01041_訴訟や裁判外紛争を遂行する前提としての事実の調査の困難性

訴訟や裁判外紛争を遂行する上では、まず、相手方との取引その他の関係経緯を、時系列にしたがって、事実として明らかにしておくことが必要になります。

簡単にいえば、過去に何があったか、時間と進行にしたがって、正確に思い出し、記述する、という作業です。

とはいえ、これは相当な時間と労力を費消する、苦痛を伴う作業となります。

10日前にお昼ごはんに何を食べたか覚えているか、といわれても、普通の人は、なかなか思い出せませんし、行動の痕跡等を精査して、昼食で何を食べたかを特定するのは、相当な時間とエネルギーを要することになる、といえば、実感いただけますでしょうか。

個人の10日前の昼食ですらこの有様ですから、
「多くの人間が携わる企業と企業との間の取引関係が病理的問題をかかえ、これが、 訴訟や裁判外紛争に至るった場合の、長く複雑な事実経緯」
となると、想像を絶する困難な作業となります。

そもそも、個人個人の記憶そのものが、電子メールのように、時系列の順序にしたがって、整然と配列されているわけではありません。

人間の記憶は、印象や感想や思い込みによって網の目になったり、塊になったり、ランダムになったりと混乱した状態になっており、また、重要でないものや、忘れたい出来事は、記憶が消去されたり、上書きされたり、と相当ないい加減な形で格納されています。

こんな曖昧で出鱈目な人間な記憶を頼りに、
「過去に何があったか、時間と進行にしたがって、正確に思い出し、記述する」
という作業をしようとすると、
・関係資料や電子メール等、客観的な痕跡をすべて収集する
・これを時系列にしたがって再配列する
・この時系列に整理された痕跡を見ながら、記憶の断片を呼び起こす
・とはいえ、記憶の断片が浮かんでも、「誰が」「いつ」「何の目的で」「どのようにして」といった重要な要素は欠落してしまっていたり、痕跡と整合しない記憶が出てきてしまう
・この場合、記憶を加工したり、上書きしたり、再構成したりしながら、痕跡と記憶の断片に、一定の秩序やロジックを与える
ということを行うことになります。

これは、単に、
「過去に経験したことを思い出す」
という生易しいものではなく、 想像力を駆使した高度に創造的な営みです。

たいていの方は、このような
「想像力を駆使した高度に創造的な営み」
を嫌悪し、忌避し、雑駁で適当に
「あいつが悪い」
「これはひどい」
「私には権利がある、正当性がある」
「こんなことは認められるべきではない」
というひどく雑で荒っぽい結論でまとめようとします。

とはいえ、評価を下したり、結論を出すのは、裁判所の仕事であって、当事者の役割ではありません。

当事者が語るべきは、理屈や意見ではなく、事実や記憶です。

結果、
「想像力を駆使した高度に創造的な営み」
としての事実の調査を忌避し、あるいは手抜きし、勇ましい修飾語を羅列しただけの、アジテーションを繰り返すだけの当事者ないし弁護士は、裁判所から忌避され、あまり良い結果が出せない状況に追い込まれます。

なお、この種の調査や事実の想起・復元に関して、顕著に高いスキルをもつ組織ないし集団があります。

これは、いわゆる官僚組織、すなわち行政機関や大企業の事務組織です。

だからこそ、役所や銀行相手を相手の訴訟は、ほぼ100%勝てない、ということになるのだと思われます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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