00041_創業社長引退後の内紛防止をするための、会社法活用術

会社法は、旧商法時代と比べ、会社運営設計に格段の柔軟性をもたらしました。

旧商法時代から機関設計(マネジメント・ストラクチャー)については相当程度柔軟な方向で法改正(法発展)がなされてきましたが、会社法時代になって、この柔軟性の指向が、所有設計(オーナーシップ・ストラクチャー)にまで及び、ついに、一定数以上の株主の賛与を前提ないし条件として、
「株式」
という基本的な権利についても、権利内容を自由に設計できるようになりました。

この
「株式の内容の多様化(さらに敷衍すれば、不平等化、差別形成)」
という法改正(法発展、法進化)、企業の新しいファイナンス手法の開発を促したり、上場企業の買収防衛策に活用できたり、と大企業にとって非常に大きな意味をもつことになりました。

しかしながら、このような
「株式の内容の多様化(=不平等化、差別形成)」
は、非公開のファミリー企業においても、会社の内紛防止策として活用することもでき、使いようによっては、(伝統的な会社法概念を前提とすると)革命的ともいえる劇的な効果を発揮する体制整備が可能となります。

家族経営の企業で、何らの措置も講じることなく創業社長が逝去すると、血で血を洗う内紛が生じます。

株式会社は
「保有株式の多数決により役員選任や会社の基本事項を決める」
という建前に立っていることから、株式が思惑や利害の異なる人間に分散すると、何を決めるにも一々衝突が顕在化してしまうからです。

東京地方裁判所に商事部という会社紛争を専門に裁く部(東京地裁民事8部)がありますが、
「東京地裁商事部に持ち込まれる紛争のほとんどが、会社紛争に名を借りた、ファミリー企業の身内のゴタゴタである」
というのは、法曹界ではよく知られた事実です。

創業社長としてこういう事態を避けたいのであれば、会社運営の投票権(株式)を不平等化・差別化し、
「後継者として指定した子“のみ”が“非民主的に”会社運営する体制」
に変更してしまえばいいのです。

具体的にいいますと、会社の定款を変更して、現在発行済の普通株式の一部を
「議決権制限株式」
にしてしまい、後継者のみが議決権付株式を遺言で取得するようにする方法を用いるのです。

その他、非公開会社では、株主の権利(利益の分配や議決権)について、持株数に関わりなく株主毎に不平等に定めたり、その代償措置として他の株主の配当を多くするようなこともできます。

例えば、
「三男には会社支配権を残し、長男と次男にはその分カネを多くもらえるようにする」
ということも可能です。

ただ、この方法ですと、遺言というシステムになじまないので、死後にオートマチックな政権移譲を行うことは難しくなりますが、税務的な問題をクリアして事前に株式譲渡を行っておいたり、これに信託を絡めると、相応の内紛防止のための体制整備が可能となるはずです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00040_企業法務ケーススタディ(No.0009):会社法を活用したファミリー企業の内紛防止法

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
タカダ帆布鞄 社長 高田 信一郎(たかだ しんいちろう、65歳)

相談内容:
先生、いつもお世話になっております。
今日は当社の新製品をお持ちしました。
ウチの次男坊のヤツのアイデアなんですが、カバンよりアパレルが流行るってことで作ってみた帆布のジャケットです。
ちょっとゴワゴワして重いですが、着慣れると大変心地いいですよ。
もっとも着慣れるまで15年くらいかかるかもしれませんが。
え、分厚い柔道着みたいだって? そんなこといわないで、是非着てみてくださいよ。
売れなくて困っているんですから。
今日は、ちょっと先生のお知恵をお借りしたいと思い、参りました。
現在、私の子供3人とも事業を継ぐ気で仕事をしてくれています。
ですが、長男は仕事より遊びが好きで、こいつはどうしょうもない。
毎晩銀座でクラブ活動ですよ。
次男は次男で、アパレルをやりたいなんていっている。
そう、この柔道着、じゃなかった、帆布ジャケットを作ったのは次男で、
「パリコレに出るんだ」
なんて夢みたいなことをいってる。
もう泣けてきますよ。
職人気質のまじめな私のDNAを一番色濃く継いでいるのは三男なんですよ。
なので、私としては三男に会社を継がせたい。
とはいえ、今、私が引退して、三男に継がせると、長男、次男が反発して、会社の中がガタガタになる。
私の目の黒いうちに何かできることをしておきたいのですが、何かいい方法ありますでしょうか。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:“不平等で非民主的な統治秩序”が導入可能となっている、もはや「なんでもあり」の会社法
かつて、商法の一部として定められていた株式会社に関する法典や有限会社法が、
「会社法」
という独立した法典にまとめられ、施行して10年以上経過しました。
「商法時代」
から大規模な転換を遂げた会社法ですが、特筆すべき点は、一律にお仕着せの規制をしていた株式会社という組織の運営方法を、株主が自由に設計できるようにしたことで、この点については、革命的な変化ともいうべきものでした。
かつては、
「株式」
という基本的な権利については、内容が法定され、平等で画一的な権利内容として、厳格に定められていましたが、会社法時代になって、株式の権利内容そのものすら、オーナーである株主の一定多数の了解さえ得られれば、その裁量によって自由に設計できるようになりました。

モデル助言:
会社というのは、従来、保有株式数に応じた多数決で運営するという、
「平等で民主的な運営」
を基本原則としていました。
他方、組織というのは、独裁、すなわちワンマン経営がもっとも効率を発揮できます。
リーダー不在の状況で、それぞれの派閥が利害にとらわれワガママを言い出すと、組織なんてあっという間に潰れます。
創業社長が急逝して御家騒動が起こるのは、ある意味、このような
「民主的組織運営」
が必然的に持つ負の側面なんですよね。
旧商法から会社法に移行して以来、こういうジレンマを解消するための道具を用意してくれたので、使わない手はありません。
時期がくれば、三男が徹底した独裁経営ができるよう、今からシステムを整えておきましょう。
もっとも、以上の設計案は、あくまで紛争予防という点に絞ったもので、税務的な判断が別途必要です。
今度、御社の顧問税理士を交えて、詳細の検討に移りましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00039_事件や事故を起こしても、そう簡単に“法的”責任を負担させられることはない

企業が大きな事件や事故を起こしてしまえば、マスコミやネットでは、理由や背景を問わず、すぐさま、バッシングをはじめ、その結果、当事者企業は、大きな社会的非難や道義的非難が加えられます。

ところで、道義的責任や、社会的責任はさておき、“法的”責任というレベルでは、どうなるのでしょう?

企業が何らかの事件や事故を引き起こしたとしても、民事上の被害者や検察当局が、企業の不始末がに対する各種法的責任を追及するには、実に多くのハードルが存在します。

まず、刑事責任追及のためには、
「どの法典の、どの条文の、どのような禁止行為に該当するか」
を特定した上で、さらに、故意や過失といった主観要件について、捜査当局が、極めて高い立証のハードルを超えて証明しない限り、関係者が刑事責任を負担することはありません。

当該事故を起こした個人ではなく、所属法人である企業を処罰するには、特別の規定が必要ですし、刑事法の解釈にあたっては、類推解釈のようないい加減な解釈手法も一切禁止されます。

また、民事責任についても、故意過失による権利侵害行為を特定し立証するだけではなく、被害者に生じた具体的損害について、逐一証拠により証明しなければなりません。

加えて、損害と言っても、そもそも具体的な損害を明確に特定し、立証する必要がありますし、因果関係がないものや予見し得ないものは賠償の対象から外れます。また、被害者が損害拡大防止措置を講じないと過失相殺されることもあります。

そして、これらの主張や立証を裁判で行うことは、時間とエネルギーを要する、極めて面倒くさい作業です。

当然ながら、被害者の負担において私的に弁護士を雇って、以上のような主張立証課題の克服が求められるのです。

日本には懲罰的賠償制度はありませんので、どんなにひどいケースでも、裁判所が、実際被った損害以上の賠償を命じることはありません。

このように、日本の損害賠償制度は、極めて、加害者にやさしく、被害者に過酷なシステムです。

逆の言い方をすれば、事件や事故を起こした場合であっても、企業側の権利や立場は、ことのほか手厚く保護されており、(道義的責任や社会的責任とは別次元の)法的責任が追及される場面においては、さほど慌てる必要がないですし、逆に慌てる必要がないのに、恐慌に陥り、無用な自白や責任負担の表明をすると、掘らなくてもいい墓穴を掘ることになりかねません。

いずれにせよ、事件や事故が起こしたとしても、まずは、慌てず、環境や状況を冷静に見定め、客観的かつ理性的に展開予測を行い、正しく、賢く対応することが重要です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00038_危機対応においては、道義的責任と法的責任を峻別し、冷静に臨むべき

ある事件や事故がおこり、これに対して何らかの責任がある企業に対しては、事故当初、世間やマスコミから大きな非難が寄せられます。

ですが、社会的・道義的非難が大きいからといって、当該企業が負担する法的責任が当然のように発生し企業が崩壊するか、というと、そうはなりません。

日本を含む資本主義・自由主義体制の国家においては、企業や個人が自由に行動することを、憲法を含めた法律というシステムを通じて最大限保障しているからです。

すなわち、企業や個人の特定の行為に対する法的責任については、極めて限定的かつ厳格なものとすることで、
「企業や個人の予測可能性と行動の自由を確保している」
のです。

「企業や個人の予測可能性と行動の自由を確保している」
という制度的枠組は、市場における自由競争を基礎とする経済社会システムを採用するわが国はじめとした先進諸国においては、国是とも言うべき重要性を有します。

中世暗黒時代や、今なお存在する暴力的な独裁体制の国家などでは、まさしく、この
「企業や個人の予測可能性と行動の自由を確保 」
という点がおざなりにされているか、体制側として忌避しており、このことが、経済成長や社会発展の足かせになっています。

すなわち、
中世暗黒時代や、今なお存在する暴力的な独裁体制の国家においては、
「お前は魔女だ」
「君の行いは反キリストだ」
「あいつの行いは不敬罪に問うべきだ」
「あいつの言動は、反革命的だ」
「この会社の活動は、帝国主義的で、退廃的で退嬰的であり、肉体と精神の退廃を助長する」
などという
「基準なき主観に基づき、検証不能で非知的な評価」
によって、個人の活動や、企業のビジネスを、突然、暴力的かつ一方的に制限したりします。

「企業や個人の予測可能性と行動の自由を確保できない国家ないし社会がどのような末路をたどるか」
という点については、歴史上の事実として、壮大な社会実験に基づく明確な結論が出ています。

すなわち、自由な競争を前提とする市場経済システムと、国家主導の計画経済システムとの優劣がかつて競われましたが、後者を標榜したソヴィエト連邦が、完膚なきまでに敗北し、その経済システム・社会体制が無残なまでに崩壊しました。

このように、
「企業や個人の予測可能性と行動の自由を確保する」
という制度基盤は、国家の体制選択に直結するほどの価値と意義を有しており、自由主義経済体制を標榜とする我が国で経済活動をする限り、
「道義的責任や社会的責任などという『基準なき主観に基づき、検証不能で非知的な評価』」
によって、個人の活動や、企業のビジネスを、突然、暴力的かつ一方的に制限されるようなことは生じ得ません。

加えて、法的責任についても、弁明も反論も聞かずに、 印象や感触や雰囲気で、 暴力的な迅速性で、一方的に加えられるようなこともありません。

責任を追及する側において、規範を明確に指摘し、規範に当てはめ、故意や過失といった主観要件も主張立証し、さらに、損害の発生とその数額的評価について根拠とともに示さないと、いかに許しがたい厄災を引き起こした加害者といえども、情緒的な雰囲気に基づいて法的責任を問われるようなことはありません。

言い換えれば、道義的責任や社会的責任とは違い、法的責任の射程は極めて狭いということになります。

よく、新聞やテレビや雑誌等のメディアにおいて
「○○社には道義的責任がある!」
「○○社は社会的責任を免れない!」
などという情緒的な論調を耳にすることがありますが、
「事実やエビデンスもなく、手続保障も反論や弁明の機会もなく、道義的責任や社会的責任といった、定義も内容も適否も属人的で客観性も乏しい、その程度の非難を情緒的に叫ぶだけが精一杯」ということは、裏を返せば、
「責任を追及する側において『○○企業には法的責任を負わせることはできない』とギブアップした状況を自白している」
のと同じです。

無論、株式公開企業や、消費者相手の商売をしている企業の場合ですと、
「道義的責任」
「社会的責任」
を取り沙汰されただけで、株価の下落、消費者のボイコット(不買運動)、ネットの炎上といった非法律的リアクションによって、相応のダメージを被る場合が生じ得ます。

とはいえ、株式を公開していない、B2Bビジネスしかしていない、部品メーカーや素材産業等であれば、道義的責任や社会的責任といった非法律的非難をされたところで、せいぜい新卒採用の際に、学生の人気が低下して、採用活動に支障が出る、といった程度の被害だけで、具体的なダメージは想定されません。

ですので、企業が何らかの事故を発生させて、世間やマスコミからのバッシングが生じたとしても、無駄に無益に慌てず、
「危機」の内容や程度
を具体的かつ客観的に見定め、慌てず、冷静に行動すべきであろう、と考えられます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00037_企業法務ケーススタディ(No.0008): “事件”ではなく“事故”を起こしただけなら、“道義的”責任は生じても、“法的”責任は生じない

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社ジャイアント・シッパー 江戸川 登(えどがわ のぼる、41歳)

相談内容:
先生、先生、先生、たっ、たっ、大変なんすよ~。
どうにかしてくださいよ~。
落ち着けって? そんなの無理すよ。
いや、どうもこうも。
今日、でけえ荷物運ぶ仕事があって、いつものようにウチの現場の人間に、利根川に船、出させたんですよ。
いや、その荷物って、動物園からの依頼で、キリンなんですけどね。
で、キリンだから、当然背丈が高いわけですよ。
頑丈でとんでもなく背丈の高い檻を船に載っけて、ドンブラコ、ドンブラコ、って運んでたわけですよ。
船長やらしてたのは、ベテランですが、上に送電線があるのをすっかり忘れてキリンの檻にひっかけやがって。
そうそう、今朝の東京の大停電。
それウチなんです。
え? ウチが株式公開してるかって?
ちょっと前、株式公開目指すなんて大きなこといってましたっけ。
あんなの銀行や取引先に対するホラに決まってるじゃないすか。
ええ、ウチは正真正銘の非上場ですよ。
てゆうか、そんなことどうでもいいんですよ。
とにかく、電話はじゃんじゃんかかってくるわ、テレビレポーターは押しかけるわ。
もう、だめ。破産ですよ。
破産。
助けてくださいよ~。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:法的責任と道義的責任
江戸川さんは、相当あせっておられますが、まず、冷静になる必要があります。
ある事件や事故がおこり、これに対して何らかの責任がある企業に対しては、事故当初、世間やマスコミから大きな非難が寄せられます。
ですが、社会的・道義的非難が大きいからといって、当該企業が負担する法的責任が当然のように発生し企業が崩壊するか、というと、そうはなりません。
法的責任と道義的責任は別物ですから。
道義的責任や社会的責任とは違い、法的責任の射程は極めて狭く、故意や過失まで、責任追求側が全て立証できて、はじめて、民事責任や刑事責任等が生じるのです。
故意・過失が立証できていない段階、あるいは、故意・過失すら不明で疑いの段階であれば、それは、事件ではなく、事故に過ぎません。
法的責任がない、あるいは法的責任が不明にもかかわらず、自ら、法的責任を認めて墓穴を掘るような(戦略的に)愚かな真似さえしなえければ、特段、窮地に陥ることはありませんし、慌てる必要もありません。

モデル助言:
そんなに焦ることはないですよ。
御社が株式公開企業だったら、売りが殺到で株価についてダメージを被りますが、幸い、御社は株式非公開です。
また、御社の商売は、消費者相手のいわゆる
「BtoC」ビジネス
ではありませんので、取引先関係だけしっかり関係維持しておけば、経営に影響があるということはないでしょう。
船長さんは、警察に呼ばれると思います。
ですが、
「過失による器物損壊」
を処罰する規定は刑法にはありませんので、特殊な業法違反で何らかの行政処分を受けるくらいは想定できますが、それほど大事にはならないと思います。
とはいえ、世間の評価をわざわざ下げることもないでしょう。
とにかく、
「道義的責任を痛感する」
とかいう法律上無害なコメントを出して、平身低頭、嵐が過ぎるのを待ち、損害賠償請求等も、会社の経営に与えない程度に賠償枠を予算として確保し、法的に明らかなものに限り、適宜の処理をするという方針で参りましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00036_未払残業代の請求については、短期の時効を援用して請求を一部でも拒否すべき

労働債権は比較的短期の時効に服します。

すなわち、労働基準法115条で、賃金債権(残業代請求権を含む)は2年で時効になりますので、2年(*)より前の債権の請求をされたら、すかさず時効を主張(時効を主張することを、法律用語で「援用」といいます)すべきです。

(*法改正により、2020年4月1日以降に支払日が到来した賃金請求権(残業代請求権を含む)の消滅時効完成までの期間は、3年に変更されています。2020年3月31日までに支払日の到来した賃金請求権(残業代請求権)については、2年の消滅時効が適用されます)

なお、時効が完成した債権であっても、承認したり、その一部でも支払ったりすると、時効が援用できなくなります。

この
「時効」や
「時効の援用」や
「時効援用権の喪失」
といった制度ないし法理は、紛争法務の実務担当者にとって、すべての民事紛争において常に念頭に置いておくべき最重要なものです。

時効の利益を援用する権利を喪失してしまうと、
「2年待って、せっかく完成した時効の利益をフイにして、2年より前の未払残業代の支払いを余儀なくされる」
ということになりますので、労働債権に関しては、不利益を被る側(債務者側、企業側)として、十分な注意と警戒が必要となります。

流石に、プロの弁護士で、
「時効が完成して消滅させられる債務をわざわざ承認したり、一部弁済したりして、時効の完成した債務を復活させてしまう、愚劣極まりない失態」
に及ぶような手合はいないと思います。

ただ、このあたりの法律の仕組みをよくわかっていない、
「法律の素人」
の企業の人事担当者・労務担当者が案件を取り扱う場合や、企業が弁護士ではない非資格者(行政書士等)からアドバイスを受けたりしている場合等においては、
「お金に困っていて可哀相なので、少しだけ払っておきました」
などという愚劣な行為に及び、
「万事休す」
の状態に陥るケースがあったりします。

そうなると、一部弁済を理由に、せっかく完成した時効の効果を援用する権利を喪失して、かなり前にさかのぼって全額払わされる、ということも生じ得ます。

時効の取扱は、かなり慎重さを要しますので、面倒臭がったり、素人や非資格者が生兵法で適当な対処をするのではなく、しっかりとしたプロの弁護士のアドバイスに基づいて適切に対処することが推奨されます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00035「残業代を払うことなく延々と労働を強制できる、経営者にとって夢のような労働者」である、“管理監督者”とは?

労働基準法第41条は、
「監督若しくは管理の地位にあるもの(いわゆる「管理監督者」)」
について、労働時間、休憩および休日に関する規定の適用の除外を認めています。

逆にいえば、
「管理監督者」
に該当するような従業員に関し、法は過酷な残業を許容している、ということができます。

とはいえ、違法残業をさせるため、入社半年の従業員に
「明日から、君は管理監督者だ」
なんていうことは許容されるはずもありません。

管理監督者は、
「経営と一体的な立場にある者を指し、名称に関係なく、その職務と職責、勤務態様、その地位にふさわしい待遇がなされているか否か等、実態に照らして判断すべき」
とされており、法律が想定しているのは
「仕事さえきちんとしていれば、平日にゴルフに行っても、文句を言われないくらいのエグゼクティブ」
だと思われます。

ちなみに、店をほっぽりだして平日にゴルフに行けるような店長は別として、ファミレスやファーストフードの店長もただの従業員であり、
「経営と一体的な立場にある者」
とはいえませんので、管理監督者と一方的に考えて無闇矢鱈と残業させることは危険です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00034_サービス残業は単なる違法行為

企業経営者の中には、
「従業員たる者、滅私奉公の精神を持つべきで、サービス残業など当たり前」
との戯言を平然とおっしゃる方がおられます。

ですが、
「サービス残業」
というと聞こえはいいものの、
「客観的には企業が支払うべき残業代を支払っていない」
という事実に変わりなく、つまるところ
「労働基準法違反の常態化」
という違法行為を企業として明示または黙示に是認しているにすぎません。

賃金は、残業代を含め、正確に計算して全額支払うことが法律上の義務として定められており(賃金全額払の原則、労働基準法24条)、これに違反すると罰則も課され得ることが定められています(労働基準法120条1号)。

実際、サービス残業が基準監督署調査で露見しても、なおも
「こんなもん払えるか!」
と逆ギレして、無駄にお上(厚生労働大臣)に楯突く、よくわかっていない企業を見かけます。

こんなことをやったところで、返す刀で、書類送検され、新聞沙汰になったり前科持ちになるだけで、
「空気の読めないどんくさい企業(の経営者や人事責任者)」
というアホ姿を世間に晒す結果が待っているだけです。

書類送検ですし、起訴猶予、執行猶予、せいぜい罰金前科ですから、
「たいしたことない」
といえばたいしたことない(もちろん、個々人の感受性によります)のですが、ずっと後になって、叙勲選考の際に、この黒歴史が仇となって、勲章もらえなかったりすることもあります(無論、こちらも、勲章なんてもの欲しがるかどうか、という点も、個々人の感受性によります。私は、もらえるなら、ぜひとも欲しいですが)。

この種の違法の常態化を解消するのは実に簡単で、残業管理を適正に行ない、残業が不可避な業態の場合
「三六協定」
の締結を含めた法令遵守を実施し、きちんと残業代を支払うことです。

残業代を現実に支払うと事業として維持できないようであれば、基本給の見直しを行なって従業員に不利益変更に応じてもらうか、それもできないのであれば事業自体止めるべきです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00033_企業法務ケーススタディ(No.0007):“訳あり”で辞めた不良社員から、「未払残業代を支払え」といわれた

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
どっきり寿司チェーン オーナー 大瀞 炙郎(おおとろ あぶろう、46歳)

相談内容:
先生、ちわっす。
景気はどうかって?
いやもう、絶好調ですよ!
銀座に今度新しい店オープンしましたから、ぜひ一度来てくださいよ。
新鮮なネタ用意させておきますから。
といっても、回転寿司ですから、雰囲気的にはイマイチですが、そこんとこは勘弁してください。
今日来ましたのはね、実は、ちょっと前まで神田店の店長やらしてた奴がいまして、先月
「身体がもたねえ」
つって退職しやがったんですがね、その野郎、弁護士に依頼して、
「入社してから辞めるまでの5年分の残業代が未払いだ。
すぐに払え。
払わないと訴訟を提起します」
なんて、御大層な内容証明郵便でぬかしてきやがったんですよ。
そんなバカな話あるかって感じですよ。
そいつ、板前やってたんですが、前の店、女将さんに手ぇ出して追い出されたんで、オレがひろってやったようなもんなんですよ。
給料だって、800万円もやってたんですぜ。
店のレジちょろまかしやがっても、多少ことは目ぇつむってきた。
なのに、なんだよ、これ、って感じですよ。
ったく。
こんなの払わなくていいですよねぇ? 先生?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:サービス残業は単なる違法操業
相談者は、
「従業員たる者、滅私奉公の精神を持つべきで、サービス残業など当たり前」
という前提認識を持っておられるようですが、賃金は、残業代を含め、正確に計算して全額支払うことが法律上の義務として定められており(給与全額払の原則、労働基準法24条)、
「サービス残業」
という状態は、単なる違法状態の恒常化を示すものにほかなりません。
また、
「店長」
という肩書も、管理監督者に該当するかどうか、問題になり得ますが、実際の認定実務では、かなり高給で地位の高い者を除き、そう簡単に認定してくれません。
会社のお金をくすねていた、という点も、横領の事実を5W2H で具体的に立証できる痕跡があれば格別、
「なんとなく怪しい」
程度では、戦う武器としてはかなり脆弱といえます。
最後に、賃金債権は2年の時効にかかりますので(労働基準法115条)、これは援用して、請求を一部縮減すべき、ということになります。

モデル助言:
残念ながら、どっきり寿司としては、時効にかかっていない2年分残業代を支払わなければならない。
まあ、時効を援用して、請求を5年分から2年分に減らしただけではちょっと芸がないですから、和解を目的として、少し法廷で暴れてみましょうか。
和解交渉の際のカードに使う前提で、店のレジから勝手にお金を盗んだ件は、被害届を出し、損害賠償請求をしましょう。
それと、在職中、他に問題なかったですか?
なるほど。
セクハラとかもあったんですね。
それじゃあ、そちらの件も事実聴取の上、こちらから先行して訴訟をしかけましょう。
こちらが先手を取った後、相手は未払残業代を払えなどと反訴をしてくるでしょう。
その際は、認められない可能性はあるものの、戦略上、管理監督者性の主張は出しておきましょう。
あとは、裁判官を味方につけて、残業代を極力値切っていきます。
とはいえ、残業管理をせずにだらだら残業させておくような御社の体質は問題ですので、早急に、コンプライアンス体制を整えるべきですよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

00032_企業法務ケーススタディ(No.0006):銀行支店長から持ち込まれる投資案件には要注意

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
有明製パン株式会社 オーナー 有明 聡子(ありあけ さとこ、61歳)

相談内容:
先生、ごきげんよう。
ところでね、先生ね、今日はちょっと先生のご意見をうかがいたいんです。
芝浦に長年使っていないパン工場跡地があるんですけどね、最近、また不動産市況がいいみたいで、都心に新築マンション作ると結構いい値段で売れるそうなんです。
当社は、バブル期に等価交換やらサブリースやら銀行に散々騙されましたんで、今度は、人に頼らず自分でやろうと思いまして、工場跡地マンション作って売りに出そうと思ってるんですの。
雑誌で読んだんですけど、所帯染みたマンションじゃなくて、デザイナーズマンションっていうんですか、ナウなヤングの情報発信基地みたいな、え?
今そんな言葉使わない?
あ、そ。
ま、ようするにハイカラなマンションなんですのよ。
そういうのつくると、バカ売れするそうですのよ。
それで、先日、この計画をメインバンクの“よこしま銀行”の支店長に話したところ、
「是非、この会社を使ってください。
もう、ナウなヤングにバカ受けのマンション作らせたら、ここ、ほんと、バッチグーです」
なんていって、よこしま銀行さんがメインバンクやってらっしゃる建設業者を紹介してきたんです。
中堅ゼネコンで、”ツキナミ建設”っていうんですが、パッとしないし、なんか公共工事減って経営苦しいって噂聞くし、私としては、正直、二の足踏んでるんですけど、よこしまの支店長は、
「ツキナミさん使っていただければ、建設資金の融資についてはどのような相談にでも乗ります」
なんていってるんです。
先生、どう思います?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:銀行紹介の取引案件の危険性
このケースは、バブル期(といってもかれこれ10年以上前の話ですが)に実際あった事件を参考にしたものです。
バブル経済においては、銀行がいろいろな商品を紹介してくれました。
銀行の支店長室に取引先を呼びつけ、
「完成もしていない(その後も完成しなかった)ゴルフ場でプレーする権利」

「株式市場が冷え込むと大損するような危険な保険商品」
やらを、
「今、買わなきゃバカですよ」
なんて言葉とともに紹介し、買うカネがないと、ご丁寧に融資までしてくれました。
当時、銀行法には、銀行業以外やっちゃいけないというルールがあったのですが(当時の銀行法12条)、
「そういうくだらないルールを守っていたら、健全な金融資本主義は発展しませんよ」
なんて言葉が返ってくる。
バブル時代って、そんな時代だったようです。
「泣く子と地頭には勝てない」
などという諺がありますが、裁判においても
「役所と銀行には勝てない」
という不文律があります。
銀行や役所は、もともと頭がいい上、あらゆる局面で言質を取られない慎重さがあり、加えて、
「役人と銀行員とインディアンは決して嘘をつかない」
という認定則があると思われるぐらい、裁判所では行員の証言は100%信用されます。
設例で参考にした事件は、
「銀行が債務超過の建設業者を契約の相手方として取引先に紹介し、一旦はビル建設を断念した取引先を翻意させてまで契約させ、債務超過という事情を知らない原告に融資金を建設業者の口座に振込ませ、銀行は不良債権を優先的に回収しておきながら、建設業者が破産しても知らんぷりした」
なんてひどいケースでしたが、高裁では銀行が勝訴しています。

モデル助言:
「晴れのときに傘貸して、雨のときに傘を返せというのが銀行」
なんていいますが、資本主義社会において、銀行ほどしたたかな企業はありませんが、有明さんもそういうしたたかなところは多いに見習ってくださいね。
ゴルフ会員権であれ、変額保険であれ、銀行が盛んに勧めることに真に受けると、たいてい待っているのは地獄ですから、警戒は怠らない方がいいでしょう。
ツキナミ建設が万が一つぶれると、マンション建設は頓挫しますが、よこしま銀行としては、そういう場合でも、貸し付けた建設資金はどんなことをしてでも回収してきます。
そこで、こういうのはどうでしょうか。
よこしま銀行さんに対して
「そんなにツキナミ建設を勧めるのであれば、ツキナミ建設が履行すべき施工義務について連帯保証人になってくれ。
それが無理なら、ツキナミ建設が破綻してマンション建設が頓挫した場合、貸金の返済義務を免除するとの念書を差し入れろ」
と言って、踏み絵を差し出すのです。
こういう踏み絵に躊躇するということは、
「ツキナミ建設を勧めるが保証はしない。
ツキナミ建設が破綻しても、建設資金として貸した金は返してもらう」
と言っているのと同じですよね。
そうやって、よこしま銀行の本音をまず確認してから、今回の話を進めるかどうか判断すべきですね。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所