01623_企業法務部員として知っておくべきM&Aプロジェクト(14)_M&Aプロジェクトを成功させるためのポイントその8_(C)M&Aプロジェクトの全体的な戦略の合理性(ⅴ)_(d)正しく課題をみつける

M&Aは、
「結果とそこに至る経過が明確で一定の資源(時間と費用と労力)をかければ属人的な能力差にかかわらず予定調和的に成功ないし成果がイメージできるルーティン」
とは違い、
「正解も定石もなく、結果がどこまでいっても蓋然性にとどまるゲーム」
としての性格を有します。

このM&Aのような
「常識が通用しない、イレギュラーでアブノーマルなプロジェクト」
を進める上で、正しい目的が設定された、すなわち、状況を正しく認知・解釈し、環境や相場観を把握し、そして、現実的で、達成可能で、経済的に意味のある目的が設定された、としましょう。

また、その目的は、
「あいまいで、多義的な解釈を招く、目的」
ではなく、
「具体的な完成予想図」
であり、
「成功時の未来の姿を具体的にイメージしたもの」
であり、しかも、しびれるくらいわかりやすく、
「どんなに、理解力不足な、妄想力豊かな、アホでも、勝手な独自解釈をしでかしようがない」
形で、共有される状態になった、としましょう。

もちろん、
「楽観バイアス」
を徹底的に排除して、自分に都合よく解釈できる要素は皆無となり、そのうえ、成功者や達成した経験者の話をよく聴いて、悲観シナリオやプランB(予備案、バックアッププラン)も含めた、保守的で、現実的で、堅牢な二次目的も設計・設定・具現化された、とします。

じゃあ、
「そろそろ、目的を達成するために、目的から逆算した手段構築に入るか」
というと、まだ早いのです。

目的が正しく設計・設定・具現化されたあと、次に行うべきことがあります。

それは、
「正しく課題をみつけること」
です。

よくある戦略の誤りというのは、課題抽出をせずに、いきなり段取りを組みはじめ、実行着手することです。

「ストレステストをせず、原発をおっ立てて、後から、津波が来て、深刻な厄災を撒き散らしちゃった」
という話も、要するに、
「課題発見プロセスがあることを知らなかった」か、
「そのようなプロセスを無視ないし軽視した」か、
「課題を探索するのが面倒くさいので、やっつけで、課題探索を適当に手を抜いておざなりにして、とっとと原発作りをおっ始めた」か、
のいずれか、またはすべてが原因であろう、と推察されます。

どんなに状況や環境が正確に認識され、具体的で合理的でシビアな目的が設計・設定・具現化されたとしても、課題がよくわかっていない、あるいは課題がないと信じてしまい、不安要素や都合の悪い事象や障害を、無視したり、見て見ぬふりをしたりして、いきなり取りかかれば、大きなプロジェクトは確実に失敗します。

そもそも、人間や組織は、ミスを犯すものです。

ミスから端を発したことがエラーとなり、エラーがリスクとなり、リスクが事故ないし事件となり、事故ないし事件が、やがてプロジェクトオーナーと関わった関係者全員を、奈落の底に突き落とし、皆を破滅させます。

金融の世界で、“ブラック・スワン”と呼ばれるものがあります。

スワン(白鳥)というのは、その名の通り、白い鳥です。

「黒い白鳥」
なんて、あり得ない。

ヨーロッパで、
「滅多に発生しないこと」
「あり得ないこと」
「起こり得ないこと」
を表す諺として、
「そんなのは黒い白鳥を探すようなものだ」
というものがありました。

そうしたら、1697年にオーストラリアで本当にブラック・スワンがみつかってしまったことから、
「起こり得ないことが起こった」
ことを表す言葉として使われるようになったというものです。

日本風に言い直しましょう。

よく
ありえないほど大げさな表現として、
「笑い過ぎて、ヘソで茶が沸く」
という言い方があります。

とはいえ、どれほど大爆笑して、腹筋が振動しても、決して、お茶が沸くほどのエネルギーが生まれることは現実的にはありえません。

ここに、
「黒田鳥男(仮称)」
という方がいたとしましょう。

黒田さんは、笑って腹筋が振動すると、腹部に高温を発する異常体質をお持ちで、実際、寒い日には、ヤカンを腹部において、吉本新喜劇をみながら、お湯を沸かし、紅茶を作って飲んでいる、ということが、ニュースで報道され、日本人全員が
「ほんまに、ヘソで茶を沸かす奴がいよった!」
「ありえへんこともあるもんや」
としみじみと言い合った。

そんな趣の話が、
「ブラック・スワン」
です(もちろん、話をわかりやすくするための喩え話です。某国大統領のように「お前のは偽ニュースだ」とかいわないでくださいね)。

このように、マーケット(市場)において、事前にほとんど予想できず、起きた時の衝撃が大きい事象のことを
「ブラック・スワン」
といいますが、その最近の代表例が、サブプライムローン危機(リーマンショック)です。

この事件は、
「誰も予測、想定できなかった」
などといわれます。

しかし、当時の社債利回り(AA格)を国債の利回りとの比較(社債の対国債スプレッド)の推移で見ると、アメリカやEU等では、2007年夏以降、拡大していくという異常状況がありました。

すなわち、エラー・メッセージは存在したのであり、このエラーをきちんと認識・評価していれば、ブラック・スワン(ヘソで茶を沸かす異常体質の黒田鳥男〔仮称〕さん)が発見され得ることも予測できたと思います。

ただ、人間には、
「正常性バイアス」
といわれるものもあり、ブラック・スワンの予兆があっても、
「これは何かの間違いだ」
「黒い白鳥なんているわけないだろ」
「ヘソで茶を沸かす奴がいる? それは偽ニュースだ!」
というバイアスをかけて、情報解釈を歪める心の動きが備わっている、ということであり、それこそが最も恐ろしい事態を招く“人間の脳の欠陥”なのです。

物事を正しく進め、成果を出すためには、さらにいえば、M&Aのように
「常識が通用しない、イレギュラーでアブノーマルなプロジェクト」
を成功させるためには、失敗の予兆を、事前に、正しく、具体的に予測し、対策をしておくことが必要です。

すべての事件や事故は、
「ある日突然、火星人が大挙として襲来して、地球を爆発させ、地球が3秒で消滅する」
といった趣の、サドンデス(突然死)のような形で発生するわけではなく、ほぼ確実に、失敗の兆候、すなわち、エラー・メッセージが存在します。

突然、ブラック・スワンが発見されたかのように受け取られ、皆が驚愕してひっくり返るのは、すでに存在していたエラー・メッセージを
「見て見ぬふり」
をする、という情報解釈をしてしまう心の歪み(正常性バイアス)があるためです。

「プロジェクトマネジメントにおける知性とはどういうものでしょうか?」
理数系の学部で学ばれた人の中には、
「エラーや異常値がいくつかあっても、全体を統合する美しい仮説や理屈や自然法則が絶対に存在するはずだ」
というロマンチックな妄想に冒されてしまっている方もいらっしゃいます。

無論、そのような思考も人類社会の発展のためには、絶対必要です。

しかしプロジェクトにおいて、この種のロマンチックな妄想は、危険有害極まりない代物といえます。

「細部の破綻があっても大丈夫。そんなものには目をつぶるべきだし、誤差や異常値など見えないふりしてしまえ。性善説や科学的合理性というバイアスを使って、全体を正常かつ健全に統合してモデル化し、そのことをもって、満足し、先に進むべきだ。仮説に反する有害な現実は、異常値や誤差やバグとして、シカトしちゃえばいい話」
こんな考えをもつ人間が、プロジェクトの責任者となったら、やがて、そのプロジェクトに関わる人間全員が破滅を味わいます。

「些細なミスやエラーがリスクにつながり、リスクが事件事故につながり、事件事故が破滅につながる」
のです。

ホニャララ細胞も、各種研究不正も、このような発生経緯から、やがて、関係者を破滅に導く厄災に至ったのではないでしょうか。

ホニャララ細胞の事件では、我が国を代表する科学者の自殺という事件まで発生し、有為かつ貴重な人的資源が我が国から奪われました。

さらにいえば、人類史上に残る厄災となった福島原発事故も、
「細部の破綻があっても大丈夫。そんなものには目をつぶるべきだし、誤差や異常値など見えないふりしてしまえ」
という、科学者やエンジニアの愚劣な奢りに根源的原因があると考えられます。

当初の疑問に戻ります。

「プロジェクトマネジメントにおける知性とはどういうものでしょうか?」
それは、課題発見能力と同義です。

1の不安要素から10のネガティブな未来を予測し、イメージできる能力です。

些細なミスやエラーを発見特定し、増幅した姿を想像でき、これを、プロジェクトチーム内で共有できるように、ムカつくくらいリアルかつ具体的かつ残酷に表現できる力です。

「そんなにネガティブで不愉快な未来を予測ばかりしていては物事が前に進まない。不安要素や都合の悪い事象や障害は、無視し、見て見ぬふりをし、そんな不愉快な出来事が出来しないように神に祈ろう」
こんなことを言い出すバカがプロジェクトチームの中にいるだけでプロジェクト成功は遠のきます。

ましてや、こんなバカが、プロジェクトを主導していると、チーム全員、身の破滅を味わうことになります。

「そうやって、悪態ばかりついていたら、プロジェクトなんか1つも達成できないぞ!」
という怒りの声が聞こえてきそうです。

だったら、やめりゃいいだけです。

別の、もっとマシで、冒険性やギャンブルの要素がなく、
「1万円札を3000円で買ってくるような、安全でラクな儲け話」
を探せばいいだけです。

2017年3月に、天下の名門企業、東芝が、存続危機に見舞われ、その後、東証1部から2部へ降格市場替えとなり、その後も長期間、厳しい経営状況が続いています。

このしくじりの最も大きなポイントは、原発を作るアメリカの会社を買収したら、儲かるどころか、膨張し続ける債務を背負わされた、というアホな失敗が原因です。

東芝はどうすればよかったのか?

簡単です。

「買収したら、買収した会社の債務を背負わされる危険がある」
というエラーを増幅して理解し、バカ高いのにそんなエラーが紛れ込んでいるアホな買収話、一蹴して取り合わなかったら、よかったのです。

「そんな消極の安全策ばかりでは、東芝の未来は築けない」
なんてバカことをいうバカな人間の話など無視して、半導体事業をしっかりやっていたら、今頃、高笑いしていたはずです。

初出:『筆鋒鋭利』No.115、「ポリスマガジン」誌、2017年3月号(2017年3月20日発売)
初出:『筆鋒鋭利』No.116、「ポリスマガジン」誌、2017年4月号(2017年4月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
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