01585_企業法務ケーススタディ(No.0369):治療院経営者のための法務ケーススタディ(9)_M&Aや事業提携の罠

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本ケーススタディ、治療院経営者のためのケーススタディでは、企業法務というにはやや趣がことなりますが、治療院向けの雑誌(「ひーりんぐマガジン」特定非営利活動法人日本手技療法協会刊)の依頼で執筆しました、法務啓発記事である、「“池井毛(いけいけ)治療院”のトラブル始末記」と題する連載記事を、加筆修正して、ご紹介するものです。
このシリーズですが、実際事件になった事例を題材に、「法律やリスクを考えず、猪突猛進して、さまざまなトラブルを巻き起こしてくれる、アグレッシブで、怖いものを知らずの、架空の治療院」として「“池井毛治療院”」に登場してもらい、そこで、「深く考えず、あやうく大事件になりそうになった問題事例」を顧問弁護士の筆者(畑中鐵丸)に相談し、これを筆者が日常行っている語り口調で対応指南する、という体裁で述べてまいります。
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相談者プロフィール:
「池井毛(いけいけ)治療院」院長、池井毛(いけいけ)剛(ごう)(48歳)

相談内容:
いえね、治療院の経営者仲間の集まりで、最近、関西からやってきて、ここ東京で一旗揚げようって、野心に満ちた若者に出会ったんです。
彼、浦(うら)桐太郎(きりたろう)という奴なんですが、まあ、ウチみたいな貧乏治療院とちがって、カネはかなりあるそうなんですよ。
彼が、こんな提案をしてきたんです。
浦が、
「駅前にあって、シャレオツなお店がわんさか入っている、ピッカピッカのビル」
の店舗を借り内装工事代金も負担する。
こっちは、その豪華な一等地の店舗にまるっと引っ越し、店舗の運営とかはウチが中心になってやる。
「日々の売上はこっちに管理が任されているが、きっちり報告はしないとダメ」、
って取り決めで、売上は預かって、経費やら差っ引いて利益は半々ってことにするとか、細かいことが書いてある契約書を持ってきやがった。
でね、ウソ、インチキがあったら、騙された方は、店の権利全部丸取りってことは、書いてあるらしい。
あとね、万が一、うまくいかなくなって、
「円満に協議離婚」
みたいな話になったら、1億円で店の権利まるごと引き取るんだって。
ま、こっちは、店は新しくなる、スポンサーがバックにつく、仕事は今までどおり、利益は半分、最悪関係がこじれても1億円って、いいことづくめだよ!
でね、浦の奴、共同経営契約書ってのを持ってきやがったが、まあ、チンプンカンプンなわけよ。
だから、先生、この契約書、さくっと読んで、ちゃちゃっと教えてくれね?

モデル助言:
合併や株式譲渡や事業譲渡といったM&Aが流行っているようです。
今回問題になっている
「共同経営」
も、まあ、広く捉えればM&Aの一種といえるかもしれません。
ところで、M&Aは、成功より失敗する確率の方がはるかに高く、特に、日本人は、多分、世界一M&Aが下手くそな人種ではないか、と思われるくらいです。
その理由ですが、おそらく、出口戦略を描かず、うまく行かなかった場合の想定(ストレステスト)を行わず、
「妄想満載のバラ色の未来だけを身勝手に思い描きつつ、無警戒に、入り口に飛び込むから」
ではないでしょうか?
こんな事件がありました。
治療院ではなく、エステサロンの例ですが、今回のような状況にもあてはまる裁判例です。
原告であるエステサロン経営者は、いまの話と同じようなオファーを受け、それまでエステサロンなどまったく経営したことのないスポンサーのようなパートナーと、共同契約を締結しました。
その契約書には、このような記載がありました。
「原告(エステサロン経営者)が、万が一、売上げの隠ぺい行為その他、契約違反行為をした場合、店舗の営業権と賃借権等一切を、被告(スポンサーたるパートナー)に譲渡する」。
他方で、
「何らかの事情により、万一業務提携を解除する場合、営業権を買い取りたい側は1億円の対価をもって買い取ることができる」
という記載もありました。
共同経営が開始され、新しい店舗がオープンしたのですが、運営を任され金勘定を預かっていたエステサロン経営者は、借金問題を抱えていたためか、家賃支払いを滞らせ、売上をちょい借りしたり、少しの間、債権者から逃げ隠れしたりと、ドン臭いことをやらかしはじめました。
おそらく、スポンサーは、そのような事態を見越して、エステサロン経営者がしくじるのを待っていたのかもしれません。
スポンサーも、時間が経過するにつれ、
「これなら、経営者を追い出しても、十分やっていける」
と確信したのでしょう。
スポンサーは、エステサロン経営者の各種しくじりを債務不履行であると主張し、契約を解除し、
「店舗の営業権と賃借権等一切」
を取得し、経営者を追い出してしまいます。
しかも、
「営業権買い取り対価1億円」
もなしです。
「些細なしくじり」を論(あげつら)われ、揚げ句の果て、自分がこれまで築いてきた事業そのものを横取りされたことに立腹し、このエステサロン経営者は、営業権を返せ、そうじゃなくとも、1億円は払え、と訴訟を起こしたのが、この事件(東京地方裁判所平成20年7月3日判決)です。
裁判所は、
「債務不履行による解除の場合でも解除権を行使した者が債務不履行をして解除の原因を作った相手方に1億円もの対価の支払をしなければならないというのはおよそ不合理」
「1億円の対価という規定が適用されるのは,合意解除の場合に限られ、本件のような債務不履行解除の場合には適用されないというべき」
とけんもほろろに、原告(エステサロン経営者)の訴えを、はねのけました。
「結婚は自由だが、離婚は不自由」
なんて、いわれることがありますが、M&Aやこの種の共同経営も同じです。
今まで自分が築き上げたスキル・信用・客筋・財産をあらいざらい持ちだして、パートナーとシェアするわけですから、
「万が一」
の想定は非常に重要です。
無論、契約書を詰めていけば、ある程度のリスクはヘッジできますが、そこまで、時間と労力をかけて契約書を詰めなければならない、というのであれば、考えなおした方がいいかもしれません。
リスクのあることをいきなりやるのではなく、自分の店舗は店舗でしっかり経営しつつ、そこを軸足にしながら、新しい店舗について、経営支援やコンサルティング等といった、
「ゆるい提携関係」
を保ちつつ、指導料等できっちりお金を稼いでいく、ということもアリなはずです。
いずれにせよ、
「結婚」
は、
「結婚式を挙げて、結婚をおっぱじめること」
より、
「結婚した後の方」
が大変ですから、夫婦喧嘩をした場合や離婚になったときの状況といった、
「出口戦略」
も含め、慎重かつ冷静に考えるべきですね。

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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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