01644_法律相談の技法10_初回法律相談(4)_自己制御課題と他者制御課題

相談者との間で現実的で達成可能なゴールデザインが共有できた後、次に、
「スタート(現状、as is)とゴール(目標、to be)との間に立ちはだかる課題」
を発見・設定・定義し、当該課題が複数にわたる場合は優劣・先後等について相互の関係や関連性を整理していくことになります。

ところで、世の中に存在する
「課題」全般

「筆者の独自の整理哲学ないし区別基準」
によって大別しますと、
1 自然科学法則にまつわる課題(自然科学上の課題)
2 社会的事象にまつわる課題(社会上あるいは社会生活上の課題)
に整理できます。

「自然科学上の課題」
については、自然科学法則を適用することにより(もし、そのような法則がなければ、新たに法則を発見・援用して)、必ず一定の結果が得られます。

水を気化させたければ、摂氏100度に熱すれば、自然科学法則にしたがって必ず気化して水蒸気となります。

水を固体にしたければ、摂氏0度以下に冷やせば、自然科学法則にしたがって必ず固体(氷)になります。

他方で、
「社会上あるいは社会生活上の課題」
例えば、
・東大に合格したい
・ゴルフのHDCPを5以下にしたい
・30歳までに身長180センチ以上の金持ちで高学歴のイケメンと結婚したい
・特定の女性と交際したい
・あいつの苦しむ様子をみたい
・裁判官にこういう判決を下してほしい
といった課題については、
「非科学的で予測不能でデタラメで再現性や画一性が期待できない人間」
が関わる事柄ですから、
「必ず一定の結果が得られる(必ず達成できる、必ず達成不能となる)」
とは絶対言い切れません。

弁護士に持ち込まれる法律に関わる事件ないし事案において生じる課題は、100%、
「社会上あるいは社会生活上の課題」
です。

すなわち、
「相談者との間で現実的で達成可能なゴールデザインが共有できた後、スタート(現状、as is)とゴール(目標、to be)との間に立ちはだかるものとして認識される障害ないし課題」
はどれも、
「『非科学的で予測不能でデタラメで再現性や画一性が期待できない人間』が関わる事柄」
であり、
「必ず一定の結果が得られる(必ず達成できる、必ず達成不能となる)」とは言い切れない課題ばかりです。

ところで、ひとくくりに
「社会上あるいは社会生活上の課題」
といっても、
「達成可能の蓋然性」の有無
という基準により、さらに2つに分かれます。

すなわち、
「社会上あるいは社会生活上の課題」
には、
・自己制御課題(達成の蓋然性が、「自己を制御できるかどうか」に大きく左右される課題)
・他者制御課題(達成の蓋然性が、「他者を制御できるかどうか」に大きく左右される課題)
の2つにわかれます。

「東大に合格したい」
「ゴルフのHDCPを5以下にしたい」
は自己制御課題です。

「30歳までに身長180センチ以上の金持ちで高学歴のイケメンと結婚したい」
「特定の女性と交際したい」
「あいつの苦しむ様子をみたい」
「裁判官にこういう判決を下してほしい」
は他者制御課題です。

自己制御課題は、
「達成蓋然性が想定できる課題」
言い換えれば
「努力すれば何とか達成できることを予測・想定できる課題」
です。

自分をきちんと制御し、管理できればそれで達成できる課題ですから、絶対不可能というわけでも、運任せの出たとこ勝負というわけではなく、未来と希望をもてる課題です。

「がんばって自己を制御し、自己を管理できさえすれば、達成でき、何をどの程度がんばれば達成可能性が高まるかが理解でき、合理的努力によって達成の可能性が高まることを明確に実感できる課題」
ですから、要するに、自分が頑張ればいいだけで、それだけで叶えられる課題です。

逆に、達成できないとすれば、それは、自分が悪いだけで、自己責任、自業自得、因果応報の帰結であって、責任原因ははっきりしていますので、納得も諦めもつきます。

なお、
「自分をきちんと制御し、管理できればそれで達成できる課題」
「未来と希望をもてる課題」
とはいっても、
「簡単な課題である」
というわけではありません。

世の中、自己制御、自己管理できる人ばかりか、というと、まったくそんなわけではなく、むしろ、その逆だからです。

もし、
「世の中、自己制御、自己管理できる人ばかり」
であれば、世の中の人全員、東大に合格しているはずですし、ゴルフをやればパープレーで回れますし、ボーリングでも12回連続ストライクを出して300点満点取れるはずです。

東大に合格することや、ゴルフでパープレーで回ることや、ボーリングで300点を取ることが難事とされ、こういう課題を達成すると世間から評価されるという事実は、
「自己制御と自己管理程度のことであっても、平均的な人間にとっては、非常な困難である」
ということを示唆しています。

すなわち、世の中、
「自己制御も自己管理もできない人」
が圧倒的多数です。

自己制御課題といっても、
「がんばって自己を制御し、自己を管理できさえすれば、達成でき、何をどの程度がんばれば達成可能性が高まるかが理解でき、合理的努力によって達成の可能性が高まることを明確に実感できる」
というだけであり、実際は、世の中のほぼ100%の方々が、自己制御も自己管理も出来ないので、設定される課題にもよりますが、大半は達成が困難なことが多いです。

ただ、
「がんばって自己を制御し、自己を管理できさえすれば、達成でき、何をどの程度がんばれば達成可能性が高まるかが理解でき、合理的努力によって達成の可能性が高まることを明確に実感できる」
だけ、まだ、ましです。

自分の努力で何とかなるわけですから。

東大だの司法試験だのといっても、自分だけで解決できる課題なので、人によっては
「たいしたこと」
のうちに入らない、という場合もあります。

ところが、(これも課題によりますが)
「他者制御課題」
となると、
「達成の蓋然性」
がまったく期待ないし想定困難となります。

というより、
「自分のことすら満足に制御・管理できない人間」

「同じく、自分のことすら満足に制御・管理できない他者」
を制御し、管理するという営みなのですから、
「達成できるかどうか不明で、何をどの程度がんばれば達成可能性が高まるかも理解できず、合理的努力をしても達成の可能性が高まることを明確に実感できるわけではない」
という課題です。

こうなると、運任せにするほかなく、何かをがんばるというより、祈るほかなく、課題達成を描くことは
「妄想」
に近いものとなります。

「ある有名アイドルと結婚したい」
という課題を設定したとします。

この課題は、当該アイドルをこちらに振り向かせ、結婚に同意させる、という
「他者制御課題」
を意味しますが、これは何か対処行動を構築できるような課題ではなく、
「妄想」
に近いものになります。

特に、
「働きかけるべき相手に損害や負荷を被らせるような他者制御課題」
となると、
「達成の蓋然性」
が絶望的に想定困難です。

もちろん、刃物や拳銃や脅迫の言辞を使って意思を制圧すれば、
「他者制御課題」
も可能となりますが、これは犯罪であり、
「社会上あるいは社会生活上の課題」
をこのような方法で解決していると、
「反社会的勢力」
と呼ばれ、社会から排除されます。

「他者を自由に制御できる能力」
などという能力を有してる人間(おそらく詐欺師とか犯罪者とか偉大な宗教家とか歴史に残るメディアクリエイターとか営業の神様と呼ばれるような属性の方であろう、と推測されます)もいるかもしれませんが、そういう希少で価値ある能力を有している方は、巨万の富を得ているでしょう。

そういう方は、成功者にせよ、犯罪者にせよ、世間を騒がせ、歴史に名を残すレベルのマイノリティであり、見つけるのは大変ですし、見つかっても動員するのに莫大なコストがかかります。

一般的な社会的課題の対処方法構築として、そういう
「稀有な天才」
を発見し、動員する、という方法論は無理があります。

法律実務的課題・争訟対処課題については、どうでしょうか。

「相談者との間で現実的で達成可能なゴールデザインが共有できれば、次に、スタート(現状、as is)とゴール(目標、to be)との間に立ちはだかる課題」
を発見、整理するプロセスにおいて、
「当該課題は自己制御課題か他者制御課題か」
という点に分けていくことが非常に重要となります。

そして、
「他者制御課題」
は、極力
「自己制御課題」
に還元・転換・再定義していき、
「他者制御課題」
がなるべく少なくなるように課題設計・課題整理していくことが重要となります。

この
「他者制御課題」

「自己制御課題」
に還元・転換・再定義する知的営みは、課題解決を行う上で極めて貴重なスキルとなります。

先程の例でいえば、
「30歳までに身長180センチ以上の金持ちで高学歴のイケメンと結婚したい」
という課題は、
「他者制御課題」
であり、これを他者制御課題のままにしておけば、単なる
「妄想」「夢物語」
で終わります。

しかし、これを
「自己制御課題」
に還元・転換・再定義すると、その実現可能性がみえてきます。

単なる
「妄想」「夢物語」
と、
「自己努力を投入することにより解決可能な課題」
とでは、天と地ほど異なります。具体的に申し上げますと、
・「30歳までに身長180センチ以上の金持ちで高学歴のイケメン(以下、「ターゲット」といいます)」は本当に存在するのか? 存在するとして、どこのあたり、どのようにして存在するのか?
・「ターゲット」がいるとして、それは、どんな生態、嗜好、価値観、哲学、嗜好、恋愛観、結婚観をもっているのか?
・「ターゲットの生態、嗜好、価値観、哲学、嗜好、恋愛観、結婚観」を前提とすると、「ターゲット」は、どんなスペックの女性と結婚したい、と指向するのか?
・仮に、その「所要スペック」が、身長○○センチ、体重○○キロ未満、体脂肪率○%、ウエスト○センチ以下、年齢○歳以下、・・・・・と判明した場合、当該「所要スペック」を「自己制御課題」として再定義すると、自助努力で何とかなるかものか、不可能(例えば年齢要件などでスペック未達)か?
・ 「所要スペック」到達を「自己制御課題」として再定義して、自助努力で何とかなるとして、 どのような努力をどれだけ投入すれば、何時ごろ「自己制御課題」が達成できるのか?
・・・と、思考展開をしていくと、いつの間にか、
「妄想」「夢物語」
が自己制御・自己管理により達成・到達・解決可能な
「自己制御課題」
となっていることがおわかりいただけると存じます。

このことは、法律実務的課題・争訟対処課題でも同様です。

例えば、
「裁判官に、特定の契約が成立していたことを認めさせる」
という
「他者制御課題」
を課題として定義ないし設定しただけで放置すると、
「妄想」「夢物語」「運任せの出たとこ勝負のギャンブル」
で終わってしまいます。

また、どうしても課題達成しようとすると、 テレパシーや催眠術を用いない限り、不可能です。

他方で、上記
「他者制御課題」
を、
「裁判官をして、特定の契約が成立を認めざるを得ないような、訴訟資料における環境を整備する」
という形で
「自己制御課題」
に転換・再定義すると、この課題は、自己制御・自己管理・自助努力で何とか対処し得る課題となります。

すなわち、
「裁判官をして、特定の契約が成立を認めざるを得ないような、訴訟資料における環境」
とはどのようなものか、
という点を論理や先行事例や経験則を踏まえて整理していき、当該
「環境」構築
を、
「自己制御課題」
として対応処理していけば、運任せでもなく、
「テレパシー・催眠術といった非科学的な方法」
を持ち出すまでもない、
「純粋な事務タスク(事務の設計・構築・運用等のタスク)」
として、合理的な資源投入によって達成することが可能となります。

以上のとおり、「相談者との間で現実的で達成可能なゴールデザインが共有できた後、次に、『スタート(現状、as is)とゴール(目標、to be)との間に立ちはだかる課題』
を発見・設定・定義し、当該課題が複数にわたる場合は優劣・先後等について相互の関係や関連性を整理していく」というプロセスにおいて、
「他者制御課題(妄想・運任せ)」

「自己制御課題(制御可能課題)」
に変質・転換させつつ、
「達成蓋然性を想定しうる、社会上ないし社会生活上の課題」
として捉え、整理していくことが重要となります。

法律相談においては、このように、相談者と共有されたゴールに至る課題のうち、どこまでが
「自己制御・自己管理・自助努力によって達成可能な自己制御課題」
に転換・書換・再定義でき、最終的に、どのような課題が
「他者制御課題」

「運任せのギャンブル」
として残り、そのような
「ギャンブル」
を受容し得る精神的冗長性が相談者に期待できるか、という点を確認することになります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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