01565_ウソをついて何が悪い(15・完)_「ウソついたら、ハリセンボン級のペナルティ(重罪犯か罰金100億円)」のアメリカその3・終

ディスカバリーで、膨大な資料をめでたく提出できても、まったく安心はできません。

提出した後の方が、もっと大変です。

提出されたこれらの資料に基づいて証言録取(デポジション:deposition)という手続きが行われます。

海外の法廷ドラマで、証人に宣誓をさせた上で、面前に三脚に乗せた小型カメラを設置し録画しながら、凄(すご)腕の弁護士が証言の矛盾点などを突いていくシーン、これと同じことを当局が行うのです。

客観的事実に反する証言や、少しでも矛盾点が出たら偽証罪として刑事罰に問われます。

こちらも重罪、その運用も厳格なのです。

実体的にみて
「本当に罰すべきカルテルがあった」こと
によって処罰されるのではなく、形式的にみて
「単純に矛盾した発言をした」だけ
で処罰されてしまうところに、偽証罪の恐ろしさがあります。

日本においては、偽証罪での立件・起訴は、冗談のように少なく、
「裁判でウソをつかない奴の方がバカ」
ということを国家が認めているのと同じと捉えても不思議ではない状況です。

日本の感覚に慣れていると、証人や弁護士がなぜ偽証罪の恐怖におびえるのか、今一つピンとこないかもしれません。

そこで、アメリカ司法システムの恐ろしさをよくわかっていない海外進出ビギナーの日本企業においては、日本の場合と同じように考えてしまい、ナメてかかった結果、
「そこそこの企業のそこそこの立場にある、およそ犯罪とは縁がなさそうな、知性も教養も品格もある、超エリートビジネスマン」
が、司法妨害という罪で逮捕・拘束される事態も現実に発生し得るのです。

自動車用部品の価格カルテル事件において、名だたる企業が制裁金を課されたことに触れましたが、制裁金だけでなく、逮捕・拘束までされ、計12名が収監された、との報道があります。

捜査手法には対象企業の油断を突いてくるものもあります。

具体的には、サピーナに基づく強制捜査前に、捜査機関が任意で従業員に事情聴取する
「ドロップイン・インタビュー」
という手法です。

「まだ強制捜査に入ってないから」
とのんきに構えていると、当局からインタビューを受けた従業員が不用意な供述をしてしまい、知らない間に決定的な証拠をつかまれてしまう場合もあるのです。

米国では、捜査を受ける側に「秘匿特権」という権利があります。

企業が弁護士から法的助言を受ける権利を保護するもので、企業と弁護士間におけるやり取りの提出を拒むことができます。

すなわち、弁護士を間に介在させておけば、原則、秘匿特権の対象にでき、サピーナやディスカバリーで要求される内容を隠すことができます。

「偽証罪なんて、いわば死文となった法律。黙っているより、煙に巻いた方がいい」
といったやり方が横行する日本の司法環境では、司法妨害を避けるための武器としての
「黙秘権(偽証をしないためには、下手に答えるより黙っていることが一番であることから、重要性を有します)」

「秘匿特権」
は、あまり意識されることもありません。

このため、日本企業では、弁護士を介在させずに、
「司法当局に露見したら一発でアウトになるような司法妨害と疑われる、ヤバすぎるコミュニケーション」
を証拠が残るような形で安易に行ってしまい、その結果、捜査当局の餌食になる原因をどんどん作り出して、どツボにハマりまくっていきます。

米国弁護士資格を持たない法務部長が、ニッポンの感覚で、堂々と司法妨害と疑われる指示を、しかもメールという痕跡が残る形でやらかしていたりして、ツッコミどころ満載の対応をしていて、これがモロバレで万事休す、という企業もあったりします。

こうやって役職員がそこそこ逮捕・拘束されてしまった場合に登場するのが、最近、日本でも導入されて話題になった司法取引です。

刑事訴追が濃厚という理由で拘束された同じ会社に勤める
「人質」
というか
「生け贄(にえ)」
というか
「人柱」
の返還交渉として、罪を認めて制裁金を支払う、という趣の交渉が本質です。

制裁金を支払うことを条件に、DPA(Deferred Prosecution Agreement:訴追延期合意)やNPA(Non-Prosecution Agreement:不訴追合意)を当局との間で締結して、司法省対応は決着……だけでは済まされないのが、この問題の厄介なところです。

制裁金支払によりDPAやNPAが結ばれると大半の者は刑事訴追を免れます。

しかし、一部の役職者については、
「カーブアウト」
といって、刑事訴追を受けること(有罪判決が出れば刑務所に入れられる)を当局から求められることもあります。

ただ、これもどれだけ制裁金を払うか(あるいは、渋るか)によって微妙に変わってくるのです。

罪のカウントの仕方にもよりますが、
「こんだけのカルテルだから1本じゃ済まない」
「もう一声必要かな。よし、もう1本だね」
といった趣の交渉になりますが、独禁法違反等の連邦犯罪の場合、
「1本」
「一声」
の単位が
「100億円(一〇〇ミリオンドル)」
という相場観です。

あまりに渋っていると、逮捕・勾留されている
「人質」
の返還人数や返還時期にも関わってきます。

泣きっ面にスズメバチの大群が襲ってくるようなものです。

以上のとおり、
「ウソに寛容な社会」
「ウソをついてもOK牧場な捜査機関」
「ウソに鷹揚で、心の広い裁判所」
「裁判ではウソつき放題」
「偽証罪が吠えない番犬状態で、裁判でウソをつかない奴はバカ、ということを国家も事実上認めるほどの、ウソつき天国」
なのは、ニッポンに限定した話であり、そんなニッポンから12海里離れた瞬間、
「ウソついたらハリセンボンのまされる」
ようなシビアなペナルティが待ち構えている場合もあるので、くれぐれも注意が必要です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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