01622_企業法務部員として知っておくべきM&Aプロジェクト(13)_M&Aプロジェクトを成功させるためのポイントその8_(C)M&Aプロジェクトの全体的な戦略の合理性(ⅳ)_(c)正しい目的の設定

おそらく、皆さんは、学校の先生や、お父さんお母さんから、
「努力は尊い。結果が全てではない。努力はいつか報われる。失敗をおそれるな」
といった類の話を聞いて育ったかもしれません。

しかし、これらは、ビジネスやプロジェクトマネジメントの世界(M&Aは、ビジネスの世界における、非常に高度で知的で失敗の多発するリスキーなプロジェクトマネジメントの話です)では、圧倒的間違いといっても過言ではないほど、愚劣で有害な妄想です。

ビジネスやプロジェクトマネジメントの世界においては、無駄な努力、無意味なガンバリ、というのは山程あることはすでにお伝えしているとおりです。

大事なことは努力することではありません。

ガンバルことではありません。

むしろ、目的から逆算した最小限の犠牲で十分なのであり、牛丼のキャッチフレーズではありませんが、早く、安く、それなりに、うまいことやった方がいいに決まっています。

方向性を誤って空回りしていても、努力は無意味です。

努力は無意味どころか、時間を失います。

時間があればカネは作れますが、カネがあっても時間は買えません。

もうすぐ受験の季節がやってきますが、受験も同様ですね。

たとえば、ここに東大を強く志望する高校生がいたとします。

この高校生が、一生懸命、走り込みや、筋トレをやっています。

曰く、
「ボクは、小学校の先生からも、中学の先生からも、公務員をやっているお父さんからも、専業主婦としてパートで頑張っているお母さんからも、ボクが大好きで尊敬する、善良を絵に書いたようなみんなから、こういわれて育った。
『努力は尊い。努力はいつか報われる。失敗をおそれるな』と。だからこうやって、走り込みや筋トレをして、体を鍛え、誰にも負けない運動性能と体力を身に着け、東大に合格するんだ。こんなに、体力を鍛え、努力しているんだから、神様はきっと見放さない。いつか、ボクは東大に合格するはずだ」
と。

しかし、残念ながら、この高校生は、10年浪人しようが、50年浪人しようが、東大に合格することはないでしょう。

理由はかんたんです。

東大の受験科目には、体育がないからです。

だから、どんなに走り込みをしたり、筋トレをしたりして、体育の点数を向上改善させても、それが、どんなに苦労を伴い、負荷がかかり、尊い、立派な努力であっても、その努力は、東大合格、という点に限っては、全く意味がありません。

なぜか。

努力が、目的に結びついていないからです。

努力が、目的から逆算された、合理的で有益なものではないからです。

もっといえば、そもそも、自分の適性や能力に見合った目的の設定がなされていなかったのかもしれません。

こんな話をすると、
「当ったりめえじゃねえか! 何をバカなことをいってやがるんだ! そんなアホなことをするわけねえだろ!」
という声が聞こえてきそうですが、M&Aもさることながら、国家規模のプロジェクトにおいても、狂った目的が設定されたり、目的と無関係で、むしろ目的達成に有害無益な壮大な努力が展開された挙句、自分の首を締めてエライ目にあった、ということは、かなりの数、存在します。

太平洋戦争という、日本史上最大の
「公共事業」
が失敗したのは、目的があいまいな上、目的を達成するための努力が目的と真逆のものだったからではないでしょうか。

太平洋戦争という
「公共事業」
の目的とされた、大東亜共栄圏? 鬼畜米英? 八紘一宇? なんすかこれ。

これって、まるで意味不明です。

「大東亜共栄圏のためにアジア各国に進出した」
などといわれますが、
「隣の家の住人と仲良くしたいので、凶器をもって、押し入って、居座りました」
って、意味がわかりません。

目的が不明確、目的とやっていることが違う、あるいはチグハグ。

こんなプロジェクト、失敗するに決まっています。

で、やっぱり、失敗しました。

無論、M&Aにおいても同様です。

ロックフェラーセンターを買収したり、コロンビア映画や、映画会社MCAを買収したり、ブラジルのビール会社を買収したり、などなど日本の名だたる企業も、M&Aプロジェクトとして壮大な努力を展開されていますが、いずれも目的があいまいだったり、努力の方向性が相当おかしい感じが否めません。

正しい目的を設定しないと、戦略の前提が整いませんし、結果は出ませんし、あらゆる営みが無駄になり、さらには、組織が崩壊するリスクを招来します。

正しい目的、達成可能で現実的で損得勘定において意味ある目的を定めることが、正しく合理的な戦略を構築する第一歩です。

「目的の設定なんて、簡単じゃねえか。そんなもん、どんなアホでもできるワイ!」
などという声が聞こえてきそうですが、そうでしょうか?

くどいようですが、
「太平洋戦争という『公共事業』の目的とされた、大東亜共栄圏? 鬼畜米英? 八紘一宇? って、まるで意味不明です。大東亜共栄圏のためにアジア各国に進出した、といわれますが、『隣の家の住人と仲良くしたいので、凶器をもって、押し入って、居座りました』って、意味がわかりません」
といいましたが、
「立派な教育を受けた高い受験偏差値を有するエリートといわれる方々」
ですら、こんなアホな目的をぶち上げ、挙句の果てに、国を滅ぼしたわけですから、凡人である我々も、日々、間違った目的を設定しがちです。

ところで、ビジネスにおける
「目的」
とは何でしょうか?

弱者救済や、世界平和実現や、人類社会の調和的発展や、生態系の健全な維持でしょうか?

無論、綺麗事として、そういうことを真顔でおっしゃる方もいますが、その種の善意のペテン師は別として、ビジネスの目的はもっと別のところにあることは間違いないはずです。

異論はあるかもしれませんが、
「東大文一に現役合格し、在学中に司法試験に合格し、20代の若造から知的プロフェッショナルとして認められ、世間から20年以上“先生”と呼んでいただいている、まあまあ、平均的かちょっとそれより上の知性を有している、といってもあながち間違いとは言い難い筆者の頭脳」
で理解するところによれば、ビジネスの目的は、
「てっとり早く、リスクなく、なるべくたくさんのカネをもうける」
ということだと考えます。

もう少し、穏やかで高尚な言い方をしますと、M&Aを含めたあらゆるビジネスの目的は、

A カネを増やす
B 出費を減らす
C 時間を節約する
D 手間を節約する
E 安全保障(リスクを減らす)

のいずれかに紐づくはずです。

いえ、紐づかないと、それは、ビジネスではなく、道楽か趣味です。

日本のホワイトカラー(管理系職種)の中には、
「こいつ、一体、何の仕事をしているんだ?」
という、意味不明な仕事を生業としている方がかなりの数いるように思います。

「意味不明な仕事」
というのは、管理系職種にいらっしゃる彼なり彼女なりの仕事が、前述のAないしEのどれに属するか、あるいは、どういう形で貢献するか、全く理解できない活動をされている、ということです。

無論、その種の
「意味不明な仕事」
の中には、あまりに高度で高尚で哲学で高邁過ぎて、
「東大文一に現役合格し、在学中に司法試験に合格し、20代の若造から知的プロフェッショナルとして認められ、世間から20年以上“先生”と呼んでいただいている、まあまあ、平均的かちょっとそれより上の知性を有している、といってもあながち間違いとは言い難い筆者の頭脳」
程度では理解できないような仕事をなさっているからかもしれません。

とはいえ、AないしEのいずれにも紐づかないような営みをなさっているということは、少なくともビジネスという活動に関していえば
「(仕事が高尚であることはさておき)彼なり彼女は、いてもいなくても差し支えない」
とも考えられます。

いずれにせよ、目的があいまい、不合理で意味不明な目的、達成不可能で非現実的な目的であったり、損得勘定ではなく主観や感情(嫉妬やコンプレックス解消)といった劣悪な動機を前提に、AないしEとの紐づきが疎遠な、経済合理性という点において間違った目的を設定しても、うまくいくはずはありません。

「そのM&Aをするとどんなことが達成されるの? カネが増えるの? 支出が減るの? 時間や手間の節約につながるの? 特定の具体的リスクが消えたり減少したりするの?」
という問いをなげかけることによって、
「目的の正しさ」への「ストレステスト」
を行うとともに、どんなにご立派な方が華麗で高尚なことをおっしゃろうが、狂った目的は、早期に排除しておくべきです。

そうでないと、ロックフェラーセンターを買収したり、コロンビア映画や、映画会社MCAを買収したりといった例のように、
「膨大な時間とエネルギーを費やした挙句、カネは減る一方で、最後には、企業が崩壊の危機を招く」
といった趣の
「何の目的のために行ったM&Aか、ワケがわからない」
という状況に陥る危険性が出来しかねません。

また、あいまいで、多義的な解釈を招く、目的というのも、NGです。

完成予想図、成功時の未来の姿を具体的にイメージすべきです。

そして、これを、しびれるくらいわかりやすく、
「どんなに理解力が不足し、身勝手な妄想力豊かな、アホでも、勝手な独自解釈をしでかしようがない」形で、
共有しておくべきです。

ゴールには、予備目標も設定・構築しておくべきです。

目的を作り上げるときには、楽観バイアスに侵され、すべてを自分に都合よく解釈しがちです。

成功者や達成した経験者の話をよくきいて、悲観シナリオやプランB(予備案、バックアッププラン)も含め、保守的で現実的で堅牢な目的を設定すべきです。

最後にゴールデザインの手法についてです。

1)「プロジェクトのゴール」を創出(あるいは発見ないし定義)しても、当該ゴールが言語化・文書化されない状況
2) 「プロジェクトのゴール」なるものが一応言語化・文書化されたとしても、非現実的で馬鹿げた妄想の域を出ない代物
3)「プロジェクトのゴール」なるものが言語化・文書化され、当該ゴールに一定の実現可能性があっても、抽象的で多義的で、期限設定等がなされていない代物

といった状況がしばしば観察されます。

これでは、プロジェクトをキックオフ(開始)する以前に、当該プロジェクトの失敗は決定的となります。

その意味では、プロジェクトのゴールをデザインし、言語化・文書化する作業は非常に重要です。

プロジェクトマネジメントのプロフェッショナルにおいては、ゴールデザインの際、一般的に、SMART基準を用います。

すなわち、「プロジェクトのゴールがが客観性と合理性を維持しているかどうかを検証するテストのための検証基準ないし指標」
として、
「SMART基準(法則)」
が指標ないしモノサシとして使われることがあります。

「SMART」とは、
“S”pecific(目的が具体的で客観的で明確であること)
“M”easurable(目的が、定量化・数値化されるなど計測可能となっていること)
“A”greed upon(達成を同意しうること。無理難題ではなく、達成可能であること)
“R”ealistic(現実的で、経済合理的な結果を志向したものであること)
“T”imely(期限が明確になっていること)
の頭文字を取ったものです。

ビジネスを真剣に考えないトップがいいかげんなプロジェクトをぶち上げ、その際に適当に設定される「事業目的」なるものは、SMART基準を充足しない場合が多いですが、そうならないように、常にSMART基準をにらみながら、ゴールを発見・定義・創出した上で、ミエル化・カタチ化し、さらに言語化・文書化していくことが肝要です。

初出:『筆鋒鋭利』No.113、「ポリスマガジン」誌、2017年1月号(2017年1月20日発売)
初出:『筆鋒鋭利』No.114、「ポリスマガジン」誌、2017年2月号(2017年2月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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