01025_企業法務ケーススタディ(No.0345):M&Aでうまく売り逃げたはずが・・・

本ケーススタディーは、事例及び解説の概要・骨子に限定して要約・再構成したものです。
詳細をご覧になりたい方は、「会社法務A2Z」誌 2018年12月号(11月24日発売号)に掲載されました連載ケース・スタディー「鐵丸先生の 生兵法務(なまびょうほうむ)は大怪我のもと!」百十七の巻(第117回)「M&Aでうまく売り逃げたはずが・・・」をご覧ください 。

当方:
脇甘(ワキアマ)商事株式会社 社長 脇甘 満寿留(わきあま みする)
同社法務部 部長 執高 鰤男(しったか ぶりお)
脇甘バッテリー株式会社
華装(カソウ)電子 華装 熱盛(かそう あつもり)

相手方:
印旛沼(インバヌマ)燃料工業社(「インネン社」)

M&Aでうまく売り逃げたはずが・・・:
事業の整理をと、不採算になっている子会社を売却しましたが、買主側から
「騙された、カネ返せ」
と、訴えられそうです。
リスクについてはデューデリで開示した資料に入っていたし、相手も了解済みのはずです。
相手は、話が違うと騒いで買収を反故にするとかいいつつ、買収代金を一部返金させようという魂胆でしょうか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:M&Aの本質
M&Aの本質は
「株式まるごとお買い上げ」
で、その最も難しいところは、
「株の値段」
に正解がなく、いくらで買うのが有利で、いくらで売るのが正しいか、皆目わからない、という点です。
DD(デューディリジェンス:買収監査)や評価やレプワラやクロージングと、何やら難解そうな儀式がずらずら出てくるのは、
「対象物も値段も何が正当かよくわからず、しかも大抵、せかされた状態で取引をする」
ことにまつわる不安や不信を払拭するため、各種ステップを設けることによって取引の合理性と適正さのフィクションとして機能しているのです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:売主の思惑、買主の思惑
会社の実体を知っているのはなんといっても売主で、買主は取引開始以前にはまったく情報がない状態(情報非対称)です。
買主は、この非対称状態を是正するため、自らの時間とエネルギーとコストで情報を入手し、短期間に分析評価し、取引によって損失を被らないよう株式価値を算定していかなければならず、圧倒的に不利ですが、M&A実務の形成・発展過程で、DD、バリエーション(価格算定)、表明保証条項(representations and warranties:通称「レプワラ」)が、対抗手段が用意されるようになりました。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:表明保証の役割
表明保証とは、売買当事者間等において、売主が買主に対して契約目的物(株式譲渡の場合は株式)に関連する事実について、取引時点において
「売主が表明した事実が真実であり、かつ、正確であることを、買主に対して保証する」
ということを契約内容とすることです。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点4:売主の悲劇・サンドバッキング
売主は、買収後、表明保証にまつわる解釈や運用を巡り、買主から
「お前の提供した情報に嘘が混じっていたのであの取引はナシだ、カネを返せ」
と逆撃を食らう可能性があります。
買主側が、売主による表明保証に違反があることを知りながら取引を終え、その後、当該表明保証の違反に基づき売主に対して補償請求することを、サンドバッギング(sandbagging)といいます。
現在のM&Aの実務においては、サンドバッギングを巡る、売主・買主間の紛争が表に出てくるようになりました。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点5:裁判例
「アルコ事件」(損害賠償等請求事件:東京地裁平成18年1月17日判決)
では、裁判所は表明保証条項違反を認めた上で、買主の悪意・重過失も否定し、売主に約3億円の賠償を命じました。
「太陽機械製作所対山一電機事件」(損害賠償請求事件:東京地裁平成23年4月19日判決)
においては、裁判所は
「買い手は常に注意せよ(caveat emptor)」
を高らかに宣言し、買主の補償金請求を認めませんでした。
M&Aについては、売主は、売った後から、買主から因縁をつけられたり取引をキャンセルされたり、賠償金や補償金を請求されるリスクがあり得ます。
リスクを念頭におけば、DDにおいて、出すべき情報はすべて徹底的に出しておくことが推奨されます。
とはいえ、情報を洗いざらい出したからといって安心はできません。
取引時点において、買主が表明保証違反があったと認識しても、なおも、補償金を要求する場合があり得るからです。
アンチ・サンドバッギング条項を挿入しておき、この種の話を断ち切っておくことが推奨されます。

助言のポイント
1.M&Aの売主といっても、安心はできない。取引終了後、買主から「表明保証違反あり」を理由にサンドバッギングされ、損害や補償金を請求されるおそれがあるから、安穏とできない。
2.とにかく、DDにおいては、嘘はご法度。正しい情報を、正直に伝えること。正確な客観情報を相手に提供している限り、裁判所も、「どう解釈するかは買主の責任、買主のリスクなので、表明保証違反なし」として救済してくれる可能性がある。
3.アンチ・サンドバッギング条項を盛り込んで、「買ったけどこんなはずじゃなかったから、売主に因縁つけてやれ」という買主からの攻撃を封印してしまおう。
4.裁判になっても、諦めない。表明保証違反の有無、損害の発生、因果関係、すべて、しつこく、徹底的に争って、有利な和解を勝ち取ろう。

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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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