01548_取締役の悲劇(4)_世間知らずの「取締役」が約束手形に触れたことで始まる悲劇その2_「取締役」氏、約束手形の換金に成功する

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「取締役の悲劇」シリーズ
の第4稿です。

前稿では、ある
「取締役」
の方が、破綻しそうな会社からお金の代わりに取り上げた手形の換金方法を模索し、銀行に相手にされず、金券ショップで換金しようとするところまでお話しました。

この「取締役」さん
は、
「ご大層な金額がチェックライターで打刻してあり、みるからに価値のありそうで、仰々しい、この手形が換金できないはずなどない。この国の取引社会は狂っているぞ」
との信念をもとに、金券ショップの門を叩きました。

無論、金券ショップは、商品券でも優待券でもない手形など換金などしてくれません。

しかし、金券ショップの店主は、
「ここだったら、手形を換金してくれるかもしれない」
と雑居ビルの3階にある、聞いたこともない会社を紹介してくれました。

その会社では、金券ショップと貸金業とクレジットカードを用いた金融等をやっているほか、裏メニューとして不動産の仲介や債権の回収のほか、手形の買い取りもやっている、とのことです。

「取締役」さん
は、金券ショップの店主から教えられた住所を頼りに、紹介されたところにたどり着きました。

そこの会社のオーナーと称する男は、ゴルフ焼けした顔をほころばせ、
「我々は金融や手形のプロです。何でもおまかせください。」
とやたらと自信ありげに振る舞います。

「取締役」さん
は、これまでの経緯を話すとともに、
「どこから観察しても見た目に立派で価値がありそうな手形をもっているにもかかわらず、まったく相手にもされない」
という異常な現状を嘆くとともに、これを何とかしてカネに換えたいという思いを切実に訴えました。

金融会社のオーナーは、
「わかりました。あなたの言うことはもっともです。当社が額面の7.5%で買い取りましょう。」
と力強く答えてくれました。

干天の慈雨とはこのことです。

たしかに、買取金額としてはあまりにも安く、正直、不満がないわけではありません。

しかし、必死の思いで回収してきた
「見るからに価値のありそうな立派な手形」
を、
「紙切れ」
と言わんばかりの態度で鼻で笑って取り合ってくれなかった経理部長や銀行の担当者を見返すことができた、ということの方がうれしく、天にも登る気持ちでした。

買取金額がまとまったということで、事務所オーナーは、
「手形を譲ってもらう手続として裏書というものがあります。ご存じですよね。ほら、このとおり」
と言って
手垢がついて使い古された年代物の
「だれでもわかるやさしい手形入門」
とかなんとかいう本の付箋を貼ったページを示します。

たしかに、本には
「手形を譲渡するときは裏書きするのが基本」
と書いてありますし、手形の裏側には、すでにいくつか
「裏書き」
なるものが書いてありました。

ずいぶん前に株の現物をみたときにも、株券の裏側にこれと同じようなものがありました。

「取締役」さん
は、学歴こそありませんが、自分ではそれほどバカとは思っておらず、人並みに想像力を働かせることはできます。

要するに、
「ゴルフコンペの優勝カップに歴代チャンピオンの名前を書いた布をくっつけるようなもので、手形のこれまでの持ち主の素姓を明らかにしておくようなものだ」
と理解しました。

「取締役」さん
は、
「ナメられたらいけない」
という思いから、自信をもって大きな声で答えます。

「知ってます、知ってます。裏書きですよね、裏書。はいはい。手形の受け渡しの際の基本ですよね。今、会社の実印はもっていませんので、すぐに会社に戻って取ってきます。」
といって大慌てで会社に行き、金庫から実印を取り出し、事務所に戻ってきました。

戻ってくると、事務所オーナーが、買取金額相当額の現金を用意して待っており、即座に
「裏書き」
をした手形と現金を交換し、無事手形の換金に成功しました。

「取締役」さん
は、鼻息も荒く会社に戻り、社員全員を前にして、換金に至る苦労を延々語るとともに、
「何事もあきらめてはいけない! 粘ることを忘れるな! 粘ることを知らないような人間はこの会社に不要だ!」
と締めくくり、経理部長にクビを言い渡しました。

経理部長は何か言いたかったようですが、前からこの
「取締役」さん
を好きではなく、銀行時代の友人から別のもっとましな会社の経理担当役員の仕事の紹介を受けていたので、退職することにしました。

この
「取締役」さん
は、その夜、銀座のクラブに行き、女の子を前に、手形換金の苦労話とバカな経理部長をクビにした武勇伝を延々語りました。

すぐ先に大きな落とし穴があるとは知らずに。

次稿も、この知ったかぶりの
「取締役」さん
に襲った悲劇のお話を続けさせていただきます。

(つづく)

運営管理コード:HPER036

初出:『筆鋒鋭利』No.036、「ポリスマガジン」誌、2010年8月号(2010年8月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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