00224_企業法務ケーススタディ(No.0179):事業承継税制の旨み

相談者プロフィール:
株式会社道井(ミチイ)銀行 人事部 人事課長 汲川 道博(くみかわ みちひろ、43歳)

相談内容: 
先生、ご無沙汰! うちの実家、田舎では結構な規模の印刷会社やってるじゃない。
このデジタル化全盛の時代でも、田舎だとやっぱり紙媒体の威力ってまだあるみたいで、利益も伸びてるんだ。
でも、そろそろオヤジも引退を考えてて、いわゆる
「事業承継」
ってやつを検討中。
え? 僕が承継するのかって? まぁね、都市銀行で頭取目指して頑張ってたんだけどさ、雲行きが怪しくてね。
「出向するくらいならいっそのことオヤジの後を継いで一旗揚げてやろうかな」
なんて考えたわけさ。
オヤジも跡継ぎが僕の他にはいないってことだし、そろそろ親孝行もしてあげないとね! という建前はおいとくとして、オヤジの会社は結構好き勝手やってあの規模までいっちゃったわけ。
銀行でこれまで融資を担当していた僕の豊富な経験からすればさ、まだまだ伸びる余地があるわけだよ。
僕が事業を承継した後は、合理化をして会社売り払ってリタイヤしよっかなーって。
で、懇意の税務コンサルに聞いたらさ、
「事業承継? 『事業承継税制スキーム』を利用すれば贈与税ゼロで承継可能です。おまかせを」
なんていうじゃん? 節税できるに越したことはないから任せようと思ってるんだけど、先生も新しい知見が必要でしょ? たまにはこっちが教えてあげようと思って来たってわけ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:事業承継とは
事業承継とは、その名のとおり、会社の経営を後継者に引き継ぐことをいいます。
一般に、中小企業等においては、オーナー兼社長の人脈や経営能力が会社経営の基盤となっていることが多く、このような経営基盤を引き継ぐのが誰であるのかといった人的承継の観点が、事業承継を成功させるにあたっての重要な要素となります。
実際、日本の中小企業を見ますと、このような
「人的」
な経営基盤を承継しやすい親族内承継が過半を占めておりますが、その割合は近年急速に減速しており、従業員等やM&Aを利用して親族外に承継させる事例も増加しているといわれています。
経営者としての教育を含めたこのような人的承継について決断したとして、次に問題となるのが、経営権を確保するために株式をどのように移転するのか、という財産承継の方法等です。
株式という多額の資産価値が化体した有価証券が移動するのですから、原則として税金が発生します。したがって、税務の観点を落とすことはできません。
実際、いつどのようにして株式を移動するのかといった承継方法いかによって、課される税金の額は大きく変わりますから入念な準備が必要です。 

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:事業承継税制の要件緩和
今年の税制改正において、
「事業承継税制」
の要件が緩和されました。
ここで、
「事業承継税制」
とは、非公開会社の株式を贈与・相続する場合、普通であれば、株式価値を評価した上で、贈与税・相続税が課されますが、納税を猶予することを内容としています。
施行されたのは平成21年ですが、先代の経営者は役員を退任してからじゃないと株式を贈与できないとか、従業員の8割をそのまま雇用し続け、一時的にも下回ってはならない等の厳格な要件が設定されていた上、経済産業大臣の事前確認まで必要という使い勝手の悪さから、閑古鳥が鳴いているという状況にありました。
今般の改正により、先代経営者は贈与後も役員に留任可能となり、経営基盤を引き続き用いることができますし、また、雇用の維持についても大幅に要件が緩和されました。
加えて、主務大臣の事前確認も不要となりましたから、使い勝手が極めて良くなったといえます。
ただし、緩和されたとはいえ、これら要件は事業承継後も満たし続ける必要がありますので、一度納税が猶予されたとしても、要件不充足のときには納税猶予が取り消され、納税する義務が生じることになります。

モデル助言: 
ご懇意の
「税務コンサルタント」
は、
「事業承継税制」
の要件を十分に理解しているのでしょうか。
リストラして利益率を上げて事業を売却、なんて計画を聞いていますと、
「事業承継税制」
が目指すところとは程遠く、税法上の優遇は受けられない可能性が高いと思いますね。
仮に、いったん受けられたとしても、納税猶予が取り消されると、一挙に想定外の贈与税がかかってくることになります。
彼らは目新しいものを売りつけることに長けていますから、注意してくださいね。
そもそも
「事業承継税制」
は、中小企業の事業承継に際して、税務的な恩恵を与えることで、事業をそのままの形で存続させ、中小企業が担っている雇用や活力を維持していこうという趣旨から設けられています。
税制面で同制度によるメリットを受けながら、メリットを受けた途端、これまでの従業員や事業の存続なんて知らない! なんてことでは、事業承継税制の趣旨に反していることといわざるを得ません。
真っ当に事業承継をして普通に経営しても、得られる利益はそう変わりません。
「節税」
なんて言葉にとらわれることなく、事業承継の在り方について根本から検討しなおしてみましょうか。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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