確認メールが“社内防衛”で終わっていないか?
私のもとに寄せられる企業法務の相談には、ある共通点があります。
それは、
「言った・言わない」
の泥仕合が、背景に潜んでいるということです。
その多くは、社外とのやりとりに起因しています。
取引先との協議、外部関係者との打合せ、委託先との折衝——
その場ではうまく進んでいたはずの話が、いつの間にか“言質の空白地帯”に変わってしまっているのです。
原因は、記録が残っていないこと。
あるいは、残っていたとしても
「社内宛」
の確認メールだけで終わってしまっていることです。
たとえば、こんなメール。
「A社との打合せ内容、さっきの説明でよかったよね?」
「担当役員の承認、取れてると思っていいですよね?」
「結局、調査するのはAさん? それともBさん?」
こうした社内向けの“防衛的な確認”メールは、たしかに実務上、一定の意味はあるでしょう。
しかし、それだけで終わってしまうのは、実にもったいないことです。
メールというのは、ただ確認するためだけのツールではありません。
それ以上に、
「未来のために、記録をカタチに残す」
という側面があります。
「備忘録」ではなく「証拠力をも持つ文書」を送るという発想
「確認メールはちゃんと送っておこう」
多くの会社で、若手のうちからよく言われる言葉です。
背景には、
「メールは記録に残る」
という理解があるのでしょう。
たしかに、社内のやりとりを記録として残しておくことは、後々の誤解や“言った・言わない”を避ける意味で重要です。
“備忘録的な使い方”も悪くはありません。
ところが、相手が社外である場合には、意味合いがまったく変わってきます。
それは、単なる備忘録ではなく、
「証拠の確保」
すなわち
「証拠力を持つ文書」
に変わるのです。
たとえば、発注の意思があったかどうか。
あるいは、契約書に明記されていない細部の取り決めが、現場でどう合意されていたか。
その判断材料として、やり取りされたメールが引き合いに出される場面は、法務の現場ではよくあります。
社内メールと社外メールの“証拠力のちがい”
社内メールがいくら出てきても、当事者が一方的に記録しただけでは
「相手が認めた事実」
とまでは言えません。
社内メールは、あくまで“社内でのメモ”。
法的には、独り言に等しい扱いとなってしまうのです。
一方で、社外の相手に送った確認メールはどうでしょうか。
たとえば、
「先日の会議では、〇〇について、御社の了承をいただいたと理解しております」
「もし相違がある場合は、遠慮なくご指摘ください」
というメールに対して、
「承知しました」
と返信があった場合。
そのやりとりは、“両者が合意していた証拠”として機能します。
相手の返事があることで、その内容が“凍結された事実”として文書に固定される。
このちがいを、ミエル化・カタチ化の視点から捉え直すことが大切です。
契約書がなくても、確認メールが“証拠”になることがある
企業間のやりとりは、たいてい
「契約未満」
のグレーゾーンにあります。
交渉中、調整中、提案中——
その段階では、まだ契約書という“山の頂上”には至っていません。
けれども、途中経過のひとつひとつを、“証拠としてつないでいく杭”のように残しておくことができます。
その手段が、確認メールです。
たとえば、ある企業のケース。
挨拶メールの末尾に、こう記されていました。
「先日の会議で合意いただいた〇〇の件、御社内でも確認のうえ、問題ないというご理解でよろしいでしょうか」
それに対して相手の返信メールには、
「先日の会議の件、問題ありません」
と追伸が添えられていました。
たったそれだけ。
しかし、そのメールが残っていたことで、“言った・言わない”の争いを未然に防ぐことができたのです。
確認メールは、契約未満のやりとりを
「証拠化」
する技術でもあるのです。
返信がない場合でも意味がある——黙示の承認という視点
確認メールを送っても、相手から返信がない。
こうしたケースも当然あります。
そのとき、
「返事が来なかった=意味がなかった」
とするのは早計です。
法務の世界では、
「黙示の承認」
「異議なき受領」
という考え方が存在します。
内容に異議があるなら反応してほしい、という機会を提供しておけば、 “反応がなかった”という事実それ自体が、後に有力な判断材料になるのです。
たとえ返信がなくても、
「その時点で相手に送った」
「こちらはこう理解していた」
という証拠は残る。
それだけでも、送らないよりはるかにましなのです。
「契約未満、証拠以上」——確認メールの立ち位置
確認メールは、正式な契約書の代わりにはなりません。
けれども、裁判になったとき、記憶よりも記録、主観よりも文書が優先されるのが現実です。
法的にはこれを“準取引文書”と捉えることもあります。
形式的な契約には至っていなくても、やり取りの痕跡が文書として存在していれば、それは大きな意味を持つのです。
いわば——
確認メールとは、「契約未満、証拠以上」。
そんな立ち位置にあるツールなのです。
確認メールはいつ送るべきか
・打合せのあと
・電話で条件の了承があったとき
・ちょっとした決定がその場で出たとき
こうしたタイミングこそ、確認メールを送るべきタイミングです。
そして、大切なのは“セットで回収する”という視点です。
・相手が読んでくれたか
・認識の相違がないか
・必要であれば「ご返信いただけると幸いです」と添えること
たった1通のメールで済む話が、後で何日もかけて争うことになる。
だからこそ、“先に書く”という予防が、実務の世界では決定的な差を生むのです。
確認メールは“未来を守る”ための技術である
誤解されがちですが、確認メールの目的は、“気配り”でも、“お行儀”のためのマナーでもありません。
もちろん、礼儀を欠いてはなりませんが、本質はそこではないのです。
それは、
「未来に向けて、カタチを残すため」
の実務技術です。
今この瞬間に送ったメールが、2年後のトラブルを防ぐかもしれない。
この視点が社内に根づけば、日常のやりとりひとつひとつが、企業を支える土台になります。
「リスクは、見えているところから」
しか管理できません。
だからこそ、法務部門には、“見えるようにする”ための仕組みを社内に広げていく役割があります。
法務部門が率先して、
「確認メール文化」
を社内に根づかせていく。
それは、契約書をつくることと同じくらい大切な、
「未来の合意を見えるカタチに変える」
ための実務技術なのです。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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