00183_企業法務ケーススタディ(No.0138):競売申立てをすると脅された!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
航行理工株式会社 代表取締役 田中 曲樹(たなか きょくじゅ、40歳)

相談内容: 
ウチは戦後65年間、町工場をやってきました。
人工衛星や宇宙船に使われる部品もウチで作ってたりして、ウチの技術力は銀行さんたちからは高い評価をいただいてます。
ついこないだ、リスケもさせていただきました。
実は、資金繰りに困って、金融コンサルタントの遠藤とかいうヤツから、500万円を借りて、いわれるがまま、ウチの工場がのっかってる土地に第4順位の抵当権を設定しました。
そうしているうちに返済日が来てしまったわけなのですが、遠藤からは、
「貸した500万円と利息をとっとと返せ。
返さないんだったら、ウチは抵当権者やから、正々堂々と抵当権を実行させてもらいまっせ。
そしたら、おたくの工場も困るでしょ?
せっかく銀行さんたちにリスケもしてもらってるんだから、親や親戚から借りてでも返したほうがええと思いますけどな」
なんて、いわれているんです。
第1順位から第3順位の銀行からは合計で1億借りているんですが、この土地の時価は5千万円しかありません。
遠藤のヤツが抵当権実行しても、遠藤のところには入らないんですがねえ。
せっかく銀行と交渉してゲットしたリスケがもったいないですから、ここは、親や親戚に土下座してお金を借りて、遠藤に返さないといけないんですかねえ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:抵当権とは
抵当権とは、不動産の占有を移転しないまま、債務の担保とした不動産について、他の債権者に先立って自己の債権の弁済を受ける権利をいいます。
平たくいえば、不動産を借金のカタに入れるが、時が来るまではそのまま使うことが許されるけれども、借金が払えないと(つまり、債務不履行が発生した場合です)、抵当権が実行=競売にかけられてしまって、抵当権者がその代金をもっていってしまう、という制度です。
この抵当権には第1順位、第2順位と、順位付けをすることができて、順位が優先する者から、登記簿上記載された額に達するまで、債権を回収できます。
例えば、第1優先順位の抵当権者が1千万円、第2優先順位の抵当権者が500万円の抵当権を持っている場合で、その土地が1200万円で実行=競売されたとすると、第1優先順位の抵当権者は1千万円全額を回収し、第2優先順位の抵当権者は200万円しか回収できません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:無剰余取消しとは
抵当権者としては、不動産の価格が低迷している時点では、
「もうちょっと待ってみて、不動産価格が上がってから、競売を実施したい」
という希望を持つことがあります。
この場合、自分に優先する抵当権者が競売を実施するのであれば、自分に優先する抵当権者が既に存在することを覚悟して抵当権者となったのですから、まだ諦めがつくかもしれません。
しかし、自分に劣後する抵当権者(つまり、自分の後から、抵当権者となった人です)が、後からやってきて、かつ、自分の債権額全額が弁済されない、不利な時期に、あえて抵当権を実行(競売の開始)してしまう場合には、優先する抵当権者としては、
「ナニ余計なことしてるんだよ!」
ということになりますし、後からやってきた抵当権者に余計なことをされるリスクを敬遠して、抵当権者となる者がいなくなってしまうことになりかねません。
そこで、法律は、
「自分が抵当権を実行しても、自分のところには配当がまわってこない場合」
(つまり、自分に優先する抵当権者も、債権全額を回収できない場合です)
には、
「無剰余」(余りが無いこと)
として、抵当権の実行を禁止しているのです。
無剰余なのにあえて実行を申し立てると、裁判所から、
「無剰余取消」
をされて、競売手続きが取り消されます。

モデル助言: 
今回のケースでは、遠藤さんに優先する第1~第3順位のところで土地の代金がすべて取られてしまいます。
この状況では、第4順位の遠藤さんのところは、抵当権を実行しても、1円も回収できません。
これは、
「無剰余取消」
の典型例ですから、裁判所は遠藤さんが抵当権を実行しようとしても、
「無剰余取消」
をするでしょうね。
ただ、この
「無剰余取消」
には例外がありますが、
1 「優先債権者の同意」
は、せっかくリスケをした銀行さんたちが応じるとは思えませんし、
2 「剰余を生じる見込みがあることを証明する方法」
つまり、この土地が1億円以上で売れることを証明するのは、不可能でしょう。
あとは
3 「優先債権の見込額の合計を超える額を申し出て、その額を超える買い受けの申し出がなければ、自分で買い受けることを申し出たうえ、同額の保証を提供する必要」
つまり、優先する銀行さんたちの債権額を面倒みてやる場合には、銀行さんたちの利益は害さないから、抵当権実行でもなんでもやってくれ、というものがありますが、遠藤さんが経済合理性を無視してそこまですることはないでしょうね。
ですから、基本的には、遠藤さんからの内容証明はタダの脅しでしょうから、放っておいていいのではないですか。
気になるなら、これら1から3を調べてみましょうね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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