01583_企業法務ケーススタディ(No.0367):治療院経営者のための法務ケーススタディ(7)_サブスクリプションサービスを途中解約された!

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本ケーススタディ、治療院経営者のためのケーススタディでは、企業法務というにはやや趣がことなりますが、治療院向けの雑誌(「ひーりんぐマガジン」特定非営利活動法人日本手技療法協会刊)の依頼で執筆しました、法務啓発記事である、「“池井毛(いけいけ)治療院”のトラブル始末記」と題する連載記事を、加筆修正して、ご紹介するものです。
このシリーズですが、実際事件になった事例を題材に、「法律やリスクを考えず、猪突猛進して、さまざまなトラブルを巻き起こしてくれる、アグレッシブで、怖いものを知らずの、架空の治療院」として「“池井毛治療院”」に登場してもらい、そこで、「深く考えず、あやうく大事件になりそうになった問題事例」を顧問弁護士の筆者(畑中鐵丸)に相談し、これを筆者が日常行っている語り口調で対応指南する、という体裁で述べてまいります。
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相談者プロフィール:
「池井毛(いけいけ)治療院」院長、池井毛(いけいけ)剛(ごう)(48歳)

相談内容:
最近のオトナっていうのはさ、約束を守らないんだね、びっくりだよ!!
大の大人が契約書をちゃんと読んで理解して、署名とハンコ押した契約書があるのに、
「気が変わったから解除させろ」
「残金を返金しろ」
とか言ってくるんですよ。
先月からさ、
「1カ月フルマラソン指圧サービス」
っていう企画を始めてね。
いわゆる、サブスク。
今流行っている、サブスクリプションサービスですよ。
これは、
「パック料金3万円を前払いしてくれれば、1カ月間、毎日、指圧サービスを受け放題」
っていう企画なんですよ。
「平日、午前中の1時間だけ」
っていう条件はついてますけど、大幅にオトクなパック料金にしてます。
オトクなパック料金にしている以上は、こっちも、お客さんの都合で勝手に解除されたりしたくないし、解除されてもお金は返金したくないですよ。
だから、契約書には、ちゃーんと
「契約した日から数えて7日間のみ解除可能。ただし、1回でも指圧マッサージを受けたら、返金ナシ」
ってデカデカと書いてあります。
この企画、結構ウケて、今まで20人くらいから申込をもらっちゃいました。
それがね、やっぱりいるんですよ。
ゴネるお客さんが。
お客さんの1人が、
「パートで午後に働きに出ていたんだけど、今度から、シフトが一部午前中になっちゃったからサービスを受けにくくなった。状況が変わったから、この契約は解除させてもらう。残金は日割り計算でいいから返してね。返してくれなかったら、消費生活センターに行く」
とかって、こんな内容証明を送ってきました。
こんなの、契約書があるんだから、絶対通らないハナシですよね!
返金に応じたりしたら、他のお客さんも聞きつけて、
「アタシもアタシも解除させて」
って来ちゃいますから、絶対イヤです。
それに、
「消費生活センター」
とかって、意味わかんない。
医療機関に通う患者さんが
「消費者」
って、それは違うでしょ?
裁判でもなんでも受けて立つ、っていう態度で、全然問題ないですよね?

モデル助言:
きちんと契約書を作っておいたのですね。
その点は、以前の貴院の扱いを考えると、非常に喜ばしいところなのですが、今回は
「契約書を作れば安心」
とは言い切れないことをご説明しないといけないですね。
法律の世界の原則では、取引をする当事者は対等です。
とはいえ、この
「対等」
というところですが、一般人同士、特に商人同士であれば
「対等」
と言いやすいのですが、一方がプロの商人、他方がド素人だったりすると、
「対等」
と言いづらくなります。
売り手サイドは、そのモノをずっと売っているでしょうから、
「こういうモノの売買の場合は、こういうトラブルが多い」
などの情報があります。
他方、買い手サイドの消費者からすれば、そのような情報があるとは限らないし、交渉力もなかったりします。
そのため、消費者は無知に乗じて食い物にされるという事態が生じかねません。
このような状況に対応するため、BtoC取引(商人と消費者との取引)では、BtoB(商人同士の取引)とは異なって、契約の一方当事者である
「消費者」
は保護すべき者とする消費者契約法等の特別法が設けられています。
この消費者契約法という法律は、消費者が一方的に不利益を受けないように定めています。
例えば、消費者契約法10条は、
「消費者の権利を制限し、又は消費者の義務を加重する消費者契約の条項であって、(略)消費者の利益を一方的に害するものは、無効とする」
と規定しています。
それでは、このような強い立場にある
「消費者」
ですが、誰でも
「消費者」
になれるのでしょうか?
この点、消費者契約法2条1項は、
「『消費者』とは、個人(事業として又は事業のために契約の当事者となる場合におけるものを除く)をいう」
という極めてシンプルな規定の仕方をしているので、およそ個人であれば、
「消費者」
になってしまいます。
「患者」
も例外ではなく、患者さんも、
「個人」
である以上、立派な
「消費者」
です。
今回のご相談ですが、
「契約から7日間で解除できなくなる」
とか、
「1回でも指圧マッサージを受けたら、返金ナシ」
という部分は、消費者契約法10条にいう
「消費者の利益を一方的に害するもの」
にあたって、無効と判断される可能性が高いですね。
さらに、消費者契約法9条は、契約の途中解約の場合における、消費者が支払う損害賠償金についても
「事業者に生ずべき平均的な損害の額を超える」
部分の損害賠償の定めは無効、としています。
例えば、
「明日予定の結婚式を、今解除する」
というハナシなら、
「明日の結婚式のための準備がムダになるから、結構な額の損害賠償が発生する」
といえるかもしれません。
でも、患者さんが
「1回指圧マッサージを受けた」
としてその後解除した場合、治療院はどのような迷惑、損害を受けるんでしょうか?
裁判官を納得させられないと、
「高すぎる損害賠償額を契約で定めている」
「返金を一切しないというのはダメ」
という判決が出るでしょうね。
今回は、
「契約書があるから大丈夫」
とかナメてかからず、訴訟外で解決なさったほうがいいかもしれませんね。
訴訟外の和解であっても、和解内容等について守秘義務を相互に約束する、という内容にすれば、ご心配の
「他の患者が聞きつけて、同じように解除してくる」
のも、いくらかは防げます。
もし判決になれば、全面公開されるのと比べれば、傷は小さくなると思いますよ。

運営管理コード:HLMGZ30

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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