自分のおかれた状況と、現実と、改善可能な範囲や相場観を知ることが、戦略的な思考の第一歩です。
「人間ならば誰にでも、現実のすべてが見えるわけではない。多くの人は、見たいと欲する現実しか見ていない」
ユリウス・カエサルが語ったとされる名言です。
「偏見等によって認知がゆがんでしまい、自分のおかれた状況が理解・認識できない」
あるいは
「不愉快な現実を直視しない」
なんてことは、生きていると、うんざりするほどやらかしがちです。
記憶の上書き、すっとぼけ、自己暗示などなど、言葉はいろいろありますが、これらは、自分にとって忘れたいほどこっ恥ずかしい黒歴史やみっともない事実によって自己の尊厳が蹂躙されることを忌避するため、
「自分にウソをついて自己を保存する」
という本能としての行動です。
特に、失敗の原因が自身にある場合、自己保存のため、自分にウソをついて、あるいは事実を意図的に誤解し、自己の尊厳を守り、現実を受け入れることを徹底して拒絶する、ということは、よくあります。
また、改善不能なことや達成が不可能なことを想像したり、現実的・実務的な相場観を拒否し、
「テレビやドラマで見知ったファンタジーを前提にした身勝手な成功プロセスがすべて達成され、最後に、自分にとって都合のいい結末が劇的に実現すること」
を妄想する、なんてことは、老若男女、皆、日々やっています。
このような傾向は、社会経験とか知的レベルとか学歴の高低とかは、関係ありません。
太平洋戦争において、日本軍の作戦指揮の現場において行われていた状況認識や作戦立案等の低劣っぷりを想像すると、立派なエリートといえども、議論の前提たる事実認識がかなり危ういレベルであったことは推定されます。
また、破綻したリーマン・ブラザーズの首脳陣や、その他リスキーな挽回策を重ねた挙句に会社を倒産に至らしめた経営者たちの脳内において
「自分の取り巻く状況や環境に関する事実をどのように認識していたか」
をイメージすると、戦略云々以前に、事実の認知レベルにおいて、かなり歪みがあったものと思われます。
去る2016年に行われた、ヒラリー・クリントン氏とドナルド・トランプ氏が争ったアメリカ大統領選の予測についても、立派な大学の立派そうに見える先生が、
「ヒラリーに決まっている。トランプなんて、なるはずない」
と大見得切っていましたが、結果は、ヒラリー・クリントンの惨敗。
立派な大学の教員ですら、事実と妄想を区別する、ということが困難である以上、そこらへんの企業経営者の認知能力のレベルって、歪みまくっていると推定されます。
むしろ、我々は皆、認知能力に問題を抱えている認知症罹患者であり、それが重篤化して、社会生活に支障がきたすと、
「認知症患者」
といわれるのであり、一般の健常者と認知症患者との区別は、相対的な症状レベルの問題である、とも思えます。
我々の脳内に巣食っている偏見の中で、もっとも強固に作用するものが、
「常識」
です。
入手したデータを観察したり、認識したり、解釈したりして、最終的に
「自分のおかれた状況や環境はこうだ」
という判断をする際、学校の先生やサラリーマンの父や専業主婦の母が刷り込んだ
「渡る世間に鬼はなし」
「頑張ればきっとうまくいく」
「神様は誠実な人間を見放さい」
といった誤った偏見が、脳を間違った方向に回転させ、致命的な判断ミスを誘う、ということも事例としてよくあります。
無論、日常生活はこれで差し支えありません。
ですが、今、議論されているのは、
「イレギュラーでアブノーマルなビジネス案件」
をとりまく状況や環境の問題です。
にもかかわらず、迷ったら、常識という
「偏見のコレクション」
で、憶測し、思い込み、たくましく想像してしまうのが、失敗しがちな経営者の脳内で起きていることです。
「アブノーマルで刺激的な状況を、陳腐で退屈な常識で推し量って、正しい情報解釈に至る」
というのは、フツーに考えてうまくいくはずがありません。
初出:『筆鋒鋭利』No.112、「ポリスマガジン」誌、2016年12月号(2016年12月20日発売)
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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