01709_🔰企業法務ベーシック🔰/企業法務超入門(企業法務ビギナー・ビジネスマン向けリテラシー)20_会計・税務に関する法とリスク

1つの企業(会計主体)について、複数の会計が存在します。

一般に
「二重帳簿」
というと、犯罪の匂いというかダーティーな印象が感じられますが、こと“会計”に関しては、
「二重“会計”」あるいは「三重”会計”」
ともいうべき状況は、別に違法でも何でもなく、ごく普通に出現します。

株式公開企業を例に取りますと、

1 企業の正しい会計上の姿を開示するために正確な損益計算を行って投資家を保護するための企業会計(金融商品取引法会計)

2 株主への分配可能利益の上限を画することを通じて、債権者を保護するための会社計算規則に基づく会社法会計

3 担税力に応じて適正かつ公平な課税を目的として、税務当局に納付する税金を正しく計算するための税務会計

すなわち
「トライアングル体制」
が存在します。

何だか狐につままれたような感じを受けられるかもしれませんので、背景を申しておきます。

「帳簿自体がいくつもある」
とそれはオカシイというかアヤシイのですが、
「信頼しうる帳簿が1つである限り(正規の簿記の原則、単一性の原則)、そこから、ユーザー別にインターフェースを違えて、会計という企業の姿を浮かび上がらせることはまったく問題ない(実質一元〔会計帳簿〕、〔表示〕形式多元)」
という取り扱いが実務として普通に行われているだけなのです。

このように、いくつもの会計がそれぞれ目的を違えて存在する以上、税務会計が企業会計や会社法会計とまったく同じように表現される必要はありません。

逆に、税務会計には、
「担税力に応じて適正かつ公平な課税を行う」
という独自の目的が明確に存在する以上、企業会計や会社法会計とは独自の手法で修正変容させ、当該目的に沿って独自の会計・決算処理をしても何ら問題ない(というより、目的が別である以上、決算によりあらすべき企業の計数的姿も別なのは当然)、という理屈が導かれるのです。

また、納税者の人数は膨大な数に及び、納税者それぞれの具体的事情を考慮することは非常に困難ですので、課税にあたっては、公平性を維持する観点から、外観に着目せざるを得ないということもあります。

このようなことから、租税法規の適正かつ公正な運用にあたっては、課税の対象となる行為の形式的外観を重視する観点において実施されることがあり、このような状況も手伝って、税務会計が他の2つの会計と違った形となる遠因となっています。

このような事情を考えますと、
「企業会計・会社法会計によって処理された結果(証券取引等監視委員会の見解)と、税務会計によって処理された結果(税務当局の見解)が異なった形であらわれる」事態
も十分あり得ます。

ところで、上場企業に適用される金商法(金融商品取引法)違反の犯罪行為といえば、インサイダー取引と粉飾決算(有価証券報告書虚偽記載罪)が著名ですが、インサイダー取引と粉飾行為では、どっちが悪質・凶悪と考えられるでしょうか?

ここで、2006年ころ、ほぼ同時期に、ホリエモンこと堀江貴文氏と村上世彰氏が、ホリエモンが粉飾行為で、村上氏がインサイダー取引で、それぞれ金商法違反に問われた、という事件がありました。

前世紀までの
「ウソあり、インチキあり、ルールなしの無法地帯」
といった趣の資本市場であれば、ホリエモンことの行った粉飾決算、すなわち、決算に関するウソつき行為もそれほど厳しく処罰されることはなかったと思われます。

むしろ、
「ズルをして巨額な儲けを手にした村上氏の行為」
の方が、一般の投資家の処罰感情を煽る可能性が高かった、ともいえます。

しかしながら、時代は移り、資本市場は、電気、上下水道、鉄道、道路と肩を並べる、れっきとした“公共インフラ”に様変わりしました。

資本市場を上水道になぞらえると、ホリエモンの行った粉飾決算を公表する行為は
「上水道に毒を流し込む行為」
ですが、他方、村上氏の行為は
「こっそりと自宅に配管を引き、水を盗む行為」
と同様に考えられます。

インサイダー取引、すなわち、水を盗む行為は、盗んだ水やそれにより得た利益を吐き出させれば(インサイダー取引に対する課徴金や罰金がこれに該当します)済む話です。

他方、粉飾決算を含む虚偽の会計報告を行う行為、すなわち、上水道に毒を投げ込む行為は、不可逆的に公共インフラを毀損する行為であり、
「カネを払ったり、謝ったりして済む」レベルの話
ではありません。

もちろん、両犯罪行為の法定刑の軽重という点もあるのでしょうが、こういう実質的違法の軽重もあり、村上氏は罰金刑はしっかり課せられたものの執行猶予で済み、刑務所行きを免れたにもかかわらず、
「ホラ吹き、ウソつき行為」をしたにすぎないホリエモンが刑務所に放り込まれた、
という帰結になって現れたのではないか、というのが私の勝手な推測です。

このように、
「企業の経営状況を、正確に記録して、計数で定量的に表現し、これを利害関係者に外部報告する」
という会計・税務上の課題処理に関しても、企業ないし経営者には、常に
「よく見せたい」
「悪い結果は伝えたくない」
「税金を払いたくない」
「ホラを吹き、ウソをつかないと、投資家から突き上げを食らう」
といった動機ないし背景から、適当にごまかそうとする誘惑が生じます。

しかし、みてきたとおり、この種のズルは、非常に大きな問題となり、企業そのものを揺るがす大事件に発展するリスクもありますので、
「会計・税務課題は、会計士や税理士が専属的に処理する金勘定の議論」
ではなく、
「きちんとした統制と法令遵守が働く環境を構築する」
という点において企業の法務課題としても認識されるようになってきています。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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