところで、設例のように、長い年月が経過する間に、株主が所在不明になってしまったりして、株主名簿上の住所に通知が到達しない(通知を発しても「宛て所に尋ねあたらず」で返送されてしまう)場合が出てきます。
このような場合であっても、会社がいつまでも通知を出し続けなければならないとなると事務的にも煩雑ですし、何より、所在不明の株主がいるということ自体、会社運営上健全とはいえません。
そこで、会社法は、
「通知が継続して5年間到達せず、かつ、会社からの剰余金の配当を継続して5年間受領していない株主の株式」
について競売したり(ただし市場価格のない株式については取締役全員の同意と裁判所の許可を得て)、会社で強制的に買取ったりすることができる旨を定めました(会社法197条)。
これにより、会社は、当該所在不明の株主に株式の売却代金を支払うかわりに、以後、株主としての地位を失わしめることができるようになるのです。

モデル助言: 
田部さんの会社の場合、もう10年以上も株主名簿上の株主と連絡がとれていないということですので、その株主が、継続して5年間、剰余金の配当を受け取っていない(そもそも、会社が剰余金の配当を行っていない場合も含まれます)のであれば、前述の方法で当該株主が保有する株式を売却したり、また、会社で買い取るなどし、当該株主の株主としての地位を強制的に消滅させることができます。
ただし、当たり前の話ですが、株式の売却代金は会社がもらえるわけではなく、その旧株主に支払わなければなりません。
とはいえ、そもそも所在不明だから株式を売却したのに、売却代金はその旧株主に払わなければならず、そのために旧株主を見つけなければならないのは面倒といえば面倒ですね。
こういう場合は、債権者(旧株主)の所在が不明であることを理由に、当該売却代金を所轄の法務局に供託することをお薦めします。
あと、ズルイ方法ですが、金銭債権は10年で消滅時効にかかりますので、株式売却代金の支払の提供だけしてホッタラカシにしておき、もう10年間音沙汰がなければ、消滅時効を援用して踏み倒してしまう、なんてことも考えられますね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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