00742_モノのマネジメント(製造・調達・廃棄マネジメント)における企業法務の課題2: 製造拠点の海外移転にまつわる法務課題

1 海外進出ブーム

製造業の環境として、大量かつ安価な労働力を引っさげた新興国が強力な価格競争力で勝負を挑んできており、日本の各メーカーは非常に苦しい立場に置かれている、と述べました。

このような状況下で、国内のメーカーは、安価な労働力を求めて、海外、特に、中国をはじめとするアジア諸国へ製造拠点を移そうという動きがみられます。

「工場の海外移転」
というと、事業ロマンをくすぐる魅力的な話に聞こえますし、新聞や雑誌の多くも
「海外移転しなければ日本の将来はない」
などと煽り立てる論調のようですが、果たしてそのとおりでしょうか?

小型自動車メーカーとして優良企業と評価されているスズキがインドに現地法人(マルチ・スズキ)を立ち上げ、北部ハリヤナ州マネサール地区に持つマネサール工場で工場を稼働していたところ、去る2012年7月18日に工場で暴動が起こり、人事担当者が1人死亡し、100人以上のけが人が出て、1ヶ月近く工場閉鎖を余儀なくされました。

人材、資金、ノウハウその他国際的な企業運営ができるだけの十分な基盤がある大企業ですらこういうリスクに直面することがあるのですから、中堅中小企業が、“海外進出ブーム”に乗せられ安易に海外に出ていくと、ヤケドを負い、さらには、企業そのものが破綻するような事態に陥ることも十分あり得ます。

2 海外進出の負の側面

前述のとおり、マスコミは、盛んに、
「日本は終わった」
「日本は滅び行く」
「日本に未来はない」
と騒ぎ立てます。

しかしながら、
「平均的労働者の教育レベルが圧倒的に高いばかりでなく、誠実で常識をわきまえており、労使紛争が少なく、物価は安定しており、治安がよく、法律が整備され、かつ法律の運用も公平であり、停電はなく、細かなことをいちいち指示しなくても基本的な約束事が当然のように守られる」
という稀有な国は、世界的にみても日本くらいです。

新興諸国においては、
「労働者の教育レベルは大きなバラつきがあり、遅刻は平気でするし、ウソや言い訳ばかりで、生産に協力する姿勢は皆無」
というところが少なくありません。

また、スズキ・インド例のように、労働条件の不満がすぐにストライキにつながる、というのも世界の常識です。

世界の多くの国では、異常なまでの物価上昇率で、電力供給安定せずかなりの頻度で停電があり、法律がいい加減で賄賂が横行し、総じて社会が不安定で、犯罪発生率もかなりのレベルです。

さらに、契約や取引についても、
「書いてないことは守らなくていいこと」
といわんばかりに、逐一、細かなことまで定めておかないと、必ずトラブルがついて回る、というところの方が世界ではマジョリティです。

そして、苦労して現地に工場を立ち上げ、稼働させた直後から、技術収奪がはじまり、投資回収に至る前には、類似品が出回り始め、やむなく工場を閉鎖する、という話を聞くこともあります。

3 海外進出を検討するにあたって

アジアの某国Xに進出を検討している企業がありました。

この企業は、いわゆる中堅中小のオーナー企業ですが、オーナー社長が、海外進出ブームに乗せられ、X国視察旅行に行ってたいそう気に入り、現地法人を立ち上げよう、という話が急遽進められていました。

そして、この企業の関係者から、海外進出にあたっての注意点をご助言いただきたい、という話がありました。

私としては、この社長は、
「ブームに乗せられて、リアリティのない妄想レベルで海外進出を考えているだけ」
という印象を受けましたので、以下のような助言をさせていただきましたので、ご紹介しておきます。

「X国でビジネスをしたい、ということですが、まず、『儲けよう』ということが動機なら、X国に乗り込むのはやめた方がいいでしょう。
単純に『金を儲ける』というなら、もっとラクな方法がいくらでもありますから。
『苦労したい』『トラブルに見舞われ、七転八起したい』『損は覚悟。それでも何か新しいことを始めたい』ということが動機なら、止めはしませんが、そもそも御社にそんな余裕ってあるんでしょうか。
また、いきなり現地法人を作るのは慎重にした方がいいです。
現地パートナーと代理店契約をしたり、単純な物品輸出でも、同様の効果を達成出来る場合がありますから。
生産拠点をX国に、というお話の場合ですと、X国に骨を埋めることになる日本人が少なくとも1名必要になります。
なお、文字通り命がけになります。
日本人ビジネスマンがよく失踪したり、行方不明になったりしています。
社長が行くなら、遺書を書いて行ってください。
部下に行かせるなら、有能で、会社のために命を捧げる覚悟のある、幹部社員をまず探してください。
自分が行くのはイヤだし、命を失う覚悟をもっている幹部社員がいない、というのであれば、そもそも無理ですね。
というより、製造原価を下げたいのであれば、社長も海外にフラフラ遊びに行ってないで、工場に入り浸り、地道に生産効率を見直したらいいじゃないですか。
わざわざ土地勘のないところに行って工場作らなくても、今の工場で、設備を更新したり、生産方法を見直したり、働かない古参社員のクビを切ってヤル気のあるパートのおばさんに入れ替えるとか、もっとやれることがあると思いますけどね」

初出:『筆鋒鋭利』No.062、「ポリスマガジン」誌、2012年10月号(2012年10月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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