01163_疑似法務活動の概念整理>倫理課題・CSR等と企業法務との関係整理>(3)「企業倫理」と「企業法務」との概念峻別の必要性

企業倫理をコンプライアンス法務(内部統制システム構築・運用法務)の内容として取り入れる考え方は、企業活動に高い倫理性を求めることから、社会的に受け入れられやすく企業の発するメッセージとしても高潔な印象を持ちます。

しかしながら、著者としては、コンプライアンス法務のゴールは、あくまで企業の法令違反行為に起因する不祥事というリスクをコントロールする活動と位置づけるべきであり、コンプライアンス法務の課題として、倫理や道徳を持ち込むべきではないと考えます(法令・倫理区別説)。

憲法を体系的に学習した経験のあるプロの法律家は、
「道徳」「倫理」
などといった、内容が不明確な価値規範が法運用の場面に入り込むことに強い危険性を感じます。

すなわち、現代の法体系は、
「人の支配」
が横行した中世の暗黒社会から決別し、近代社会における市民的自由の保障を基礎として構築されてきました。

このような背景から、
「市民的自由を制限するのは、自由を制限するに足る理由と明確な規範によるべきであり、主観的な道徳や倫理といった、曖味で人によって解釈が異なる不文のルールにより自由は制限されるべきではない」
との理念が確立され、この理念が、憲法の人権保障、民法の私的自治、刑法の罪刑法定主義、刑事訴訟法の適正手続へと敷行されているのです。

企業が活動する経済社会は、自由な競争を徹底して保護し、
「ルールや契約に書いていないことは全てやってよいこと」
という原理を前提に、熾烈な競争が展開されスピーディーに発展していくことを是とします。

「道徳」「倫理」
といった不明確なルールで企業活動が規制されるならば、法的安定性は害され、各企業のトップは、どのような取引が禁止され、どのような行動であれば許されるのかわからなくなり、不必要に萎縮し、積極的な経営判断をやめ、経済社会はやがて競争による発展を停止します。

すなわち、
「倫理や道徳による支配」

「人の支配」
につながるものであり、
「法の支配」
を基礎とする自由主義社会にとっては有害で危険な理念といえます。

無論、企業が自主的に
「道徳」「倫理」
を標ぼうした活動をすることは推奨されるべきであり、著者は、これ自体を禁上しろ、ということを主張するわけではありません。

企業が、広報やPR・IR上の戦略として
「道徳」「倫理」
に基づく活動をして、これを積極的にアピールし、他方、消費者や社会に企業の利益の一部が還元されていくことは大いに歓迎されるべきです。

しかしながら、明確な規範を必要な限りにおいて遵守し、その余は、営業の自由(憲法22条)や契約自由の原則を背景に、積極的に競争をし、営利を追求するという企業に対していきなり
「倫理」「道徳」
を持ち出し、企業活動に制約を加えようとする考えは、自由主義やこれに基づくわが国の法体系の無理解に基づく発想によるものといわざるをえません。

したがって、筆者は、コンプライアンスと企業倫理を厳正に区別し、コンプライアンス法務(内部統制システム構築・運用法務)その他企業法務全般の実践にあたって倫理的要素を一切取り込むべきではないと考えます(法令・ 倫理区別説)。

【図表】(C)畑中鐵丸、(一社)日本みらい基金 /出典:企業法務バイブル[第2版]
著者: 弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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