01051_企業間紛争におけるゲームメニュー、プレースタイル(話し合いか、脅し合いか、殴り合いか、殺し合いか)

企業間の取引関係において、認識の相違、解釈・評価の相違、意見の相違が生じ、これが論争、紛争に発展する場合があります。

企業間紛争や企業間争訟と呼ばれる状態、すなわち企業間有事状況の出来です。

企業間紛争に至った場合、どのようなゲームメニュー、プレースタイルが想定できるのでしょうか?

私なりの整理ですが、企業間紛争におけるゲームメニュー、プレースタイルとしては、 アナロジーを交えて整理しますと、

1 話し合い
2 脅し合い
3 殴り合い
4 殺し合い

の4種に大別されます。

すなわち、敷衍しますと、

1 話し合い(ビジネスマターとしてのネゴ):
お互いビジネスマンとして、単純な利害得失を考えて、互譲し、妥協できるか腹の探り合いをする。


2 脅し合い(リーガルマターとしてのネゴ、裁判外交渉):
単純な利害得失に加え、法的観点を加え、いざとなれば、訴訟における紛争を予知し、あるいは相手に理解認識させつつ、主張の優劣、証拠の整備状況あるいは同種事例の裁判例の傾向等を踏まえた、訴訟における帰趨を視野に入れつつ、
「訴訟となればこのような結論が期待できるが、訴訟を行って結論を実現するための時間とコストと労力を勘案して、期待値からディスカウントし、妥協する」
という形での腹の探り合いを行う。

3 殴り合い(訴訟を提起するが、訴訟上の和解をゴールとする):
訴訟を提起し、主張や立証の応酬はするが、証人尋問前、あるいは証人尋問後において、裁判所から和解の勧告(和解勧試)があれば、これにしたがい、最終的に訴訟上の和解という形で事件を解決する、あるいはそのような帰結を指向した紛争を展開する。
なお、第一審段階で訴訟上の和解に至る場合もあれば、第一審段階では判決を得るまで訴訟手続を完遂し、第二審(現在の民事訴訟法制度においては事実上、実質上の最終審)においては訴訟上の和解を受諾する場合もある。

4 殺し合い(訴訟を提起するが、訴訟上の和解は行わず、裁判所が判決を下してシロクロ決着がつくまで紛争を継続する):
訴訟を提起し、主張や立証の応酬はし、証人尋問前、あるいは証人尋問後において、裁判所から和解の勧告(和解勧試)があっても、これを峻拒し、確定判決を得るまで訴訟手続を完遂するタイプのプレースタイル。

一般の方の感覚だと、
「訴訟というものは判決をもらうために行うものであり、一旦訴訟となれば、原被告も裁判所も、 後先ひけず、判決に向かって、まっしぐらに走り続けるものだろう」
という印象があるかもしれませんが、実際のデータが示すところは、概ね6,7割の訴訟事件が和解で終結している、というものです。

古いものですが(平成17年とりまとめ)、司法当局(最高裁判所)が
裁判の迅速化に係る検証に関する報告書(第1回)
としてまとめた地方裁判所の民事訴訟事件(第一審)の審理の状況をみてみますと、地方裁判所で取り扱う民事訴訟第一審事件(簡易裁判所は含まないので、相応の訴額で、それなりに重篤な事件を有するもの)において、5万522件の判決が下されている、とあります。
そして、判決に至る事件のうち約1万9千件は欠席判決(銀行等が原告となって、私文書に過ぎない貸金契約書を、強制執行可能な公的な判決正本に転化させるためだけの純手続的な事件で、被告も何ら争う意義も必要性もないので出席すらしないような裁判)であり、被告が出席して何らかの形で争って判決を下される場合が3万1,373件とあります。
とはいえ、判決が下されるといっても、やはり
「貸金契約があって支払義務は明らかだが手元不如で支払ができない」
といった
「主張(話の筋)や証拠(記録、痕跡)からして、権利や義務が明々白々な事件で、被告も一応、裁判に出席することはするが、1、2回程度期日を重ねても、非法律的な弁解をしたり、『ちょっと待ってくれ』『支払う額を負けてくれ』『勘弁してくれ』といった、法的には意味不明な浪花節を叫ぶ等をするも、相手にされず、やむなく判決に至る、というタイプの事件(紛争の体をなしておらず、勝敗が予定調和とされる、事務ルーティンとしての訴訟事件)」
も相当数含まれています。
こう考えると、
「対審構造が成立し、当事者が真摯に争い、裁判所の和解勧試も奏効せず、判決まで至った事件」
というタイプの判決事案は、2万件以下と推測されます。

他方で、訴訟上の和解は約3万8千件(37,787件)もあり、欠席判決ではなく、現実に争われて判決まで至った事件の数をはるかに上回っているものと推測されます。

このような観察(高度の蓋然性を伴う推測を含む)を前提としますと、企業間紛争が訴訟にまでもつれ込んだからといって、すべて
4 殺し合い
が必定となった、と考えるのは早計です。

むしろ、実情としては、
3 殴り合い
こそがデフォルトのゲームスタイルなのであり、
「レフリー(裁判所)が殴り合いを止めさせようととしてTKOを宣言してもなお、対戦相手の一方が、レフリーを殴りつけてTKOや制止を振り切り(訴訟上の和解を拒絶)、なおも殴り合いを続ける」
という異常事態があった場合に限定して、裁判所が、いやいや、しぶしぶ、仕方なく(判決書を起案、作成するという手間を投入して)判決を下して事件を終わらせる、というのが現実の裁判手続きにおいて行われていることです。

すなわち、訴訟事件の終結のデフォルトイメージや、そこで基本的・原則的に想定される裁判所の機能や役割としては、
「コンピューターやAIのように、迅速かつ効率的に、かつ正確無比に、一定の問題について結論を提示する高性能の判定マシーン」
などではなく、
「古代ギリシア演劇におけるデウス・エクス・マキナ(劇の内容が錯綜してもつれた糸のように解決困難な局面に陥った時、絶対的な力を持つ存在〔神、時の氏神〕が現れ、混乱した状況に一石を投じて解決に導き、物語を収束させるという手法)」
のようなものとして想定されています。

なお、上記分類にかかるゲーム類型が成立するには、当事者・関係者全員(当事者双方のほか、
「3 殴り合い」

「4 殺し合い」
については、最重要ステークホルダーたる裁判所も含む)がどのゲーム類型を選択するのかという意思ないし認識が合致している必要があります。

例えば、一方当事者が、
「1 話し合い」
を指向しても、相手方(他方当事者)が弁護士を動員し、あるいは訴訟を提起して、
「2 脅し合い」
「3 殴り合い」
「4 殺し合い」
を指向すれば、
「1 話し合い」
というゲームは成立せず、より強硬でシビアなゲームに移行していきます。

この文脈で言えば、事態を楽観的に考える当事者に対向する側としては、より、強硬でシビアなゲームを想定し、準備し、先回りすることで、アドバンテージを確保できます。すなわち、相手方が
「1 話し合い」
ないし
「2 脅し合い」程度
で事件が解決するであろう、と軽く、甘く考えている状況において、完全な準備と想定をして、社内においては資源動員の意思決定を終え、同動員体制を整えて、準備や心構えの整っていない相手方を、いきなり負荷のかかる
「3 殴り合い」
「4 殺し合い」
ゲームに引きずり込むことによって、相対的にゲーム制御可能性を高め、有利にゲームを進めることができる、ということになります。

また、訴訟を担当する裁判所が攻撃防御の応酬は
「3 殴り合い」
にとどめ、判決を書くことなく、最終的に、訴訟上の和解による決着を指向しても、当事者の一方あるいは双方が
「4 殺し合い」
を望むなら、訴訟を提起されて判決による解決を求められた裁判所としても解決を拒否することはできず、判決を下して、最終的にどちらが勝者であるか、
「判決書起案・作成にかかる負担」

「上訴されて自らの判決が覆滅させられるリスク」
を受容して、
「4 殺し合い」
の決着を宣言する役割を担うほかありません。

なお、企業間紛争におけるゲームメニュー、プレースタイル(話し合いか、脅し合いか、殴り合いか、殺し合いか)と、ゲームやプレーに関わる担当者やプロフェッショナルとは相応に相関性が看取されます。

すなわち、

1 話し合い(ビジネスマターとしてのネゴ):
このゲームメニュー、プレースタイルが選択された場合、ビジネスの担当者は外され、双方、ビジネスの責任者(予算と決定権を有する者。代表取締役の場合もある)が登場して、一定の妥結を行い、最終的に妥結内容を文書化する場面で、法務担当者や顧問弁護士が登場します。

2 脅し合い(リーガルマターとしてのネゴ、裁判外交渉):
このゲームメニュー、プレースタイルが選択された場合、 ビジネスの担当者は言うに及ばず、ビジネスの責任者もプレイングフィールドから退席し、法務担当者や顧問弁護士が登場し、彼が主導して、プレーを展開します。
実際は、内容証明郵便による通知書、という形で、法的な観点を加え、紛争帰結を匂わせた法的にフォーマルな宣戦布告文書が飛び交い、もっぱら代理人弁護士間(弁護士が参加しない場合、ビジネス責任者名義で、法務担当者が起案し、背後で支援する形で)で交渉が繰り広げられます。

3 殴り合い(訴訟を提起するが、訴訟上の和解をゴールとする)

4 殺し合い(訴訟を提起するが、訴訟上の和解は行わず、裁判所が判決を下してシロクロ決着がつくまで紛争を継続する):
このゲームメニュー、プレースタイルが選択された場合、 ほぼ100%、弁護士が訴訟代理人として起用されます。
体制としては、ビジネス担当者(部署で蓄積された事実や事情の記憶と記録を管理して、これらを取り出す)、法務担当者(社内で蓄積された事実や事情のミエル化、カタチ化、言語化、文書化)、ビジネス責任者(紛争遂行の予算と状況を把握・管理し、重要な戦略上の意思決定を担う)及び訴訟代理人弁護士(法務部等から提出された紛争に関する事実や事情を言語化、文書化、最適化、フォーマル化する)という役割分担が構築され、和解にせよ、判決取得にせよ、あるいは相手方や裁判所の出方によって可変的なゴールを求めるにせよ、ベストなゴールを目指してゲームを展開していくことになります。

最後に、各ゲームメニュー、プレースタイルとコストとの関係についてです。

当然ながら、

「1 話し合い」<「2 脅し合い」<「3 殴り合い」<「4 殺し合い」

の順で動員資源(コストと労力と時間)は増加していきます。

また、
「3 殴り合い」
ないし
「4 殺し合い」
の場面では、一般論として、

被告<原告

という形性で、動員資源(コストと労力と時間)は増加します。

この点は、私が日経BizGate誌上に連載しました 経営トップのための”法律オンチ”脱却講座 シリーズのケース29:訴訟のコスパ やられたらやり返すな!において

このように、裁判システムは、ボクシングやプロレスの試合に例えると、原告が、ひとりぼっちで、延々とリングというか試合会場を苦労して設営し、ヘトヘトになって試合会場設営を完了させてから、レフリー(裁判官)と対戦相手(被告・相手方)をお招きし、戦いを始めなければならないし、さらに言うと、少しでも設営された試合会場ないしリングに不備があると、対戦相手(被告・相手方)もレフリー(裁判官)も、ケチや因縁や難癖をつけ、隙きあらば無効試合・ノーゲームにして、とっとと帰ろう、という態度で試合進行に非協力的な態度をとりつづける、というイメージのゲームイベントである、と言えます。
こう考えると、裁判制度は、原告に対して、腹の立つくらい面倒で、しびれるくらい過酷で、ムカつくくらい負担の重い偏頗的なシステムであり、「日本の民事紛争に関する法制度や裁判制度は、加害者・被告が感涙にむせぶほど優しく、被害者・原告には身も凍るくらい冷徹で過酷である」と総括できてしまうほどの現状が存在します。

(中略)
いずれにせよ、真剣かつ誠実に裁判を遂行しようとすると、「弁護士費用や裁判所利用料としての印紙代という外部化客観化されたコスト」以外に、気の遠くなるような資源を動員して、クライアントサイドにおいて、「事実経緯を、記憶喚起・復元・再現し、これを言語化し、記録化し、文書化する」という作業を貫徹することが要求されます。

と述べているとおりです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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