00717_契約書のチェックの段取りと実務その13:本人確認、登記簿謄本、署名、印鑑及び実印等

契約当事者が、実は存在しなかった、架空だった、別人だった、というのは、何かのドラマや事件のような話ですが、取引実務でも普通に起こり得るトラブルです。

もちろん、誰もが知る上場企業で、社長も著名人で、という場合に、契約当事者が違っていた、なんてことは、そっくりさんや、プロのモノマネ芸人でも使った、オーシャンズ11ばりに手の混んだ詐欺にでも遭わない限り、おみかけしません。

しかし、聞いたこともない中堅中小企業や、海外の会社、地方の会社、個人の資産管理会社や、知人や特殊関係人が代表を努めている会社など、統治秩序の実体が不明な会社など、山程あります。

そのような場合、間に入った人間や、エラそうにしている親分やボスを信じて契約したところ、正式な代表者や契約当事者はまったく別の存在で、契約当事者が、実は存在しなかった、架空だった、別人だった、といういかにもどんくさいトラブルに遭遇することもあります。

また、代理人や代理店や委託を受けた仲介者といった者が間に挟まって、実体が不透明なまま、取引が進み、最後に本人がケツをまくって、大きなトラブルに発展、という事故もあります。

そのような事故を防ぐためには、 まず、本人確認です。

個人であれば、印鑑証明と実印、
会社であれば、登記簿謄本と印鑑証明と登録印、
これらを必須の前提として取引を進める限り、事故はほとんど起こりません(たまに、地面師のような詐欺に遭ってしまうこともありますが、逆にそのような世間を騒がす事件に遭うくらい稀です。)

なお、契約書や取引で署名や印鑑、さらに印鑑証明といったものを徴求して安全性や堅牢性を増強するには、きちんとした理論的背景があります。

これは、俗に二段の推定といわれるものです。

私文書については本人又はその代理人の署名または押印があるときは、真正に成立したものと推定するとされています(民事訴訟法228条第4項)。

難しく書いていますが、私文書に本人又はその代理人の 署名または押印がある契約書は、偽造ではなく、ホンモノと推定してしおこう、というルールです。

ただ、偽造文書であっても、署名または押印があれば真正に成立したものと推定されてしまいますので、勝手に偽造さえた本人にとってはかなりキツい内容となってしまいます。

そこで、前記条項は、やや狭く解釈されることとなり、本人の署名または押印についてはいずれも
「本人の意思に基づくものであること」
が前提となる、とされます。

要するに、私文書に本人の署名または押印があっただけでは不十分で、
「本人の意思に基づいて」
本人の署名または押印がなされたものであって初めて真正に作成されたと推定される、というルールと理解されています。

では、この
「本人の意思に基づくもの」
をどうやって立証するのか、という話になります。

この点については、最高裁昭和39年5月12日判決において
「文書中の印影が本人または代理人の印章によって顕出された事実が確定された場合には、反証がない限り、該印影は本人または代理人の意思に基づいて成立したものと推定するのが相当である」
とされました。

要するに、本人の印鑑を使って押印された契約書があれば、その契約書は
「本人の意思に基づく契約書」
と推定しよう、というものですが、これが判例法として法律に準じるルールとして扱われています。

以上のとおり、
私文書に本人の印鑑による押印があるときは、本人の意思に基づき押印されたものであると事実上推定され(最高裁の判例法による1段目の推定)、
私文書に本人の押印があるときは、
「押印が本人の意思に基づいているとき」
と解釈されて、文書の真正が法律上推定される(民事訴訟法第228条第4項による2段目の推定)
という取扱がなされ、これを称して
「二段の推定」
といいます。

訴訟実務では、契約の存在や内容を立証する際、当該契約書がきちんと成立したものであること(契約書の真正)を立証しますが、
「契約書に押印された印影が本人の印鑑であること」
さえ立証すれば足りることになります。

もちろん、これは
「擬制(確定)」
ではなく
「推定」
のレベルの扱いですから、反証は可能です。

偽造を主張する側は、
印鑑を他の者と共用していた、
印鑑の紛失、盗難、盗用、
別の目的で預けた印鑑の悪用、
などの事実を主張・立証したり(1段目の推定を破る主張・立証)、
白紙に署名(または押印)したものを他人が悪用して文書を完成させた、
文書作成後に変造がされた、
他の書類と思い込ませて署名(または押印)させた
などの事実を主張・立証したり(2段目の推定を破る主張・立証 )をして、反論していきます。

ところで、1段目の推定についてケチをつけさせたくなければ、
「この印鑑は、本人しかもっていない唯一無二の印鑑で、他の者は使うことがあり得ないもの」といえれば、推定を破る反証がほぼ不可能となります。

ここに、実印とか登録印の意味が出てきます。

実印、すなわち
「住民登録をしている地方自治体に印鑑登録したも印鑑」
であったり、
会社の登録印、すなわち
「登記簿を所管する法務局で印鑑登録した代表印」
であれば、
前記の反証がほぼ不可能となります。

このような意味において、重要な取引や契約においては、事故を防ぐため、登記簿謄本で代表者であることを立証させたり、押印も実印や登録印を押印させ、さらには印鑑証明書も添付させておくべき、といえるのです。

なお、署名または押印とありますが、事故を防ぐためには、代表者に自署させた上で、実印または登録印で押印させるという二重の備えで、事故を防ぐことが推奨されます。

その際、代表者でなかった者が署名するような場合、すなわち、代表権のない平取締役であったり、部長等であったり、あるいは代理人といった場合、委任状や決裁権を示す文書も同時に提出させ、後から無権代理や無権代表といった難癖がつかないように備えておくことも推奨されます。

以上のとおり、契約書に限らず、法務文書一般に関しては、作成意思を明確にするため、押印という手続きがかなりの頻度で発生します。

この点、中小企業等で全ての押印を実印(登録印)で処理するところもあるようですが、契約書に押印すべき印鑑には法律上特段規制がなく(前記のとおり、偽造等が争われる民事訴訟の場面では立証課題に差が出てきますが)、実印を用いて印影を明かすことにより偽造等のリスクも出てきます。

したがって、公的手続等実印が絶対必要な場合を除き、取引印(認め印や角印)と呼ばれるものを別途作成し、日常の取引や契約には実印以外の印鑑を用いることが推奨されます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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