00639_“げに恐ろしきは法律かな”その2-2:「法律」は日本語ではない(2)

大学等で民法を学ぶと、かなり最初の方に勉強する、
94条「虚偽表示」
という条文があります。かつては、通謀虚偽表示といわれた条文でしたが、通謀性が欠如する虚偽表示をも取り込む趣旨から、最近では、
「通謀」
が取れて、単に
「虚偽表示」
と呼ばれるようになった条文です(私個人としては、「相手方と通じてした」という文言が入っている以上、「通謀」が取れるのはしっくりこないですが)。

民法94条(虚偽表示)
1項 相手方と通じてした虚偽の意思表示は、無効とする。
2項 前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。

虚偽表示やら通謀虚偽表示などと聞くと、犯罪の匂いがぷんぷんする、邪悪でダーティーな状況のよう印象を受けますが、ざっくりいえば、
「なんちゃって契約をした」、
すなわち、お互い本気ではなく、形で契約をしたことにした、という話で、よくあるといえば、よくある話です。

この
「なんちゃって契約」
をする理由としては、いろいろあり得ます。

ウソも方便といいますが、いいカッコをしようとした、体裁を繕うため、信用を増強しようとした、話の整合性を作るため暫定的な演出として、というライトなものから、債権者に貧乏なフリをするため、離婚協議中の妻に見つかったる取られたりしないように、差押えを免れるため、税務署に見つからないように、と犯罪的なものまで、様々です。

「なんちゃって契約」
を行った動機が正しいか、許容範囲か、悪質か、犯罪的かは、さておき、民法の世界の話でいうと、この契約の効力、すなわち、法的に拘束力を認めるかどうかという点については、1項に書いてあるとおり、無効です。

だって、
「なんちゃって」
ですから。

ウソですから。

本気じゃないですから。

こんなものを裁判に持ち込んで、契約どおり義務を果たせ、なんてやられても、困っちゃいます。

厄介なのは、2項です。

「前項の規定による意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない」

ここの
「善意」
って何なんでしょ。

この日本語を言葉通り受け取っていいんでしょうか?

ここで、ケースをみてみましょう。

船越英太郎(ふなこしえいたろう)は、妻との離婚紛争が激化する中、妻に内緒で購入した投資用のマンション1棟(時価約6億円)を、財産分与で取られてくないようにするため、友達の芳賀賢一(はがけんいち)に頼んで、
「離婚が成立するまで暫定的に芳賀名義にしておいて」
ということで、芳賀に売却した形にして、所有権移転登記も済ませた。
もちろんこれは2人の間では形だけの仮装の譲渡であった。
ところが、芳賀は、突然、身に覚えのない犯罪嫌疑を受けて弁護士費用が必要になり、また、その他、信用売買で投資していた株式が相場の急変で追証が必要になり、さらに、株価がどんどん下がり追い込まれたこともあり、急激にお金が必要になり、芳賀の“友人”に相談した。

船越→【通謀して名義を偽装】→芳賀→【芳賀名義で取引】→“友人”

<ケース1:“友人”が心根のやさしい根っからの善人で天使のような人間の場合>
芳賀の“友人”その1である笹井建介(ささいけんすけ)は、
「友達のためなら一肌も二肌も脱ぐ」
「義理人情が何より大切」
がモットーの、大きい体に優しい心をもつ、友達思いの根っからの善人である。
芳賀の窮状を聞いて、
「なんとかしてあげたい」
と思って、芳賀を助けるつもりで、
「返ってこなくてもいい」
と思い、芳賀に5000万円を貸した。
しかし、笹井の妻の晶子(あきこ)から
「ちょっと、あんた、何やってんのよぉ! 担保も取らずそんな大金貸してどうするの!」
と激怒され、最後はグーでパンチされるわ、ヘッドロックかけられるわ、喉輪をされて、
「ちゃんと返してもらうか、担保取ってきなさい! それまで家に入れないから」
といわれ、自宅から締め出されてしまった。
笹井は、芳賀に
「妻がうるさいので、なんでもいいから担保になるようなものを入れておいてくれ。土地でも不動産でも何でもいいから」
と懇請した。
芳賀が、船越から名義を移転されていた別荘のことを持ち出して説明すると、
笹井は、
「とにかくそれなりの担保があればいいし、要するに、後でお金を返してくれて、担保の登記を消せば何も問題ないんだし」
と説得し、芳賀も
「船越から名義移転されているが、後できちんと承諾をするので、この別荘を抵当権を設定しておくよ」
といってマンションに抵当権を設定した。
そうしたところ、芳賀は有罪判決が確定し、また、破産宣告を受けて、返済は絶望的になり、笹井も妻から
「マンション競売かけてとっとと回収しなさい」
とこれまた連日うるさくいわれる状況となった。

<ケース2:“友人”が狡賢くて冷酷で暴力的で阿漕でエゲツなさMAXの毒々しい悪魔のような商売人の場合>
芳賀の“友人”その2である浜田慎助(はまだしんすけ)は、名うての不動産屋。
パンチパーマに色付き眼鏡に関西弁にストライプのスーツ姿がトレードマーク。
そのモットーは
「安く買いたたいて、高く売る。困った奴から財産を合法的に巻き上げる」
というもの。
芳賀は、カネに困って、かつての飲み仲間であった浜田に相談したところ、
「タダで助けてくれとかナメたことぬかすな。お前、なんか不動産とかもってへんのか。不動産もってるんやったら助けたらんことはない」
と、いわれた。
芳賀は、船越から名義を移転されていたマンションを、船越との名義移転が仮装のものであることをいわずに
「自分名義の不動産ってのがあるにはありますが、とりあえずあるのはこれだけです」
と申し出た。
そうしたところ、浜田は、
「ええやないか。ええやないか。麻布のマンション1棟? 最高やないか。こういうマンションは絶対人が入る! 持って家賃収入で儲けるもよし、ころがして利益取るのもよし。わかった。これ買うたろ。そのかわり、3億5000万円や。それ以上出せん。てゆうか、お前カネないんやろ。贅沢ゆうてる場合ちゃうで。早よ決めんかいボケ。まあ、一応、来月までに4億円別に用意できるんやったら、4億円で買い戻す条項付けたってもええわ。まあ、お前なんか無理やと思うけどな」
といって脅すように迫り、芳賀も浜田の迫力にそのまま押し切られるようにして、売買を実行し、マンションの名義を浜田に移転してしまった。
そうしたところ、芳賀は有罪判決が確定し、また、破産宣告を受けて、返済は絶望的になった。

“友人”1の笹井と、“友人”2の浜田、どちらも民法94条2項の第三者として、本来の所有者である船越とのマンションの争奪戦が繰り広げられそうな展開ですが、肝心なのは、
「善意の第三者」
といえるかどうか。
天使の笹井と、悪魔の浜田、彼らは、
「善意の第三者」
として民法で保護されるのでしょうか? !

このケースにおいて、答えをいいますと、
心根のやさしい根っからの善人で天使のような人間である笹井は
「悪意の第三者」
として扱われ民法は一切保護してくれませんが、他方、
狡賢くて冷酷で暴力的で阿漕でエゲツなさMAXの毒々しい悪魔のような商売人の浜田は
「善意の第三者」
として保護されます。

え?

心根やさしく友達思いのカタギの天使が
「悪意の人」
で、
半分ヤクザのような阿漕な悪魔が
「善意の人」
だって?

何か逆のような印象を受けるかも知れませんが、法律用語を日本語として日本の常識で読解したら、こういう間違いを犯します。

なぜなら、
「善意」
とは特定の状況(船越と芳賀の売買が仮装かどうか)を知らないことを指し、
「悪意」
とは当該状況を知っていることを指すからです。

すなわち、連続殺人犯だろうがテロリストであろうが麻薬の常習犯であろうが暴力団の組長であろうが、特定の状況を知らなければ当該状況について
「善意」
の人になり、
ローマ法王だろうが、マザーテレサだろうが、ヘレン・ケラーだろうが、ノーベル平和賞受賞者だろうが、特定の状況を知っていれば
「悪意」
の人になる。

これが、民法という特殊で異常で非常識な世界における日本語なのです。

これを知らずに、法律を日本語として読もうとすると間違いを犯す可能性があります。

法律は、日本語で書かれていますが、特殊な言語によって書かれた特殊な文書(もんじょ)と考えて、翻訳をしながら使うべき必要がある、ということです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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