00862_日本企業が海外進出に失敗するメカニズム7:アウェー戦は、トップが陣頭指揮して初めて「戦いの体をなす」

中小企業においては
「功成り名を遂げた創業経営者が、老体に鞭打って、現地に乗り込み、環境・言語・文化・商売慣行といった数多くのハンデをすべて呑み込み、文字通り“死ぬ気”で、もう1回、『創業というミラクル』を成し遂げる」
ということくらいしか、海外進出に成功することは想定できません。

これは、別に、私が思いつきで適当に言っているわけではありません。

歴史上も、
「海外進出というか、アウェー戦を闘い抜いて、勝利を収め、領土や国富を増大させるような国家ないし組織」
は、すべからく、前記のようなリーダーシップ戦略を採用しています。

膨張政策を採る国家においては、
「領土拡張紛争の最前線」

「占領によって新たに獲得した地域の近くに本拠地(軍事拠点等、トップが指揮命令をする中枢)」
を移転し、トップ自身もそれまで安穏として暮らしてきた土地を離れ生活の本拠すら移してしまう、という事例が、歴史上の多数散見されるのです。

足利尊氏は、関東出身の豪族でありながら、鎌倉幕府を承継せず、わざわざ
「魑魅魍魎の政敵がウヨウヨいる、アウェーの占領地である京都」
に室町幕府を開きました。

尊氏は、生まれ育った故郷である関東の地(生誕は京都丹後という説もありますが、育った場所が栃木県の足利荘であることは間違いありません)を捨て、敵地ともいえる京都に室町幕府を開いて、死ぬまで睨みを効かせ続けました。

尊氏は、54歳で、故郷から遠く離れた京都二条万里小路第で、戦いの怪我が原因で亡くなりました。

まあ、今風にいってみれば、尊氏さんは、自ら海外進出し、過酷な仕事が原因で体調を崩し、志半ばで亡くなった
「モーレツ社長」
ということになろうと思います。

膨張する軍事国家を率いる織田信長も、本拠地を尾張に留めず、占領目標である京都に近い安土に政治・軍事の中心(安土城)を作りました。

一説には、今後の西国進出を考えていた信長は、京都など目もくれずに素通りし、大阪石山本願寺跡に巨大な軍事要塞の建築を考えていた、とのことです(この軍事要塞構想は、豊臣秀吉に引き継がれ、「大阪城」が誕生しました)。

まぁ、信長も、本拠地を捨てて、海外進出拠点に引っ越し、さらに隣国まで事業を広げようとしたところ、常務なり専務なりの裏切りにあって、異国の地で死に果てた、といったところでしょうか。

最終的には失敗したものの、豊臣秀吉は、朝鮮出兵にあたって、肥前名護屋に一大軍事都市を作り、大阪城ではなく、当該地に実質的な本拠地移転をし、そこから直接指揮命令を行ないました。

以上のとおり、
「海外進出という、もともと勝ち目の少ないアウェー戦を戦い抜くには、ラスボス(ラストボスの略。ゲームの最後に登場する、最強のボスキャラクター)が、当初から陣頭に立って、真剣に取り組む姿勢が絶対必要であり、そのことは歴史上証明された事実でもある」
といえると思います。

他方、これとは逆に、大将が、ラクをして最前線や現場に出ることを忌避した挙句、悲惨な負け方をした例もあります。

関ヶ原で大惨敗を喫した西軍総大将の毛利輝元、大阪の陣で徳川家康に完膚なきまでに敗北して滅ぼされた豊臣秀頼、いずれのリーダーも、陣頭に立つことを忌避し、よく状況がつかめないまま、気がついていたらボロ負けしていた、という憂き目をみました。

これら総大将は、ともに、
「オーナーないし指揮命令の最終責任者たるトップが、安全なところに安穏と居座り、危険な最前線には、手下を派遣して、危険性の高い事業を担わせ、うまく行ったら、その成果のみ手中におさめる」
などと、消極的で、プロジェクトそのものを甘く考えた態度でいたため、負けるべきして負けたわけです。

勝つべきリーダーは、勝敗にとことん執着し、細かなところまで人任せにしませんし、そもそも人をまったく信じません。

「無能な味方、敵より怖い」
ということを知っており、部下に接するスタンスは
「信じて、信じず」
「任せるが、警戒は怠らず、フォローはしっかりする」
というものであり、部下であっても根源的な部分での猜疑心は最後まで捨てません。

「過酷な敵情」

「無責任な部下の無能と懈怠」
この“二軸の潜在的なカウンターパート(仮想敵)”と正対し、二正面作戦を強いられる。

これが、大きな組織のリーダーの立場です。

「自らが負担する想像を絶する責任をビビッドに理解認識し、その上で、最後まで気を抜かず、勝ち抜き、結果を手中にする」
というタイプのリーダーは、安穏とは無縁です。

「リスクも不確実性も高く、失敗したら財産はおろか生命さえ奪われる、戦争」
において、死ぬリスクすら顧みず、最前線に立ち続け、リアルな戦況報告を受け、刻々と変化する戦局を捉えて、膠着した状況に変化をもたらす戦術を試行するなどして、最後まで、すべてを自分が掌握し、人任せを排し、力の限り、命の限り、闘い抜きます。

こういう観点からすると、
「ラクをして、最前線や現場に出ることを忌避し、安全なところに安穏と居座り、危険な最前線には、手下を派遣して、危険性の高い事業を担わせ、うまく行ったら、その成果のみ手中におさめる」
などといったナメた考えであった毛利輝元や豊臣秀頼が、ボロ負けしたのは当たり前です。

ビジネスもこれと全まったく同様であり、
「絶えず変化し、襲いかかるリスク情報を素早く察知し、不確実性を前提にした、試行錯誤の連続」
といった状況での戦いを日々強いられます。

ましてや、海外進出となると、
「住み慣れた土地でのホーム戦」
ではなく、
「言葉も、話も、思いも、常識も、これまでのやり方も全く通用しない、完全なアウェー戦」
です。

海外進出に成功するためには、
「すべての責任と権限をもち、事態対処のための完全な自由裁量を有する、強烈な士気とインセンティブが与えられたリーダー」
が、戦略の修正、ゲーム・チェンジ、マイルストンの組み換え、ときには、目標の変更すら適時・瞬時に行うことを休む間もなく継続することが最低限必要で、これらが出来て、ようやく
「戦いの体をなす」
というレベルにたどり着けます。

油断したり、気を抜いたり、
「任せてはいけないタイプのリーダーに丸投げ」
といった、商売をナメたことをやっていると、たちまち損失が増大し、事業継続が困難な状態に陥ります。

「こんな圧倒的な権限と裁量を前提とするリーダーシップ」
はプロジェクトオーナー、すなわち
「負けたら、即、命より大事なカネや会社を失う」
という痛い目と責任を担っている人間にしか存在し得ません。

人任せにし、適当な報告を求め、快適な日本で
「隔靴掻痒」
の議論をして、遠いところから適当な指示を飛ばしたところで、指示が到達するころには、さらに状況が悪い方向に変化し、命令自体が陳腐になっている。

こんなことを繰り返しているうちに、たちまち失敗を重ね、最後は、這々の体で敗走することになるのです。

番頭・手代レベルに、元手を渡して、
「あんじょうやってこい」
という適当な指示で、成功を夢想する、なんてことをやっても、うまく行く道理がありません。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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