00005_法令管理業務の概要

リスク管理活動の一種である企業法務においては、個別の法務活動を十全に展開する前提として、まず、適正なリスクアセスメントを行うことが重要です。

これは、一般的事業活動や、プロジェクトマネジメントにおいても、アセスメントや、フィージビリティ・スタディといった、ゲームルールやゲーム環境が、前提課題・先決課題として、意識的に先行されるのと同様です。

すなわち、企業法務を行うためのゲームルールやゲーム環境を把握する活動として、法令や規制環境の把握・管理が必要になります。

具体的には、企業活動に関わる法令・通達・条例のほか、裁判例や実務面での取扱慣行に関する情報の収集・整理が求められます(法令管理あるいは法令調査)。

そして、このような情報は、企業の属する産業分野や、企業の属する事業段階ごと、さらには企業の規模や上場・非上場の別によっても異なりますので、各企業の法務セクションや顧問弁護士(契約法律事務所)が意識的に収集・整理し、日々の法務活動に利用できる状態に置く必要があります。

また、法令や規制環境の調査・情報収集・整理といった規範の管理に加え、法が
「具体的事実を前提に、これを特定の規範にあてはめて、特定の法的効果が生じるか否かを観察する」
というロジックに立つ以上、規範にあてはめるべき具体的事実、すなわち、
「個々の企業活動がどのような状況になっているか」
という点の非法律的アセスメント(事実調査)も必要になる場合が出てきます。

このような事業活動を経済性や合理性の側面から状況把握や実体把握していく、という非法律的プロセスも法務の重要なオペレーションを構成します。

特に、この点は、顧問弁護士等の社外の専門家の手が十分回らないところであり、企業内部の専門集団である企業法務部が真価を発揮する場面です。

一般のビジネスパースンにとっては、裁判や紛議の場面で、弁護士は、法解釈や理屈を振り回しているだけのように誤解されているかもしれませんが、裁判や紛議の場面では、具体的事実とその痕跡たる証拠が決定的であり、また、法解釈は、裁判官の専権であり、弁護士が介入する余地はほとんどありません。

「汝(当事者や弁護士)、事実を語れ、我(裁判所)、法を適用せん」
という裁判手続きにおける役割分担の本質を描写した法格言のとおり、弁護士は、有利な法適用の前提を整えるべく、事実の把握と、痕跡の収集に奔走します。

その際、弁護士が必要とする事実や状況を、
「言語化され、文書化され、痕跡がされた、客観的記録」
として整理された資料を、
「戦闘に必要な武器弾薬等の軍需物資」
として、銃後で調達し、最前線で戦う弁護士に適時適切に届けるのが、有事における企業法務部の中心的機能・役割となります。

そして、これができるのが、法的な考え方を弁護士と共有でき、
「法律」
という特殊言語・特殊文化を理解でき、企業活動に日常的にかかわっている企業法務組織のスタッフです。

その意味では、企業活動を法的側面から把握し、また、法適用の前提として、企業活動の実体や状況を
「ミエル化・カタチ化・言語化・文書化」
して把握する活動は、企業の法務安全保障という点からも非常に重要な意味と価値をもちます。

なお、文書や記録だけの理解・把握では不十分な場合もあります。

今後問題が発生しそうな事案や、新しいプロジェクトに関しては、関係書類を精査してビジネスゴールや状況把握に努めるとともに、時には、法務スタッフがオン・サイト・スタディー(実地調査)を行う必要も出てきます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00004_「企業法務」の具体的内容>経営政策・法務戦略構築フェーズ(フェーズ2)>戦略法務(規制不備状況の積極利用)(フェーズ2B)

「戦略法務」
の定義や内容については、論者によって内容が異なり、相当混乱がみられます。

論者によっては、
「戦略法務」
を、
「経営戦略に法の知見を活用する法務活動」
と捉えて、私が定義する
「経営サポート法務(提言法務・提案法務)」
を指す場合もあるようです。

しかしながら、著者の概念整理上の見解としては、
「戦略」
という言葉における
「徹底した競争優位を指向し、ときに相手を出し抜くことも辞さない」
というアグレッシブなニュアンスを重視し、
「戦略法務」

「規制不備状況を積極的に利用するような法律技術」
と定義することとします。

すなわち、現代型法務活動として、
「『規制不備、すなわち、法の不備や盲点、さらには行政機関による運用不備や特異な業界慣行により生じた事業機会』を俊敏に捉え、法務上の知見を戦略的・意識的に活用することで、競争相手を出し抜いたり、他業種へ参入したり、従来の暗黙のルールや商慣行を打破する事業展開を行いながら、企業の競争優位を確立していくようなプラクティス領域」
が発展・確立されてきました。

もちろん、このようないわば“あざとい”法律の活用法は、ライブドアや村上ファンドの事例にみられるように、(法律的非難とは別次元の、非法律的という言い方もできる)社会的非難を誘発し、全体としての企業価値を低下させたり、無用な敵を増やしてしまい、事業運営における有形無形の障害・妨害を発生させたり、と思わぬリスクを生じることもあります。

しかし、
「自らの利益を最大化するため、法律が許容する範囲で、ありとあらゆる選択肢を探し出し、営利を追求する」
というのは企業本来のあるべき姿ですし、少なくとも、
「聞いたことがない」
「従来の慣行に反する」
「世間が許さない」
「行政に対してそういう態度をとると“江戸の仇を長崎で討つ”といつた報復をされる」
という不明な理由を持ち出し、合理的で有益な選択肢であるにもかかわらず、
「端から除外し、検討すら忌避する(あるいは検討する努力を放棄する)」
などということは、
「法的知見をもって企業の営利活動に奉仕する」
という目的を担う企業法務のあり方として極めて不健全です。

したがって、私としては、
「戦略法務」
を肯定的に捉え、積極的に観察し、解明し、評価し、議論の対象としていきたいと思います。

なお、このようなアグレッシブな法活用戦略は、
「公言すると、かえって企業の評判を落としかねない」
という要素もはらんでいます。

そのため、戦略法務を積極的・意欲的に活用する企業は、どの企業も、戦略の詳細を秘匿するか、IR等で開示する際も本来の意図や狙いとは違った表記によって事実上仮装隠蔽し、社会的な非難・批判をかわそうとします。

このようなことから、戦略法務の実態は、極めて把握が困難であり、その研究が遅れ、いまだ定義の混乱を招いている状況となっていると考えられます。

著者としては、採取可能な情報やデータに加え、企業法務研究を志す研究者や実務家等との各研究主体が、様々な事案遂行経験の臨床過程で獲得した知見やより深い実務研究に基づき、なかなか実態把握が容易ではない
「戦略法務」
の内実に迫り、豊富な実例データを蓄積し、これを整理体系化し、その内容を解明していくべきであろう、と思います。

【図表】(C)畑中鐵丸、(一社)日本みらい基金 /出典:企業法務バイブル[第2版]
著者: 弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00003_「企業法務」の具体的内容>予防対策フェーズ(フェーズ3)>予防法務その2・コンプライアンス法務(内部統制システム構築・運用法務。企業の法令違反行為に起因する不祥事予防のための法務活動)(フェーズ3B)

法務活動の中で、現代型企業法務の中核である予防法務、すなわち、トラブル予防のための法務活動が挙げられます。

予防法務は、契約事故・企業間紛争を防ぐための予防活動(契約法務)と、法令違反を防ぐための予防活動(コンプライアンス法務)とに分類されますが、後者、すなわち、内部統制システムを構築・運用し、法令違反を防ぐための予防活動(コンプライアンス法務)も、現代の企業法務において極めて重要なオペレーションを構成します。

前者(契約法務)に関しては、契約自由の原則に立脚し、企業の優位を確立するため、提案された契約書のリスク・シミュレーションとリスク・コントロール(リスクの回避・移転・保有等)を行い(契約書精査)、契約条件について利己的・功利的に交渉し(交渉法務)、その成果を緻密に文書化していくこと(契約書作成法務)が活動のポイントとなります。

内部統制システムを構築・運用し、法令違反を防ぐための予防活動(コンプライアンス法務)も、リスクの発現を予防する、という意味において、予防法務活動であることは契約法務と共通点があるものの、働きかけの対象やアプローチ等が異なります。

契約事故を防ぐ契約法務の場合、リスク発現の起点が社外の契約相手方であるところ、企業の法令違反等の企業危機や不祥事というリスク発現の起点は、社内の役職員の規律から逸脱した行動にある、という点が顕著に異なります。

すなわち、内部統制システムを構築・運用し、法令違反を防ぐための予防活動(コンプライアンス法務)における予防を働きかける対象は、自社内の役員や従業員である、という点であり、リスクを理解させ、行動を規律させ、規律から逸脱した行為や計画を早期に発見・抑止し、あるいはすでに行われた不正等を規模が大きくなる前に早期発見して被害軽減措置を取り、さらに、不正等を行った役職員に対して適正に是正措置や懲戒措置を与える、という、内部管理活動がその内実となります。

この、内部統制システムを構築・運用し、法令違反を防ぐための予防活動(コンプライアンス法務)を推進する上で、最大の障害となり得るのは、楽観バイアスや正常性バイアス、あるいは性善説に基づく、認知や状況理解・解釈における不全状態です。

「当社の役職員は皆誠実で善良であり、法令や内部規律を破るような悪い人間は皆無であるので、これと逆の想定に基づく、予防措置など不要で無用」
という誤認識によって、コンプライアンス法務がおざなりになったり、あるいは、この種の法務活動を一切行わない、という態度決定がなされることが多くの企業において見受けられ、この前提誤認によって、潜在的な企業危機・不祥事リスクが増大していきます。

パソコンでもスマホでもAI(人工知能)でもない、一介の
「動物」に過ぎない人間
は、生きて活動する限り、ルールやモラルと本能が衝突したときには、本能を優先します。

したがって、人間は生きている限り、法を犯さずにはいられません。

このことは歴史が証明している事実です。

また、そのような人間の集合体である組織も同様、本能、すなわち営利社団である企業の本能である
「営利追求」
と、法が衝突した場合、いとも簡単に法が無視され、破られます。

「たとえ、赤字転落しても、正直に赤字決算を発表しようよ」
「どんなに切羽詰まっても、また、どんなに実質的に影響がないということがあっても、杭打ちデータのコピペは良くないからやめとこうよ」
「会社がつぶれても、我々の生活が破壊され、家族一同路頭に迷うことになっても、守るべき法や正義はある。ここは、生活を犠牲にしても、法令に違反したことを反省して、社会や外部からいろいろといわれる前に、非を認めて、責任をとって、会社を早急につぶそうよ」

企業に集う人間たちが、そんなご立派なキレイゴトを、意識高く話し合い、高潔に、自分の立場や生活や財産を投げ打って、家族を犠牲にしてでも、法を尊重していく、ということはおよそ考えられません。

人が群れると、
「互いに牽制しあって、モラルを高め合い、法を尊重する方向で高次な方向性を目指す」
どころか、
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」
という方向で、下劣な集団意識の下、理念や志や品性の微塵もない集団行動が展開することが圧倒的に多く見受けられます。

ましてや、企業という生き物の本能は、会社法が明確に定義づけるように
「営利の追求」
です。

弱者救済でも、差別なき社会の実現でも、社会秩序や倫理の発展でも、健全な道徳的価値観の確立でも、世界平和の実現でも、環境問題の解決でも、人類の調和的発展でも、持続可能な社会の創造でもありません。

こういう前提認識を明確にもち、
「常にかつ当然に、企業内には、組織に属する役職員によって法が破られ、不正が発生する可能性、危険性が具体的かつ現実的に存在する」
という想定の下、これらのリスクを、早期に発見し、大きくなる前に是正し、再発しないような仕組みを考え、実行し、ということを繰り返す活動が求められます。

日本最大の従業員数を誇る企業であるトヨタの正社員数は37万人とも言われます。

和歌山市や長野市にも匹敵する人数です。

和歌山市長や長野市長が、
「我が市民皆は、誠実で善良であり、法を破るような悪い人間は皆無である」
などといって、刑罰法規も、警察も検察も裁判所も廃止し、治安維持や犯罪検挙・刑事司法等を一切やめてしまったら、どのような事態が起こるか。

相応の規模を有する企業が、
「当社の役職員は皆誠実で善良であり、法令や内部規律を破るような悪い人間は皆無であるので、これと逆の想定に基づく、予防措置など不要で無用」
という考えで、コンプライアンス法務推進を懈怠するのは、これと同様の危険性ある選択であり、現実としても、牧歌的な性善説に依拠して、コンプライアンス法務をおざなりにしてきた企業が、軒並み不祥事や企業危機を発生させ、中には、破産や廃業に追い込まれたところも少なくありません。

いずれにせよ、内部統制システムを構築・運用し、法令違反を防ぐための予防活動(コンプライアンス法務)は、今世紀において、企業の存亡の鍵を握るといっても過言ではないほどの緊急性と重要性を帯びるテーマであり、企業のゴーイング・コンサーン実現のため、しかるべき形で、体制整備と資源動員を行い、推進する必要があります。

運営管理コード:CLBP23TO24

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00002_企業法務の射程範囲の広さ

現代のビジネス活動を支援するにふさわしい企業法務活動は、具体的にどのような活動を含むのでしょうか。

その射程範囲について述べていきます。

企業法務とは、企業経営に関わる法律業務全般を指しますが、活動理念や具体的活動内容、社外専門家との協働の要否等は扱う分野によって、大きく異なります。

例えば、他企業との取引や提携等を法務面から支援するという活動の場合、契約自由の原則が働くため、いかに交渉優位を勝ち取り、合意内容の書面化の段階で自己の要望を契約書に反映させるか等、徹頭徹尾、功利的・戦略的対応が求められます。

また、許認可取得の是非を巡る行政機関との折衝や違法不当な行政処分や行政指導へ対応する場合であっても、営業の自由(憲法22条1項)の観点から、違法不当な行政処分等に対しては、企業の正当な主張が展開できるよう法律技術面から支援しなければなりません。

他方、社内に企業の法令違反行為に起因する不祥事の萌芽が存在する可能性については厳しく目を光らせるとともに、役員・従業員個人の暴走が企業組織全体の危機に波及しないよう、内部統制システムを適正に構築し、厳格に運用しなければなりません。

契約事故・企業間紛争や企業の法令違反行為に起因する不祥事が訴訟等に発展した場合は、社外専門家である弁護士と協働し、必要な主張や証拠システムを適正に構築・整理し、裁判所等に対して効果的なプレゼンテーションをすることにより、判決なり和解なりの形で企業にとって有利な解決を勝ち取る活動を行います。

このように、一言に
「企業法務」
といっても、企業活動の全ての分野に関わり、多様な活動理念と活動内容を内包しています。

【図表】(C)畑中鐵丸、(一社)日本みらい基金 /出典:企業法務バイブル[第2版]
著者: 弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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00001_広汎で複雑多岐にわたる活動を含む企業法務の整理・体系化

広汎で複雑多岐にわたる活動を含む企業法務ですが、これを混乱したまま取り扱うと、企業として適切な法務安全保障体制が構築できず、大きな法務トラブルが発生しかねません。

その意味では、企業法務に携わる社内外の担当者の頭の整理にとっても、合理的で洗練された企業法務組織によって、企業にとって必要な法務活動を疎漏なく展開するためにも、
「企業法務」
をブラックボックス化したままにせず、
「企業法務」
として括られる複雑で多岐にわたる活動を、明快に整理・体系化していくことが必要です。

この点、
「法務組織の体制構築(A)」
「各法務活動(法務オペレーション)の分析・整理(B)」
「『非法務活動(疑似法務活動)の概念整理(概念区分)』による法務活動の定義外延の明確化(C)」
という視点を用いて、整理をしつつ述べていきます。

これは、コンピューティングに喩えるなら、
「法務組織の体制構築(A)」
とは
「企業法務活動を担うハードウェア構成をどうするか」
という議論であり、
「各法務活動(法務オペレーション)の分析・整理(B)」
とは
「ハードウェアがどのようなソフトウェアを実装し、どのようなシステムオペレーションを行わせることによって、企業の法務ニーズを満たしていくべきか」
という議論であり、
「『非法務活動(疑似法務活動)の概念整理(概念区分)』による法務活動の定義外延の明確化(C)」とは「発見されたバグのようなものをどう評価し、どう処理すべきか」
という議論、ということになります。

【図表】(C)畑中鐵丸、(一社)日本みらい基金 /出典:企業法務バイブル[第2版]
著者: 弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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