00160_企業法務ケーススタディ(No.0115):うっかりインサイダーに気をつけろ!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社ヒゲツルツルプロジェクト 代表取締役 宮朔 博幸(みやさく ひろゆき、40歳)

相談内容: 
わが社が開発した
「ヒゲが永久脱毛される石鹸」、
爆発的人気で、笑いが止まりませんわ。
新興市場に上場したものの、その後鳴かず飛ばずで、株主の皆さんにはエライ心配かけましたが、もうこれからはイケイケで突っ走りますわ。
で、昨日、経営戦略会議を開きました。
名前は大層ですが、ゆうてみたら、ワンマン経営者である私が仕切っているもので、わが社の実質的な意思決定機関ですわ。
そこで、6月の定時総会で決定する株主への配当を、株主の皆さんへの恩返しとわが社の知名度向上を狙って、ドーンと50%増しの増配をするぞ、ということを決めました。
社外取締役に、大阪に住んどる大学の教授と、軽井沢に引っ込んで庭いじりやっとる銀行OBのおっさんがおって、こういうややこしい連中呼ばなあかん関係で、正式な取締役会決議は2週間後になってしまうんですが、ま、これがシャンシャンで終わったら、すぐに増配を公表するつもりです。
それと、手元資金も相当厚くなっており、株価低迷状況ということもありますので、財務部の連中には、併せて自社株買いの準備をさせております。
証券会社の連中は、
「インサイダーの問題があるから、自社株買するんやったら、投資一任方式でやった方がええ」
とかいうんですが、こんなもん、完璧手数料ボりよるだけでしょ。
財務部長には
「適当に安いとこで市価で拾とけ」
と指示しておきました。
ま、そんなんで、わが社はバラ色ですわ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:インサイダー取引規制の趣旨
金融商品取引法(以下、金商法)は、ある会社の株価の評価に重要な影響を与える重要事実については、その重要事実が金商法に従った方法で公表された後でなければ、その会社の関係者(インサイダー)は、その株式の売買ができないと定めています。
この規制の理由ですが、
「財の効率的な配分の実現にあたっては、市場に参加する者全員が正確な情報を知っている状態が前提となるが、インサイダー取引はこの前提を破壊し、市場の機能不全を招くので、健全な資本市場を守るため、規制が必要だ」
等といわれます。
わかりやすくいうと、
「特定の内部情報を利用した者による抜け駆け的なズルの投資を容認すると、内部情報を持たない一般の投資家は、そんな歪んだマーケットに誰もあほらしくて参加しなくなり、結果、市場が機能しなくなり、みんなが迷惑する」
というわけです。
ところで、インサイダー取引というと、
「金儲けに異常に執着する犯罪的人格の所有者が暗い情熱と周到な計画の下に犯罪を実現する」
というイメージがあるかもしれません。
しかしながら、会社において
「重要事実が発生した」
との自覚がないため、連携不足のまま、財務部門がせっせと自社株の購入を行ってしまい、結果、インサイダー取引規制に違反してお叱りを受けるような事例も存在します(うっかりインサイダー取引)。
こういうチョンボを防ぐには、会社内部の重要事実をとっとと公表しておけばいい、ということがいえます。
すなわちインサイダー取引とは未公表の重要事実を知って取引することですから、重要事実を内部にため込まず、タイムリーに開示しておけば
「ズル」
だの
「抜け駆け」
だのといわれることがなくなる、というわけです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:重要事実発生時期
金商法166条2項1号では
「業務執行を決定する機関が次に掲げる事項を行うことについての決定をしたこと」
と規定されているため、ややもすると、
「取締役会で正式に決議した」
時点で重要事項が
「発生」
したと考えがちです。
この点、旧証券取引法に関する判断ですが、最高裁平成11年6月10日判決は、
「業務執行を決定する機関」
とは、法律上所定の決定権限がある機関(取締役会)等に限られず、実質的に会社の意思決定と同視されるような意思決定を行うことのできる機関であれば足りるとの判断をしていますので、注意が必要です。
実際、2007年5月、O(オー)家具が、増配を行う事実の公表前に自社株を購入した事例について、約3千万円あまりの課徴金納付命令が下されましたが、この件では、同社において
「重要事実の発生」

「取締役会における増配決議」
の時点であると誤解していた可能性が指摘されています。

モデル助言: 
御社では、
「社内で正式に決定しても、取締役会決議が未了だから、増配は未定だ」
等と認識しておられる節がありますが、前述の最高裁判例に従えば、取締役会で正式に決議される前であっても、代表取締役社長が、各取締役から実質的な決定を行う権限を与えられているような場合に、社長が
「増配する」
ことを決定した場合には、その時点で、
「増配をする」
という
「重要事実」
が発生したことになり得ます。
増配について社内で内定したのであれば、さっさと正式に取締役会で決議してしまったほうが、社内的にも対応が明確になってやりやすいと思いますよ。
御社の定款では、取締役会は電話会議でもできるのですから、社外取締役に電話口まで引っ張ればすぐに、決議できるわけですから、造作ないでしょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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