00166_企業法務ケーススタディ(No.0121):内定斬り!?

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
羽田モバイルソリューション株式会社 社長 羽田 章(はねだ あきら、35才)

相談内容: 
先生先生、ちょっと面倒なことになっちゃってさ。
いやいや、単純な話なんだよ。
うちの会社で内定出してた奴がいたんだけどさ、やっぱ採用を止めようと思ってるってだけ。
理由は何かって?
まぁ、一言でいえば
「陰鬱な印象」、
横文字でいえばグルーミーって感じ?
もちろんね、ペーパーテストもしたし、面接もクリアしてる。
俺が会ったのは最終面接の1回だけだけどさ、ピンと来なかったから、内定出すかどうか悩んでたんだよ。
そしたら専務がさ、
「社長面接までの選考の成績は十分ですし、暗い印象というのも緊張してただけですよ。
体操部のマネージャーをしてたくらいですし、就職が決まったら明るくなりますって」
なんていうから、そういうものかもしれないな、と思って内定出すことにしたんだよ。
でもね、内定後に会ってみて、やっぱりあいつは変わらずグルーミー。
このご時世じゃん?
天井の電灯も間引きして節電に励んで、職場は実際問題暗いわけよ。
雰囲気だけでも明るく頑張ろう!
ってときに、ああいう奴がいたら雰囲気まで暗くなっちまう。
うちみたいに勢いだけでのし上がってきた会社には、雰囲気が一番大事なんだ。
だからさ、仕方なく、内定取消しをさせてもらうことにしたんだよ。
そしたら、いきなり
「従業員としての地位を確認する」
とかいう裁判起こされてさぁ。
なぁ、先生、内定通知なんてあくまで採用予定だし、取り消しするかどうかなんて会社の自由だろ?
言ってやってくれよ、
「でもアンタ、グルーミーですから!
残念!!
内定斬り!!」ってさ!

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:「採用は易し、解雇は成り難し」
「人を雇う」
という契約は、いったん成立すると、解消は大変困難です。
雇用と婚姻とは取引としては酷似しており、
「結婚は簡単だが、離婚は大変」
なのと同様、
「採用は安易にできるが、採用した人間を辞めさせるのは極めてハードルが高い」
といえます。
すなわち、解雇は
「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする」(労働契約法16条)
とされていますが、労働者がよほどのこと、それこそ横領・背任等の犯罪行為やこれに準じるような非違行為でもやらかさない限り、要件の充足は困難と考えられています。
では、
「採用内定を出したが、やっぱ気に入らないから、採用やーんぺ!」
としたい場合はどうでしょうか。
結婚になぞらえると、
「婚約したが、やっぱり婚約解消します」
ということになりますが、これもカンタンに解消できる、というものではなく、それなりに苦労が待ち構えています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:採用内定の法的性質
そもそも採用内定の法的性質はどういうものでしょうか?
一般に、採用内定とは
「始期付解約権留保付労働契約」
といわれます。
なんだか、難解な漢文みたいですので、カンタンな日本語に翻訳しますと、
「一応ちゃんとした契約なんだけど、開始時期が4月になっていて、企業側にキャンセルする権利が保持されている、そんな感じの契約」
というものです。
解約権留保付契約、すなわち航空券の予約の様に
「3日前までキャンセルしてもOK」
みたいな契約になっているので、字義通り解釈すると、企業は、
「気が変わったから、やっぱ採用や~んぺ!」
といえそうな感じがします。
しかしながら、最高裁は、採用内定の取消事由は
「採用内定当時知ることができないような事実で、かつ、客観的に合理的と認められ社会通念上相当なものに限られる」
と判断しました(昭和54年7月20日最高裁判決『大日本印刷事件』)。
すなわち、始期や解約権が付いているといっても労働契約には変わりないので、なんでもかんでもキャンセルできるというものではなく、解雇権濫用法理によって厳しく合法性が判断されることになるのです。

モデル助言: 
羽田さんだって、娘さんの婚約相手が
「あんたの娘さん、イマイチですから、婚約ヤメ。
残念!」
とか勝手に婚約解消してきたら、殺したくなるでしょう。
婚約の解消と同様、採用内定もそう簡単にぶった斬るわけにいかないんですよ。
前述の最高裁ですが、企業側に留保されている解約権は自由に行使できるものではなく、内定取消事由を明確に定めておき、事前に知らせておけば、
「客観的に合理的で社会通念上相当なものに限」って
当該事由に基づく内定取消しも可能だが、それ以外の企業都合による内定取消は、解約権の濫用で違法無効としています。
恐らく、御社は、
「その陰鬱な雰囲気が直らなかったら採用内定取消し」
なんて事前に告知してないばかりか、そもそもそんな取消事由が合理的だとも思えませんし、完全に解約権の濫用ですよ。
社長は
「内定を出す」
という行為を軽く考え過ぎでしたね。
ま、件の内定者については、いろいろ説得して、詫び料支払って内定を辞退してもらうか、そのまま採用するんでしょうね。
まぁ、仕事の適性は実際やってもらわないとわかりませんし、意外とよく働いてくれるかもしれませんよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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