01582_企業法務ケーススタディ(No.0366):治療院経営者のための法務ケーススタディ(6)_広告規制違反で有罪になる?!

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本ケーススタディ、治療院経営者のためのケーススタディでは、企業法務というにはやや趣がことなりますが、治療院向けの雑誌(「ひーりんぐマガジン」特定非営利活動法人日本手技療法協会刊)の依頼で執筆しました、法務啓発記事である、「“池井毛(いけいけ)治療院”のトラブル始末記」と題する連載記事を、加筆修正して、ご紹介するものです。
このシリーズですが、実際事件になった事例を題材に、「法律やリスクを考えず、猪突猛進して、さまざまなトラブルを巻き起こしてくれる、アグレッシブで、怖いものを知らずの、架空の治療院」として「“池井毛治療院”」に登場してもらい、そこで、「深く考えず、あやうく大事件になりそうになった問題事例」を顧問弁護士の筆者(畑中鐵丸)に相談し、これを筆者が日常行っている語り口調で対応指南する、という体裁で述べてまいります。
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相談者プロフィール:
「池井毛(いけいけ)治療院」院長、池井毛(いけいけ)剛(ごう)(48歳)

相談内容:
先生、大変です!
先日、保健所の連中がうちにやって来て、
「おたくの治療院で出してる広告は、適応症が書かれており、“アッキー法”とか“アッキーナ法”の7条違反だから、すぐに訂正してください。我々は、警察に刑事告発だってできる権限もっているんですよ」
なんて脅しやがるんですよ!
私は、何を言ってるのかさっぱりわかりませんでした。
連中は、私のことナメてるんですかね?
なんかのドッキリですかね。
その場では、平身低頭、ただただ彼らの言い分を聞き、なんとかやり過ごしましたが、私としては、まーっったく、納得しておりません。
どうやら、以前から配布しているこの広告に問題があるみたいなんです。
「神経痛、麻痺、痙攣、慢性関節リウマチ、筋肉痛、貧血、疲労回復なんでも来やがれ! 地域で口コミ№1! マジックハンド、ゴッドハンドで何でも治しちゃうぞ! 安心と信頼と評判の“池井毛治療院”にお任せあれ!!」
どうです、しびれるキャッチコピーでしょ!
私は、あん摩マッサージ指圧師の国家資格を得て20年。
この間、ありとあらゆるマッサージの研究・研鑽に勤しみ、マッサージ治療に関して相当な知見・技術と自信をもっています。
そのおかげで、これまでこの治療院をやってこれたわけですし、お客さんからだって、
「先生の治療のおかげで長年悩まされ続けてきた神経痛が治りました!」
といった評判を受けております。
ですから、この広告に書いたことには、何1つ嘘なんてないわけですよ。
だから先生、ガン無視で行きますよ!
いいっすよね?

モデル助言:
まぁ、池井毛さんの気持ちを分からないではないです。
とはいえ、今回の広告は、“あはき法” 7条にバッチリ違反していますね。
“あはき法”とは、
「あん摩師、はり師、きゆう師及び柔道整復師法」

あん摩の「あ」
はり師の「は」
きゆう師の「き」
をとった略称です。
“アッキー”でも“アッキーナ”でもありません。
南明奈とか、安倍昭恵さんとかまったく関係ありません。
7条は、広告に書き込んでよい事項を規定しており、反対に、そこに規定された事項以外については、書き込むことを禁止しています。
書き込める事項は、極めて限られており、「池井毛治療院、院長池井毛剛、あん摩マッサージ指圧師、東京都〇〇区××町、診療時間午前10時~午後8時、電話番号042×××、予約受付可」といったシンプルな記載のみ許されているにすぎません。
適応症を書いていいですよ、とお墨付きを与えた事項ではないため、広告に記載することはできないことになります。
この規制に違反した場合には、30万円以下の罰金に処されてしまいます(“あはき法”13条の8第1項1号)。
この法律の規定を設けた理由について、裁判所は、
「いわゆる適応症の広告をも許さないゆえんのものは、もしこれを無制限に許容するときは、患者を吸引しようとするためややもすれば虚偽誇大に流れ、一般大衆を惑わす虞があり、その結果適時適切な医療を受ける機会を失わせるような結果を招来することをおそれたためであって、このような弊害を未然に防止する」
と述べています。
わかりやすく言うと、
「適応症等を好き勝手広告に書いてよいとなると、お客さん欲しさから、実際の効能よりも大げさに書いてしまい、それを信じて治療を受けたお客さんが“全然広告に書いてあることと違うじゃん!”といったことになるに決まってんだろ。だから、こんなこと書いちゃダメ」
というのがこの規定を設けた理由です。
”きゆう”の適応症として神経痛その他の病名を記載した広告ビラを配布したという、7条違反が問われた裁判例(最高裁昭和36年2月15日判決)で、最高裁は、
「その記載内容が前記列挙事項に当らないことは明らかであるから、右にいわゆる適応症の記載が被告人の技能を広告したものと認められるかどうか、またきゆうが実際に右病気に効果があるかどうかに拘らず、被告人の右所為は、同条に違反するものといわなければならない」
ということを述べ、有罪判決を下しています。
わかりやすく言いますと、
「適応症は、“あはき法”が広告に書いていいですよと認めた記載事項に当たらない。形式的に法令に違反する以上、適応症が書かれたビラを配布した行為は、違法というほかない。実際に、どれだけ素晴らしい効能をもち、どんな症状でも、たちどころに治す力があったかどうかは関係ない」
ということです。
池井毛さんの広告について見てみますと、そこにはマッサージの適応症がバッチリ書いてあります。
また、
「地域で口コミ№1! マジックハンド、ゴッドハンドで何でも治しちゃうぞ!」
の記載については、裁判所が述べるまさに誇大広告にあたりかねません。
そのため、保健所の忠告を無視してこの広告を出し続けると、7条違反となりますし、彼が言うとおり刑事告発され、罪人扱いされることもあり得ます。
治療院が乱立する現在の治療院戦国時代ともいうべき現状においては、池井毛さんの言うこともわからないでもありませんが、まあ、とにかく、一人ひとりのお客さんに丁寧に接し、地域のいろいろな集まりやイベントにせっせと顔を出し、口コミや評判をどんどん広げてもらって、信用を得て、事業を堅実に広げていかれるのが一番ですね。
あと、どうしても名を売りたいのであれば、本を書いたり、テレビに出たり、ラジオに出演したり、そんな形で、間接的に知名度を獲得していくのがスマートで効果的ではないでしょうかねえ。

運営管理コード:HLMGZ29

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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