00637_“げに恐ろしきは法律かな”その2-1:「法律」は日本語ではない(1)

法律、といってももちろん日本の法律ですが、これは日本語として、普通に理解していいのでしょうか?

ここで、例をとって考えてみます。

滋賀県から東京の大学に進学し、東京で就活をしていたA子さんですが、希望の就職先が全滅で、夢破れて地元の滋賀に帰ってきました。

民間会社で適当なところがなかったので、1年かけて地方公務員試験を受験し、地元の役所を目指します。

とはいえ、1年間勉強だけでは食べていけないので、どこか適当なところに就職しようとして、実家の近くで昔から経営している自動車修理工場「合名会社浅井自動車」に無事公務員になれるまでの腰掛けとして就職することにしました。

このことを、
「地元の大学の法学部に通っている、とはいえ、あまり勉強もしておらず、法律のことをわかっていないが、口だけは一人前の弟」
に話したところ、
「お姉ちゃん、そんなところいったら大変な目に遭うで。合名会社の社員になるんやろ? 
ほら、みてみいば、この会社法の条文、

「お姉ちゃん、そんなところいったら大変な目に遭うで。合名会社の社員になるんやろ? 
ほら、みてみいば、この会社法の条文、

会社法
第576条2項 設立しようとする持分会社合名会社である場合には、前項第五号に掲げる事項として、その社員の全部を無限責任社員とする旨を記載し、又は記録しなければならない

第580条1項 社員は、次に掲げる場合には、連帯して、持分会社債務を弁済する責任を負う
一  当該持分会社の財産をもってその債務を完済することができない場合
二  当該持分会社の財産に対する強制執行がその効を奏しなかった場合(社員が、当該持分会社に弁済をする資力があり、かつ、強制執行が容易であることを証明した場合を除く。)

東京でちゃんと勉強したん? これ、あかんのちゃう? あの浅井自動車、調子良さそうにみえるけど、先代社長がバブルのときに手出した駅前の学生用マンションの借金がまだ返せんみたいで、経営がだいぶしんどいみたいやで。
ほら、この条文よう見てみいな。
お姉ちゃん、そんな合名会社の社員なんかになったら、無限責任、連帯責任背負い込まされて、破産やで。
へんな契約書とか内定誓約書とかサインしてへんやろな。すぐ断わってきたほうがええで」

A子さん、来週から合名会社の社員になって働きます、という誓約書にサインしたばかりで、顔が真っ青になり、慌てて、撤回しに浅井自動車に向かって走り出して出ていきました。

ところで、この弟くんの話、そのとおりなんでしょうか?

確かに、持ち分会社である合名会社の社員は
「無限連帯責任を負う」
なんてことが、バッチリ会社法に書いてある。

すぐさま、合名会社浅井自動車の内定を取り消してもらい、こんな危ない会社の危ない責任を背負い込まされない、危険きわまりない
「社員」
になろうとした痕跡を、さっさと、きれいさっぱり消してしまうべきでしょうか??

いえいえ、まったくその必要性はありません。

この会社法でいう
「社員」
とは、従業員という意味ではないからです。

この会社法の
「社員」
は、出資持分(オーナーシップ)をもつオーナー(共同オーナー)という意味だから、出資をしていない従業員は、会社が潰れようが、債権者として未払い賃金を要求する立場にあっても、一切会社の債務について責任を負うことはありません。

極めて紛らわしい言葉の使い方ですが、会社法の言葉は、日本語ではありません。

会社法という特異な読み物の世界では、日本語や日本人の常識や普通の言い回しは通用しないのです。

ちなみに、平成17年に改正された会社法ですが、以前は、カタカナ混じりの古色蒼然たる文語体で書かれており、一見して古文書か何かと見紛うばかりであったことを改善しようと、
「現代社会にふさわしいわかりやすい言葉にフルリフォームした」
という触れ込みで登場しましたが、
「社員」

「従業員」
を意味しない、特殊言語を使うことからしても、やはり、
「会社法は日本語ではない」
という状況は変わっていません。

要するに、
「法律を日本語として読もうとするのが間違いなのであって、特殊な言語によって書かれた特殊な文書(もんじょ)と考えて、翻訳をしながら使うべき必要がある」
ということです。

日本語で書かれていて、一見すると、普通に日本語を読解できれば、読んで理解して何とか対処できそうな気がするが、特殊な知識をもって、意味翻訳しながら読まないと、誤解する危険性がある代物。

これが法律のもつ闇です。

まさしく、“げに恐ろしきは法律かな”といえるかと思います。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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