00804_文書内容管理としてのストーリー制御

法務文書には、事実立証能力が具備されていなければいけません。

法務文書は、
「日本昔話型文書(内容デタラメ、体裁いい加減、5W2H欠如、肝心な要素が欠落した文書で、「昔々、あるところに、おじいさんとおばあさんがいた」という日本昔話の出だしのような、何時のことか、何処のことか、氏名は何か、といった重要な要素がすべて欠落した、無価値で証明力のない文書)」
ではなく、5W2Hが備わった、いざというときに、自社にとって必要な事実を立証してトラブルや有事から救ってくれたり、状況改善してくれたりする機能具備が最低限の要求事項です。

しかしながら、なんでもかんでも記述すればいい、というものでもありません。

あえて記述しない事項というものもあります。

法務文書は、記録としての機能、すなわち自社の備忘や確認の趣旨としての機能はもちろんのこと、紛議対応や有事(存立危機事態)対処の際の証拠として、安全保障ツールとしての意味をもちます。

記録された文書は、時間と空間を超えて、後日、霞が関1丁目1-4の東京地裁民事部に提出して、自社が主張する事実を支える証拠としての使用も想定されるところです。

したがって、何を記録し、何を記録しないか、は、後日どのような紛争や有事(存立危機事態)が想定され、そこで、自社がどのようなストーリー(「事実」ではなく、「主張」として語るべき、一定の法的考察を前提に構築された事実)を語って、自社を防衛するか、ということを想定し、当該ストーリーを支え、あるいは、自社にとって有害なストーリーを叩き潰すようなエビデンスをイメージしながら、法務文書が作成されなければなりません。

「そんな複雑なこと出来るか!」
と言われそうですが、東大法学部を卒業して、財務省や経産省や総務省といった一流官庁に勤務するようなエリート官僚にとっては、朝飯前のバナナスムージーといった感じで、普通かつ簡単に、こなします。

組織防衛という安全保障課題において、日本で最強かつ最優秀な集団である中央官庁においては、入省した直後から、この種の記録作成技術を叩き込まれます。

霞が関の中央官庁の組織防衛術は、
1 トラブルに近づかない
2 トラブルの惹き起こす属性をもった組織や人間にも近づかない(付き合う人間を選ぶ)
3 普段から目立たないように、地味に、ひっそりと、奥ゆかしく、慎ましやかに行動する
4 近くでトラブルが発生したら、全速力で逃げ去る
5 運悪くトラブルに巻き込まれたら、知らぬ存ぜぬ、関係ない、の一点張りで、一番関わりが薄いポジションが確保できるよう全力を尽くす
6 説明せよ、教えろ、と言われても、「うるせえ、誰が教えてやるか、ボケ!」などと本音をもろ出しせず、組織としてのプライバシーや関係者としてのプライバシーを盾に、エレガントにお断りする
7 それでも説明が必要になっても、霞が関言葉や霞が関文学を用いて、事態の本質が伝わりにくく、わかりにくく、抽象度と専門性の高い説明で煙に巻く
8 「(霞ヶ関言葉や霞ヶ関文学のカベを乗り越えて、)説明がようやく理解できたが、納得できない、信用できないので、いよいよ根拠を示せ、ソースは何だ、証拠を出せ、ブツを出せ、モノをみせろ」、という段階になっても、やはり、 組織としてのプライバシーや関係者としてのプライバシーを盾に、なおも必死に抵抗を続ける
9 それでも、文書を出すことになっても、組織としてのプライバシーや関係者としてのプライバシーを理由に、必要な範囲を超えて、可能限り過剰に、マスキング(墨塗り)処理をした文書しか出さないことで、非協力・不服従を貫く
10 マスキング文書ではなく原文をそのまま開示しろ、提出せよ、といわれても、プライバシーや開示要求根拠についての見解が異なる、解釈が異なる、と無駄な抵抗を続け、開示請求訴訟をしろ、上で争う、といって相手に時間とコストと労力の負荷を被らせる
11 場合によっては、時間を空費させている間に、保存規定運用の誤解や不心得な担当者の些細なミスやエラーによって偶発的事故によって、文書自体が消失することもある
12 最後の最後に文書が開示され、相手の手にわたっても、その内容は、現状事態が想定され、なお、組織防衛のためのストーリー立証が可能な、相手にとって腹の立つような内容が書かれている
というものです。

この、
「最後の最後に文書が開示され、相手の手にわたっても、その内容は、現状事態が想定され、なお、組織防衛のためのストーリー立証が可能な、相手にとって腹の立つような内容」、
すなわち、単に、
「記録としての機能、すなわち自社の備忘や確認の趣旨としての機能」
だけでなく、
「紛議対応や有事(存立危機事態)対処の際の証拠として、安全保障ツールとしての意味と価値」をもった法務文書
を、それこそ数ヶ月前まで東大に通っていた、スーツがまるで似合わない、童顔で、学生に毛とホクロが生えた程度の使い走りの若手の職員ですら、眼尻釣り上げ悪戦苦闘するわけでもなく、コーヒー飲みながら、さしたる手間ひまかけずにさらりと書き上げる。

そんな恐ろしいまでの人材が掃いて捨てるほどいる、安全保障意識と安全保障練度の高い組織集団が官庁というところです。

何を記録し、何を記録しないか、は、後日どのような紛争や有事(存立危機事態)が想定され、そこで、自社がどのようなストーリー(「事実」ではなく、「主張」として語るべき、一定の法的考察を前提に構築された事実)を語って、自社を防衛するか、ということを想定し、当該ストーリーを支え、あるいは、自社にとって有害なストーリーを叩き潰すようなエビデンスをイメージしながら、法務文書が作成する、
という営みも、人智を超えた不可能な行為ではなく、単にスキルとしての慣れの問題であり、まさしくこの点を法務がプロフェッショナリズムとして追及する根源的技術ともいえます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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