00922_企業法務ケーススタディ(No.0242):退任取締役の競業行為

本ケーススタディーは、事例及び解説の概要・骨子に限定して要約・再構成したものです。
詳細をご覧になりたい方は、「会社法務A2Z」誌 2010年1月号(12月25日発売号)に掲載されました連載ケース・スタディー「鐵丸先生の 生兵法務(なまびょうほうむ)は大怪我のもと!」十四の巻(第14回)「退任取締役の競業行為」をご覧ください。

当方:
脇甘(ワキアマ)商事株式会社 社長 脇甘 満寿留(わきあま みする)
同社法務部 部長 執高 鰤男(しったか ぶりお)

相手方:
脇甘商事株式会社 元専務取締役 六本木(むほんぎ)

退任取締役の競業行為:
臨時株主総会でクビにした元専務取締役が、ソフトウェア開発会社を設立し、当社のお得意様相手に当社の主力商品と同じ種類のソフトを販売しはじめました。
そこで、取締役の競業避止義務に違反を理由に事業の即刻中止と損害賠償を請求する通知を出そうとしましたが、
「取締役の競業避止義務は、あくまでも在任中の取締役が負うべき義務であって、退任後の取締役についてそのまま当てはまる話ではない」
と、法務部長がいいました。
あきらめかけたところ、元専務取締役が在任中に署名押印した書類がでてきました。
「私、六本木は、貴社取締役在任中はもちろん、退任後も50年間、貴社の取り扱っているすべての業種について、いかなる場所であるとを問わず、次の行為を行わないことを誓約します。
1.社と競業する会社の役員となること
1.貴社と競業する会社を設立すること
1.貴社と競業する事業を個人で行うこと」
これで、相手は、もう反論の余地はないでしょう。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:退任取締役の職業選択の自由
株式会社の取締役は、会社との間で委任関係に立ち(会社法330条)、会社に対して“善良な管理者の注意義務(善管注意義務)”(民法644条)および忠実義務(会社法355条)を負っています。
その上で、会社法356条1項1号は、会社の利益を擁護すべき取締役が、会社の利益を犠牲にして自己や第三者の利益を図ることを防止しています。
もっとも、取締役の競業避止義務は、条文上も
「取締役が」
と明記されているように、退任後の取締役にもそのまま適用されるというものではなく、退任取締役の競業は自由であるというのが原則です。
会社側の
「会社の業務で獲得したノウハウや情報を利用して、会社と競業する行為を行うことは許さない」
という要求に対立するものとして、会社を辞めた者にも
「これまでの人生で身につけたスキルや経験を、自分自身の価値として、他の場所でも活用したい」
という要求が存在するわけですが、法は、後者、つまり退任取締役の
「職業選択の自由(憲法22条1項)」
を前者の会社側の要求よりも重視しているのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:退任取締役の競業禁止特約
取締役在任中に、退職後の
「競業禁止特約」
を締結しておくという方法があります。
注意しなくてはならないのは、特約が退任取締役の
「職業選択の自由」
という憲法上の強力な権利を制約するものであるということです。
以下の諸要素を考慮して必要性・相当性を判断した上で
「退任取締役の生存等を脅かし、職業選択の自由を不当に拘束するもの」
と認められる場合、公序良俗に反するものとして無効とされてしまうのです。
1.取締役の社内での地位・業務内容
2.当該会社の営業秘密・得意先維持等の必要性
3.地域・期間・業種などの制限条件
4.経済的補償等の代償措置の有無

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:備えあれば憂いなし
取締役の在任中に、自社の業務の特徴(得意先維持の必要性等)や当該取締役の地位や担当業務等を十分に考慮・検討し、その上で、競業を禁止する地域や相当業務等を十分に考慮・検討し、その上で、競業を禁止する期間、業種あるいは経済的補償等を合理的に設定し、当該取締役の職業選択の自由に対する過度の制約とならない、有効な
「退任後の競業禁止特約」
を締結するようにしましょう(その際には、退任後の秘密保持義務なども併せて文書化しておくことが有効です)。

助言のポイント
1.取締役の競業避止義務は、退任後にもそのまま継続されるものではなく、退任取締役をも拘束するには、「退任後の競業禁止特約」が必要。
2.退任取締役の職業選択の自由は、憲法22条1項に保障される強力な権利。これを過度に制約する「退任後の競業禁止特約」は、公序良俗に反するとして無効とされるものであると心得よう。
3.「退任後の競業禁止特約」は、(1)取締役の社内での地位・業務内容、(2)当該会社の営業秘密・得意先維持等の必要性、(3)地域・期間・業種などの制限条件、(4)経済的補償等の代償措置の有無等の諸要素を考慮して、合理的なものにとどめること。
4.「今の良好な関係がいつまでも続くはず」という甘い見通しは、後に退任取締役との泥沼の戦いを引き起こす原因。「備えあれば憂いなし」こそ企業法務の神髄であると心得よう。

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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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