01490_法律実務の世界における「最強・最凶の抗弁」としての「手元不如意の抗弁」

借金は
「必ず返さなければいけない」
ものなのでしょうか?

この点、債務者側に立って、債務者側の弁護活動として、事件の構築を考えてみたいと思います。

ローン返済や貸金返済ができず悩んでいる大半の債務者は、多額のローン返済を抱えて月々の支払いが負担なとき、
「払わなければならない。だけど、今後は払えそうにない。万一の場合どうなってしまうのか……」
と不安に思うものです。

今のところ毎月のローンは、貯金や給与や賞与のやりくりで何とか返済できていても、このまま続けば別のところから借金して対応しなければならず、そうなると金銭的な負担が重くのしかかり地獄に落ちそう……そんな状況です。

しかし、そもそも
「生活を犠牲にして、あるいは別のところから借金をしてまで対応すべきなのか?」
という前提を疑う必要があります。

多くの方は、子供の頃から
「借りたものは必ず返さなければならない。それが最低限のモラル」
という教育を受けてきたと思います。

しかし、債務者から返済地獄を上手に助け出すためには、その
「モラル」という名の「偏見」や「思い込み」
を疑うことから始めなければなりません。

借金というのは生活を切り詰めたり、消費者金融から借りたり、家族や友人に頼るなど“無理”をしてまで支払う必要はありません。

無理をすること自体が間違っているのです。

不動産ローンを抱えた債務者(いわゆる「サラリーマン大家さん」など)で返済に苦しんでいる人などにとっては、返済不能状態に陥りつつある不動産ローンは、日本がものすごいインフレに見舞われ、不動産価格が大幅に上昇して大金持ち(といっても重篤なインフレとなると貨幣価値自体がないので、貨幣を持っていてもあまり意味がないのですが)になったとしても、全額返すのは難しいかもしれません。

お金を借りるときに
「支払える」
と判断しても、実際に払える状況になければ、逆立ちをしても、現実的にお金は返せません。

返せる可能性はほぼないのに金策に走り、友人や家族まで
「必ず返すから!」
とお金を無心するのは、友人や家族に嘘をついて騙すことになります。

そうなると家族の仲が引き裂かれ、友人も失い、取り返しがつかなくなります。

実に多くの方は、そこまでして借金を返すために頑張ってしまいます。

しかし、借金問題を解決する弁護士の常識からすれば、
「“(到底返せない)借金であっても、無理をして周囲に迷惑をかけてまで返さなければならない”というのは誤った固定観念であり、捨て去るべき偏見です」
ということになります。

昔から
「手元不如意」
という便利な言葉がありますが、これは
「家計が苦しくお金がない」
という意味なのです。

「生憎、手元不如意でな、払えぬものは払えぬ」
「不如意で支払いもままならぬ」
というセリフをテレビの時代劇で視たことがある方もいらっしゃると思いますが、これは
「借りたお金を返したいのは山々だが、お金がないので返せない」
という、なんとも志の低い、卑劣で、下劣で、呆れ返るしかない、開き直りの言い草です。

このように
「払いたいが、カネがないので払えない」
という弁済拒否理由を
「手元不如意の抗弁」
といい、法曹界という業界に限定すれば非常にメジャーな言葉です。

この抗弁ですが、法律実務においては
「最強・最凶の抗弁(支払請求に対抗するための拒否理由)」
といわれています。

この
「手元不如意」
が債務者から主張され始めると、どんなに恐ろしい暴力団や、どれほど優秀な弁護士であっても、手も足も出なくなります。

なぜなら、いかに強硬な債権者や優秀な弁護士でも、法律実務上では
「ないところからは取れない」
という、過酷な現実には立ち向かう術がないからです。

ちなみに、
「今から手元不如意の抗弁出します」
と宣言する必要はありません。

何もしないで大丈夫です。

放置です。

無視です。

ほったらかしです。

もちろん借金を返済せず、あるいは返済用の引き落とし口座に十分な資金がないまま入金もせず、ほったらかしにしていたら銀行は慌てますし、ほっといてはくれません。

この場合、銀行から
「どうされました?」
と聞かれます。

それでも、知らないフリをすればいいわけです。

といいますか、知らないフリしかできません。

なぜなら手元不如意だから。

話してもどうしょうもありません。

「話してもどうしようもないからといって、電話にも出ず、ガン無視する」
のは、たしかに
「人としてのモラル」
には反しますが、法に反することは考えられません。

将来、
「債権者無視罪」
とかが刑法典に加えられれば別ですが。

無視に、無視に、さらに無視をし続けて、しばらくすると、何度か銀行から
「どうされました?」
と聞いてきます。

とはいっても
「払えませんが何か?」
と答えるしかありません。

このようなやりとりが続くと、ようやく銀行の方で
「こいつ、手元不如意の抗弁で支払いを止めてきやがったな」
と認識するわけです。

これが、実務上の
「手元不如意の抗弁による支払停止方法」
なのです。

次に、ローンを提供した銀行等の債権者側からこの事態を観察してみましょう。

「訴訟」
にも
「コスパ」
という考え方があります。

例えば、皆さんが1億円を貸していた知人が、落ちぶれてホームレスになったとします。

この場合、どうされますか?

裁判を起こしますか?

訴訟を提起すると、弁護士費用に、裁判所に納める印紙代(裁判所利用料)、その他もろもろ、100万円はかかるかもしれません。

もちろん相手は争いません。

貸付は事実ですし、返済していないのも事実です。

争わない以上に、そもそも裁判にすら出頭しないかもしれません。

当然、欠席したことで、事実を争わず自白が成立したことになり、当該自白に基づき、1億円プラス延滞金利の支払いを命じる勝訴判決(欠席判決)が手に入ります。

でも、相手はホームレスです。

差押をしようにも、差押さえる財産そのものがありませんし、さらに十数万円の費用をかけて強制執行に赴いても、居住用資材として使っているダンボールとか、賞味期限切れのカップラーメンなど、処分するのに却って費用方がかかる廃棄物しかありませんので、強制執行は不能です。

とすると、
「期待値ゼロ円」
のプロジェクトに、100万円超を投じたことになります。

弁護士費用に加え、銀行内部の資源動員として費消した時間や労力、さらには機会損失等を考えると、サンクコスト(埋没費用)は、数百万円に上るかもしれません。

このように、訴訟といっても、
「コスパ」
を考えないと、さらなる大損をする危険性があるのです。

これが、
「お金がない人を取り立てても意味がない」
ということであり、
「手元不如意が債権回収実務において最強・最凶の抗弁」
と言われる理由でもあるのです。

「借りたものは必ず返さなければならない。それが最低限のモラル」
という固定観念(プロの債務整理弁護士からすると誤解ないし偏見)に支配され、生活を破壊せんばかりに無理し、別のところから借金をし、家族や知人に迷惑をかけてまで自主的に返済してくれる真面目で義理堅い人は、銀行からするとありがたい存在ではあります。

しかしながら、
・「手元不如意の抗弁を武器にしぶとく、したたかに対応していき、銀行と戦ってでも生き残りと再生を考えて死地や窮地を脱する」という行動の価値と有用性を深く知り、
・そのためにこそ味方になってくれる弁護士を見つけ出し、常識やモラルや固定観念ではなく、法律知識や「手元不如意の抗弁」や「訴訟のコスパ」といった、業界内の特殊なゲームルールを武器に生き残り策を考える、
といった
「クレバーな債務者」
に遭遇すると、銀行はひとたまりもありません。

運営管理コード:YSJGK123TO126

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

弁護士法人畑中鐵丸法律事務所
弁護士法人畑中鐵丸法律事務所が提供する、企業法務の実務現場のニーズにマッチしたリテラシー・ノウハウ・テンプレート等の総合情報サイトです