00759_企業法務リスク発見(抽出)・特定の手法1:日本の産業界において、法務リスクを効果的に発見・特定できている企業はほとんどない

危機管理において最も重要なことは何でしょうか?

危機の予防でしょうか?
危機の回避でしょうか?
危機の転嫁でしょうか?
危機への対応でしょうか?
危機を小さくする営みでしょうか?
危機を受け入れ、乗り越えることでしょうか?
危機が現実化した場合のダメージコントロール(損害軽減化)でしょうか?
危機対策のチーム作りや専門家の招集でしょうか?
危機対策の予算を確保することでしょうか?

いずれも、必要ですが、重要とは言えません。

危機管理において最も重要で、かつほとんどの管理主体が難しいと感じている事柄は、危機ないしリスクの発見と特定です。

リスクへの対応、すなわち、予防したり、 最小化したり、回避したり、転嫁したりするのも、リスクが発見され、特定されることが前提となっています。

法務部ないし法務担当者の役割は、法務安全保障であり、事件や事案や有事(存立危機事態)への対処です。

その意味では、法務関係者にとって、ビジネス活動や企業運営から、
「法務リスク」
をピンポイントで効率よく発見するスキルは非常に重要性をもちます。

他方で、 日本の産業界においては、法務リスクを効果的に発見・特定できている企業はほとんどありません。

1つには、 正常性バイアス・楽観バイアスの存在があります。

また、法律そのものの属性・性質からも、法的リスクは発見しにくい状況が生まれます。

すなわち、そもそも法律自体、理解しがたいし、よくわからない。

というか、読む気も失せるようなシロモノです。

法律の条文、思考枠組、運用メカニズム、限界領域の解釈、運用相場観、すべてが、腹が立つくらい、難解で高尚で、一般人の理解を拒絶します。

さらにいえば、経営者も、経営の専門家であっても、法律の専門家ではありません。

どうしても後回し、おざなりになりがちです。

「『法的リスクを現実化させないこと』を目的とする『予防法務』こそが、臨床法務や事故対応法務よりはるかに重要である」
という認識が、昨今、企業関係者の間で広まってきています。

特定の取引や契約について、
「個別具体的法的リスクを現実化させないことを目的とする予防法務」
が、契約法務といわれるものです。

そして、
「企業組織運営全体の法的リスクを現実化させないことを目的とする予防法務」
については、コンプライアンス法務あるいは内部統制構築法務、といわれます。

しかし、上場企業ですら、
「企業不祥事」
によって経営が傾く実例が多々存在することからもわかるように、
「予防法務」
を現実に効果的に実施する能力や環境にある企業はわずかしかありません。

電機メーカー東芝は、7125億円もの損失を原子力事業全体で発生させ、2016年4~12月期の最終赤字は4999億円となり、同年12月末時点で自己資本が1912億円のマイナスという、債務超過の状況に陥りました。

この状況の原因となったのは、東芝傘下のウェスティングハウスは、2015年末に買原発の建設会社、米CBE&Iストーン・アンド・ウェブスターを買収した際、買収直後に、ある価格契約を締結したことにあります。

複雑な契約を要約すると、
「工事で生じた追加コストを発注者の電力会社ではなくWH側が負担する」
というものでした。

原発は安全基準が厳しくなり工事日程が長期化し、追加コストは労務費で4200億円、資材費で2000億円になりました。

しかし、問題は担当者以外の経営陣が詳細な契約内容を認識していなかったことにあり(機能的非識字状態)、さらにいえば、この
「価格契約」
が極めて不利で合理性がない契約、すなわち狂った内容であったにもかかわらず、このリスクを発見・特定・認知できず、リスクに気づかないまま契約締結処理を敢行したことにありました。

原子力担当の執行役常務、H(57)らは
「米CB&Iは上場企業だったし、提示された資料を信じるしかなかった」
と悔しさをにじませた、とされます。

この事件をみていただければおわかりかと思いますが、
「課題が発見されないこと」
の恐ろしさが明確に書かれています。

東芝の経営陣ないし担当役員が、もし、課題、すなわち、この価格契約の法的リスクを正しく理解・認識していたら、漫然と放置することなく、何らかの対処を取っていたはずです。

契約上、追加コストを負担しないような取り決めをしておく交渉をしたはずですし、最悪、ディールブレイクさせ、契約自体をやめてしまってもよかったはずです。

回避行動を取る前提として、予見や認識の段階で、躓いていた、というのがこの事件の本質です。

「リスクや課題を知るなんて簡単だし、誰でもできる」
そう思われている方は多いかもしれませんが、実際は、天下の国際的大企業の経営陣すら
「リスクや課題を知る」程度
のことすら、まったくできていないのです。

多くの医者(外科医を除く)がやっているのは、病気を治すことではありません。

病気を治すのは、薬であり、薬剤師です。

医者がやっているのは、病気を発見し、特定する作業です。

「課題を発見・抽出・特定する」
のは、
「課題そのものを処理する」
よりも、実は、非常に重要で高度な業務なのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

弁護士法人畑中鐵丸法律事務所
弁護士法人畑中鐵丸法律事務所が提供する、企業法務の実務現場のニーズにマッチしたリテラシー・ノウハウ・テンプレート等の総合情報サイトです