00628_法的文書を受領した場合の認知・解釈手順

法的文書(ここでは、契約書に限らず、法的な意味内容を記した文書や法的な意義や価値や効果を含む事実関係を記した文章、要するに、漢字が多く、堅苦しい文体で、一読して何を意味しているか理解しがたいような読解難易度が高い文章が書かれたもの、を総称します)を目の前にした場合、企業ないし企業法務部署において、どう対応していいかわからない、という悩みをもつ状況が生じることがあります。

ここで、ある文字の羅列(ちなみに長文ですが、文章としては、本文と但書の2つの文だけです)をみてみましょう。

有価証券の発行者である会社は、その会社が発行者である有価証券(特定有価証券を除く。次の各号を除き、以下この条において同じ。)が次に掲げる有価証券のいずれかに該当する場合には、内閣府令で定めるところにより、事業年度ごとに、当該会社の商号、当該会社の属する企業集団及び当該会社の経理の状況その他事業の内容に関する重要な事項その他の公益又は投資者保護のため必要かつ適当なものとして内閣府令で定める事項を記載した報告書(以下「有価証券報告書」という。)を、内国会社にあつては当該事業年度経過後三月以内(やむを得ない理由により当該期間内に提出できないと認められる場合には、内閣府令で定めるところにより、あらかじめ内閣総理大臣の承認を受けた期間内)、外国会社にあつては公益又は投資者保護のため必要かつ適当なものとして政令で定める期間内に、内閣総理大臣に提出しなければならない。ただし、当該有価証券が第三号に掲げる有価証券(株券その他の政令で定める有価証券に限る。)に該当する場合においてその発行者である会社(報告書提出開始年度(当該有価証券の募集又は売出しにつき第四条第一項本文、第二項本文若しくは第三項本文又は第二十三条の八第一項本文若しくは第二項の規定の適用を受けることとなつた日の属する事業年度をいい、当該報告書提出開始年度が複数あるときは、その直近のものをいう。)終了後五年を経過している場合に該当する会社に限る。)の当該事業年度の末日及び当該事業年度の開始の日前四年以内に開始した事業年度すべての末日における当該有価証券の所有者の数が政令で定めるところにより計算した数に満たない場合であつて有価証券報告書を提出しなくても公益又は投資者保護に欠けることがないものとして内閣府令で定めるところにより内閣総理大臣の承認を受けたとき、当該有価証券が第四号に掲げる有価証券に該当する場合において、その発行者である会社の資本金の額が当該事業年度の末日において五億円未満(当該有価証券が第二条第二項の規定により有価証券とみなされる有価証券投資事業権利等である場合にあつては、当該会社の資産の額として政令で定めるものの額が当該事業年度の末日において政令で定める額未満)であるとき、及び当該事業年度の末日における当該有価証券の所有者の数が政令で定める数に満たないとき、並びに当該有価証券が第三号又は第四号に掲げる有価証券に該当する場合において有価証券報告書を提出しなくても公益又は投資者保護に欠けることがないものとして政令で定めるところにより内閣総理大臣の承認を受けたときは、この限りでない。

これは、有価証券報告書の提出義務について書かれた金融商品取引法24条1項本文ですが、この法的文書を目にした企業関係者や法務担当者、あるいはこの種の法律に慣れていない弁護士の方ですら、

「融資地獄~”かぼちゃの馬車事件”に学ぶ 不動産投資ローンの罠と救済策」、弁護士法人畑中鐵丸法律事務所監修、幻冬舎刊(2019)、 120頁より

といった、意味内容把握はおろか、解釈、読解すら困難な状況に陥るのではないでしょうか?

こういう場合、まずは、因数分解的に、不安の根源を分類し、特定することが有効です。

「見えない敵は討つことができない」
という言葉がありますが、法的文書への対応云々という行動選択課題の前に、まずは、認知課題・読解課題・意味内容把握課題をクリアする必要があります。

すなわち、文書が示す状況に対してどのように働きかけるか以前の問題として、目の前の文章をしっかり理解把握できておらず、そのため空回りして無意味な対応に終始してしまう可能性がありますが、このような愚行を防ぐためには、まずは、文章読解課題をクリアして、状況を明確に認知把握する必要があります。

法的文書の認知課題として、いくつかのレベルに分類されている不安や悩みが生じるものと考えられますが、これには、

1 言葉の壁:(日本語であることはわかるが、難しい漢字や読解難易度の高い文体で書かれているため、全体として、どこか遠くの国の知らない部族が古い時代に書いた象形文字の羅列のように)そもそも、何を言っているのか、何が書いてあるか、怒られているのか、褒められているのか、得なのか、損なのか、自分と無関係あるいは中立的なものなのか、すらわからない
2 意味の壁:(言葉や文字は判読できるが)意味がわからない
3 演繹的推論の壁(解釈の壁・言葉の意味はわかるが、話がよく見えない):(言葉や意味は理解できるが、概念や状況の意味を論理的に推定把握したり、合理的な展開予測をする、といったスキルが欠如しており)言葉の意味する状況や環境を具体的にイメージして理解したり、展開予測をすることができない
4 帰納的把握の壁(実感の壁・話はわかるが、自分の身に置き換えた形で、具体的に体感することができない):(言葉や意味はわかるし、状況や環境も理解できるし、状況や環境が我が身に及ぼす影響も解釈し一定の理解はできているが、経験を前提として理解できる事柄について経験がないため)理解したり、イメージしている事柄が、実務経験上あるいは現実的相場観として、具体的に生じうるのか、確認してほしい

と、段階的に分類されるべき各要求課題が看取されます。

ところが、法務の現場では、これら要求課題についてあまり区別することなく、
・難しいから弁護士に丸投げ
・知ったかぶりで適当に、何となく、フィーリングで対応する
といった無責任な対応が実施される場合が出来します。

もちろん、前者のような対応姿勢ではリスクやコスト的に問題ですし、後者のようないい加減な対応をしていればいつまでたっても法務スキルは向上・改善しません、そのうち大きな事故になります。

こういう対応をしたい、こうやって適用回避したい、こうやればうまくいく、こう校正したい、カウンタープロポーザルとしてこうすべき、
という対応課題を議論するはるか以前の問題として、
・言葉がわからない
・意味がわからない、
・話が見えない、展開予測ができない、
・自分の身に何が起こるか皆目不明、具体的ダメージ推定が不能、
といった、目先の課題を乗り越えるべき必要があります。

例えば、相手方から提案された契約書案の対処課題で途方に暮れてしまう担当者は、たいてい、以上のような認知・読解課題レベルがしっかりとできていないにもかかわらず、いきなり校正や修正提案をしようとして、基本的なところや、構造的な部分において、大きな漏れや抜けを生じさせてしまいがちです。

もちろん、外部の弁護士に認知・読解課題を含めて丸投げしてもいいのですが、1から4まで弁護士に委ねると、すでにその部分の費用がかかります。
これに加えて、さらにビジネスモデルとの整合性の検証まで外部の弁護士に依頼すると、そもそもビジネスモデルの理解・把握の手間も弁護士費用に加算されますし、そうなると、
「法務担当者は何をやっているんだ」
「ただの購買事務担当なら不要」
と経営陣や他の部署から無能呼ばわりされてしまいかねません。

慣れや経験の問題もあるでしょうが、企業法務に関わる法務担当者や弁護士としては、企業活動に関わる法的文書全般について、
少なくとも、
1 言葉の壁
2 意味の壁
くらいは乗り越えられるくらいの読解スキルを実装した上で、
3 演繹的推論の壁
は自学・自習でどんどん乗り越えられるようにし、
4 帰納的把握の壁
は経験を積み、あるいは、経験豊かな専門家との接点を深め、薫陶を得て、乗り越えられる力をつけていくことが推奨されます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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