02255_出向社員トラブルの出口設計

出向は、便利です。

人材を活かし、取引先との関係を強め、グループ内の最適配置を実現できます。

経営にとっては、実に使い勝手のよい制度です。

ところが、トラブルが起きた瞬間、その便利さは一転します。

出向元、出向先、本人。

三者が絡み合い、責任の所在が曖昧になり、感情だけが先行する。

そして飛び出すのが、
「懲戒解雇だ」
という言葉です。

しかし、ここで反射的に動けば、会社は火傷をします。

出口を設計しないまま強行突破すれば、ほぼ確実に紛争化します。

出向社員トラブルは、感情ではなく、構造で処理しなければなりません。

1 まず、懲戒権の帰属をミエル化する

最初に整理すべきは、誰が処分できるのか、という点です。

出向は、労働契約が出向元に残る形が原則です。

つまり、懲戒権は通常、出向元にあります。

出向先が日常的な指揮命令をしているとしても、懲戒解雇までできるとは限りません。

出向契約で懲戒権がどこまで委譲されているか。

ここを文書で確認しなければなりません。

にもかかわらず、出向先経営者が激昂し、
「即刻クビだ」
と叫ぶ。

その瞬間に、法務の役割が始まります。

感情をなだめることではありません。

契約と法理を提示することです。

解雇権濫用法理は、想像以上に強固です。

横領や重大な犯罪であれば別ですが、勤務態度不良や能力不足では、いきなり懲戒解雇は極めて困難です。

最高裁判例が繰り返し示してきたとおり、社会通念上相当といえなければ無効になります。

ここを曖昧にしたまま話を進めると、後で足をすくわれます。

2 出口は三層で設計する

出口設計は、三層で考えます。

1 出向関係の終了
2 本人の処遇
3 将来紛争の遮断

この3つを同時に動かします。

1つだけ整えても意味がありません。

まず、出向契約の終了理由をどう整理するか。

「契約期間満了」
なのか、
「合意解約」
なのか。

形式を誤ると、後で不利益処分と評価される可能性があります。

文書化が必須です。

次に、本人の処遇です。

・本体復帰か
・配置転換か
・転籍か

ここで注意すべきは、転籍は労働契約の主体が変わるという点です。

原則として本人の自由な同意が必要です。

給与が下がるのであれば、その合理性と説明プロセスを丁寧に積み上げる必要があります。

追い込んでサインさせる。

これは最悪の一手です。

後から無効主張される余地を自ら作る行為だからです。

最後に、紛争遮断です。

三者間で、未払賃金や損害賠償請求が存在しないことを確認する。

将来請求をしない旨を合意する。

守秘義務を定める。

ここまで落として、はじめて出口になります。

3 転籍は「罰」ではなく「再設計」にする

転籍を使う場合、発想を変える必要があります。

追放ではありません。

再設計です。

能力が合わなかっただけかもしれない。

環境との相性の問題かもしれない。

たとえば、対外折衝が苦手な社員を、バックオフィス業務に移す。

現場向きでない人材を、研修担当にする。

こうした配置転換の延長線上に、グループ内転籍を位置づけます。

そうすれば、本人の同意も得やすい。

実質的な合理性も説明できます。

「ここで終わりだ」
ではなく、
「ここから立て直す」
という物語に変えるのです。

法務は、物語を設計します。

ただし、感情論ではなく、契約と合理性に裏付けられた物語です。

4 法務の役割は、白黒をつけることではない

出向社員トラブルは、しばしば対立構造になります。

出向先は怒り、本人は防御し、出向元は板挟みになる。

ここで正義を振りかざすのは簡単です。

どちらが悪いかを断定することもできるでしょう。

しかし実務は、そこでは終わりません。

会社は、明日も取引を続けなければならない。

社員も生活を続けなければならない。

法務の仕事は、勝ち負けを決めることではなく、損失を最小化することです。

火を消し、延焼を防ぎ、次の一手を打てる状態を作ることです。

出向という制度は、便利な道具です。

しかし、道具は使い方を誤れば凶器になります。

だからこそ、あらかじめ出口を設計しておく。

トラブルが起きてから慌てるのではなく、起きる前提で契約を整えておく。

出向契約の段階で、懲戒権の所在を明確にする。

トラブル時の協議条項を入れておく。

転籍の可能性を見据えたグループ内制度を整備する。

これができていれば、修羅場は激減します。

出向社員トラブルの本質は、人の問題ではありません。

設計の問題です。

ミエル化されていない関係は、必ずもつれます。

カタチ化されていない合意は、必ず争われます。

出口を先に描く。

そこから逆算して制度を組む。

それが、企業法務の腕の見せどころです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02254_ケーススタディ:高裁の「和解」を蹴り飛ばした末の“自爆”_敗訴後に弁護士費用を値切ろうとした管理本部長が受け取った「絶縁状」の衝撃

「高裁で負けた? じゃあ、成功報酬は払わなくていいな。顧問契約も解除だ」。

コスト削減の鬼として知られる管理本部長が、敗訴を機に弁護士費用の“仕分け”を行いました。 

しかし、これは
「虎の尾」
を踏む行為でした。

現代の民事裁判において、高裁での判決負けは、多くの場合
「和解の拒否」
という経営判断の失敗を意味します。

その失敗のツケを弁護士に回した瞬間、弁護士から届いたのは
「割引撤回・定価請求」
の通告と、上告手続きからの
「即時辞任届」
でした。

本記事では、プロフェッショナルへの
「値切り」
が招く致命的なリスクと、弁護士報酬の裏にある
「関係性の経済学」
について解説します。

【この記事でわかること】

• なぜ、「高裁での敗訴」は「和解拒否」の結果であることが多いのか
• 弁護士が提示する「減額案」の正体と、それが「定価」に戻る瞬間のメカニズム
• 最高裁への上告期限直前に「辞任」されることが、企業にとってどれほど致命的か

【相談者プロフィール】

相談者: 株式会社 コスト・カッターズ 管理本部長 切島 修(きりしま おさむ)
業種 : 経営コンサルティング(コスト削減支援)
状況  係争中の訴訟で高裁敗訴。敗訴の責任を弁護士に転嫁し、顧問契約の解除と報酬の減額を通告したところ、弁護士側から強烈なカウンター(反撃)を受けている。

【相談内容】 

先生、頭が痛いです。 

高裁で負けたのを機に、長年付き合いのあった顧問弁護士法人との契約を切ることにしました。 

正直、高裁の裁判官からは
「和解」
を強く勧められていたのです。

「このままだと判決になるよ? リスク高いよ?」
と、顧問弁護士には言われていました。

しかし、私は
「勝てるはずだ」
と強気に出て、和解を蹴り飛ばしました。

その結果が、この全面敗訴です。 

腹の虫が治まらないので、弁護士から提示されていた
「報酬精算案(少し安くした金額)」

「負けたんだから払えるか」
と突っぱね、同時に
「3月末で顧問契約も解除する」
と通告しました。

すると、相手の態度が急変しました。 

「提案を拒否し、顧問契約も解除するなら、割引提案は撤回する。契約書どおりの『正規料金』を全額請求する」
と言ってきたのです。

さらに、
「信頼関係がないから、最高裁への上告手続きも辞任する。今日付けで辞任届を出す」と。

上告期限は迫っているのに弁護士はいなくなるわ、請求額は跳ね上がるわで、パニックです。

これ、一種の脅しじゃないですか?

「高裁敗訴」は、あなたが選んだ道

切島本部長、まずは厳しい現実を直視しましょう。 

ご指摘の通り、最近の民事裁判、特に高裁においては、判決まで行かずに
「和解」
で決着するのが一般的です。

 それにもかかわらず
「敗訴判決」
が出たということは、あなたが
「和解という救命ボート」
を自ら蹴り飛ばし、荒海に飛び込んだ結果に他なりません。

その経営判断のミスを、弁護士の責任にすり替えるのは、あまりに筋が悪いと言わざるをえません。

「割引」は「未来への投資」だった

そして、弁護士からの
「正規料金請求」
は脅しではありません。

「商取引の冷徹なロジック」です。

弁護士が提示していた
「報酬精算案(割引)」
は、あくまで
「今後も御社と良好な顧問関係が続き、将来的にチャリンチャリンと顧問料が入ってくること」
を前提とした、いわば
「お得意様向け特別プライス(長期継続割引)」
だったはずです(最初にその説明を受けているかと思いますよ)。

携帯電話の契約と同じです。

途中で解約すれば、割引は消滅し、違約金や正規料金が発生します。 

御社が
「顧問契約解除(=未来の関係断絶)」

「精算案拒否(=過去の値切り)」
を同時に突きつけた瞬間、弁護士側にとって、御社に割引を提供する経済的合理性はゼロになりました。

「辞任届」という名の兵糧攻め

さらに恐ろしいのは、
「本日付で上告代理人を辞任する」
という通告です。

最高裁への上告には、厳格な期限があります。 

今の弁護士が辞任届を出してしまえば、御社は丸裸。 

大急ぎで新しい弁護士を探し、膨大な記録を読ませ、上告理由書を書かせなければなりません。 

しかし、負け戦の処理、しかも前の弁護士と喧嘩別れした案件を引き受ける弁護士など、そうそう見つかりません。 

これは、
「立つ鳥跡を濁さず」
どころか、
「立つ鳥、兵糧を焼き払って去る」
に近い、プロならではの強烈な“しっぺ返し”です。

【今回の相談者・切島本部長への処方箋】

切島本部長、ここは
「完全敗北」
を認めて、ダメージコントロールに徹すべき局面です。

1 正規料金の支払いと手打ち 

割引が消滅した以上、契約書に基づく
「正規の報酬」
を支払う義務がありますこれを拒めば、泥沼の訴訟になり、さらに傷口が広がります。

速やかに支払い、
「これまでありがとうございました」
と大人の対応で幕を引くのが賢明です。

2 上告断念も視野に入れた決断 

新たな弁護士が見つからない場合、あるいは高額な着手金を払ってまで上告する勝算(高裁の和解を蹴った時点で、最高裁で逆転する確率は隕石に当たるより低いかもしれません)がない場合は、上告を断念し、判決を受け入れることも
「コストカット」
の一環です。

3 教訓:別れ話は「次」を決めてから 

専門家との契約解除は、離婚と同じ。

「条件闘争」

「感情的な決裂」
を混ぜると、高くつくのです。

特に、紛争の最中に味方を後ろから撃つような真似をすれば、自分も返り討ちに遭うことを肝に銘じましょう。

※本記事は、架空の事例をもとに、弁護士報酬に関するトラブルや委任契約解除に伴うリスク管理に関する一般論を解説したものです。 
実際の報酬請求権の成否や辞任の妥当性については、委任契約書の内容や個別の事情により異なります。
個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02253_ケーススタディ:「競合の悪口」と「名簿の流用」は、代金回収不能への片道切符 “攻めの営業”が“法務の墓穴”を掘る瞬間

「契約は取った。商品は納めた。あとは請求書を送るだけ」。 

そう思っていた矢先、顧客から
「代金は一円も払わない」
という内容証明が届くことがあります。

理由は
「御社の営業マンが、勝手に私の個人情報を他社に流したから」、
そして
「競合他社の悪口を吹き込んで契約させたから」。

営業現場が良かれと思って(あるいはノルマに追われて)行った
「情報の横流し」

「競合への口撃」
は、法的には
「契約解除」

「損害賠償」
という巨大なブーメランとなって戻ってきます。

本記事では、たった50万円の売掛金が、営業の不始末によって
「回収不能(取り立てるだけ赤字)」
の不良債権へと化ける法的メカニズムについて解説します。

【この記事でわかること】

• 個人情報の目的外利用が「契約の重要部分の不履行」とみなされるロジック
• 競合他社を「高い」「不当」と腐すことが、なぜ不正競争防止法違反になるのか
• 「損害賠償」と「代金債務」を相殺(チャラ)にする、顧客の最強の自衛策

【相談者プロフィール】

相談者: 株式会社 メデ・コネクション 法務課長 堅山 守(かたやま まもる) 
業種 : 医療・治療院向けシステム販売
相手方: 骨継(ほねつぎ)接骨院 院長 E氏
トラブルの原因: 営業担当者が、E氏の情報を提携団体に流し、かつ競合他社を誹謗中傷して契約を取ったこと。

【相談内容】 

先生、営業部が、やらかしました。

当社のシステム(50万円)を購入したE院長から、
「代金は払わない」
という通知書が届いたのです。

言い分はこうです。 

1 契約直後、頼みもしない団体から勧誘が来た。御社が個人情報を勝手に流したことは明白だ。医療情報を扱う会社としてコンプライアンス違反であり、契約違反だ。 
2 御社の営業は、私が使っていた他社(M社)のサービスを「高い」「不当だ」と虚偽の事実を告げて解約させ、契約を結ばせた。これは不正競争防止法違反(信用毀損)であり、詐欺だ。
3 よって契約は解除する。さらに、情報漏洩や不正競争による慰謝料等の損害賠償請求権と、未払いの代金を「相殺」する。つまり、支払いはゼロだ。

50万円の回収のために訴訟を起こすべきでしょうか?

それとも、営業の自業自得として諦めるべきでしょうか?

「顧客リスト」は料理の食材ではない

堅山課長、この通知書を書いた相手(またはそのバックにいる知恵者)は、相当な手練れと見受けられます。

まず、個人情報の流用について。 

営業マンにすれば、
「提携先にも紹介してあげれば、お互いハッピー」
くらいの軽い気持ちだったのでしょう。

しかし、法的には、これは
「目的外利用」
という立派な契約違反です。

特に、医療・治療情報というセンシティブなデータを扱うシステム会社にとって、
「情報の守秘」
は、商品の性能以前の
「契約の前提(土台)」
です。

土台が腐っている家に誰も住まないように、情報管理ができない会社との契約は
「解除されても文句は言えない」
というロジックは、法的に非常に強力です。

「あそこの商品はダメだ」は、天に唾する行為

次に、競合他社(M社)への誹謗中傷です。 

「あそこのサービスは高いですよ」
「不当な料金ですよ」
営業トークのつもりで言ったこの言葉は、不正競争防止法2条1項14(21)号(信用毀損行為)の地雷をまともに踏んでいます。

「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知」
することは、立派な違法行為です。

これにより、顧客であるE院長だけでなく、悪口を言われたM社からも訴えられるリスクを背負い込みました。

まさに
「一粒で二度苦しい」
状況です。

「相殺(そうさい)」という名の魔法の杖

そして、相手方のトドメの一撃が
「相殺」
です。

「私があなたに払う50万円」

「あなたが私にした不法行為(情報漏洩・詐欺的勧誘)の損害賠償50万円」
を対当額で消滅させる。

これを主張されると、こちらは手も足も出ません。

訴訟は「骨折り損のくたびれ儲け」

では、50万円を取り返すために裁判をやるか? 

答えは
「NO」
です。

50万円の債権回収のために弁護士を雇えば、着手金と報酬で足が出ます(費用倒れ)。 

また、裁判になれば、営業マンが競合他社の悪口を言った事実や、情報を横流しした事実が公になり、会社のレピュテーション(評判)は地に落ちます。 

相手方はそれを見透かした上で、
「文句があるなら訴えてみろ(どうせできないだろう)」
と、高みの見物を決め込んでいるのです。

【今回の相談者・堅山課長への処方箋】

堅山課長、悔しいですが、今回は
「完全敗北」
を認めるのが、最も傷が浅い選択です。

1 請求の断念(沙汰止み) 

50万円は
「高い授業料」
として諦めましょう。

訴訟コストと風評リスクを考えれば、これ以上深追いするのは、傷口に塩を塗るようなものです。

2 M社への飛び火を防ぐ 

最も恐ろしいのは、この件が競合のM社に伝わり、不正競争防止法違反で訴えられることです。

E院長をこれ以上刺激せず、静かに幕を引くことが、M社への延焼を防ぐ唯一の防火壁です。

3 営業現場への「焼き入れ」 

「顧客情報の横流し」

「競合の悪口」
は、熱心な営業ではなく、会社に損害を与える
「背任行為」
であると、営業担当者に骨の髄まで理解させる必要があります。

「口は災いのもと」
と言いますが、今回の営業マンの軽率な口は、
「災い」「損失」
そのものでしたね。

※本記事は、架空の事例をもとに、個人情報保護法および不正競争防止法に関連する取引トラブルの法的構造を解説したものです。 
実際の法的責任や相殺の成否については、具体的な事実関係や証拠状況により異なります。
個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02252_ケーススタディ:解任トラブルの泥沼_元検事の弁護士が告げた“保釈取消”のリスクと、数千万円の報酬請求への対抗策

「弁護方針が合わないため、弁護士を変更したい」。 

被告人にとって正当な権利行使であるはずのこの決断が、時として予想外の紛争を引き起こすことがあります。 

解任された前任の弁護士が、高額な報酬の精算を求め、裁判資料の引き渡しを拒む(留置権の行使)。 

さらに、
「私との契約を解消すれば、監督ご不在となり、保釈が取り消されるリスクがありますよ」
と、元検事としての経験則に基づく“法的見解”を告げてくる――。

依頼者にとっては
「脅し」
とも聞こえるこの言葉に、どう対処すべきか。

本記事では、弁護士交代時に発生しがちな
「金銭と資料」
のトラブルを、感情論ではなく冷徹な論理で解決するための交渉術を解説します。

【この記事でわかること】

• 弁護士が資料を返さない法的根拠「留置権」の正体と限界
• 「保釈取消」への言及が、依頼者にとって最大のプレッシャーになる理由
• 「金銭問題」と「資料返還」を切り離し、冷静に交渉のテーブルに乗せるロジック

【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社 堅牢(けんろう)建設 法務部長 盾山 守(たてやま まもる) 
状況 : 前社長が金融商品取引法違反等の容疑で起訴され公判中(保釈済み)。
トラブル: 弁護方針の相違から、前任の元検事の弁護士を解任。後任弁護士に依頼したが、前任者が事件記録の引き渡しを拒み、数千万円単位の報酬精算を求めている。

【相談内容】 

先生、対応に苦慮しています。 

前社長の刑事裁判において、弁護方針の食い違いから、前任の弁護士(元検事)を解任しました。 

ところが、彼から
「着手金の返還には応じられない」
どころか、
「成功報酬相当額を含めた数千万円の未払報酬がある」
との請求を受けています。

さらに困ったことに、
「全額支払われるまでは、手元にある裁判記録や証拠書類は一切返さない」
と、言われました。

公判準備が迫る中、資料がないのは致命的です。 

また、前任者は
「弁護人が欠ければ保釈の維持が難しくなる可能性がある」
といった趣旨の発言をしており、前社長は
「再収監されるのではないか」
とパニックになっています。

相手は法律と捜査のプロです。言われるままに支払うしかないのでしょうか?

「留置権」という名の“交渉カード”

盾山部長、まずは落ち着いて状況を整理しましょう。 

前任の先生が主張されているのは、民法上の
「留置権(りゅうちけん)」
ですね。

「未払いの費用がある場合、それに関連する物を引き渡さないことができる」
という権利で、時計の修理代と時計の関係などでよく例えられます。

形式的な法律論としては、弁護士費用と預かり資料の間で留置権の成立を主張すること自体は、あり得ない話ではありません。

しかし、ここは
「刑事弁護」
の現場です。

被告人の防御権という憲法上の権利に関わる重要資料を、金銭トラブルの“人質”のように扱うことが、弁護士職務基本規程や倫理に照らして適切かどうかは、大いに議論の余地があります。

「保釈取消」という言葉の重み

次に、
「保釈が取り消されるリスク」
への言及についてです。

元検事という経歴をお持ちの先生であれば、その言葉が依頼者にどれほどの恐怖を与えるか、熟知されているはずです。 

もちろん、監督者としての弁護人がいなくなることが保釈判断に影響する可能性はゼロではありませんが、すでに後任弁護士が決まっている本件において、あえてそのリスクを強調することは、依頼者に対し
「契約維持(または金銭解決)への強い心理的圧迫」
となり得ます。

反撃の狼煙:「金銭問題」と「資料返還」を切り分ける

では、どう対応すべきか。 

感情的に
「脅しだ! 不当だ!」
と叫んでも、事態は膠着するだけです。

プロ同士の流儀に則り、以下のように
「問題を切り分ける」
交渉を行います。

1 報酬協議の継続:
「報酬額については見解の相違があるため、別途、誠実に協議を続けましょう(支払わないとは言っていない)」

2 資料の分離:
「しかし、資料がないことは被告人の防御権を侵害する重大な問題です。金銭交渉とは切り離して、直ちにご返還ください」

3 発言の記録化:
「保釈に関するご発言は、依頼者が強い不安を感じております。交渉の経緯を明確にするため、今後は書面または録音にて記録させていただきます」

「記録」が最強の防御になる

相手が
「法的な権利行使」
を主張するならば、こちらも
「法的な手続き(記録化)」
で対抗します。

「先生のそのご発言、正確に記録に残させていただきますね」 
と静かに伝えることは、どんな大声よりも効果的な牽制になります。

もし相手の発言が、弁護士としての品位を欠くレベル(不当な威迫など)に至れば、それは将来的な紛議調停や懲戒請求における重要な証拠となり得るからです。

【今回の相談者・盾山部長への処方箋】

盾山部長、法外な要求を鵜呑みにする必要はありません。

1 内容証明での通知 

「刑事弁護活動に不可欠な資料の即時返還」
を求める書面を送ります。

金銭問題は別途協議するという姿勢を見せつつ、資料の囲い込みが防御権侵害になる点を指摘します。

2 「リスク言及」への対処 

「保釈取消」
の懸念については、現在の弁護団から裁判所に対し、
「前任者との契約終了に伴う混乱はあるが、弁護体制は万全である」
旨を上申書等で報告し、実質的なリスクを排除します。

3 別ルートでの資料入手 

交渉が長引く場合は、検察庁や裁判所で記録の閲覧・謄写(コピー)をし直す手続きを並行して進めます。

手間はかかりますが、数千万円を支払うよりはるかに合理的です。

相手の
「権威」

「強い言葉」
に動揺せず、事実と法律に基づいて淡々と対応する。

それが、泥沼のトラブルから最短で抜け出す道です。

※本記事は、実際の法律相談事例をもとに、弁護士交代時に生じる紛争の類型と一般的な対応策を解説したものです。
実際の報酬請求権の存否や留置権の成否、弁護士の言動の是非については、個別の契約内容や事実経過により判断が分かれます。
個別の事案については必ず(現在の)弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02251_ケーススタディ:「見栄え」は超一流、「コスト」は三流? 投資家を唸らせる“ダブルネーム”リーガルDDの錬金術

「M&Aやファンド組成において、提出されるリーガルレポートの表紙にある『法律事務所のロゴ』は、中身以上にモノを言う」。 

これは、業界の公然の秘密です。 

しかし、一流の
「ブランド事務所」
に依頼すれば、目玉が飛び出るような請求書が届きます。

予算はない、だが信用は欲しい。 

そんな二律背反に悩む法務担当者に朗報です。

世の中には、実務部隊は安価な事務所を使いつつ、表紙には大物弁護士の名前を冠する
「ダブルネーム」
という裏技が存在します。

本記事では、大物フィクサーの威光を借りて
「見栄え」
を最大化するスキームと、その際に絶対に踏み外してはいけない
「礼節(スジ)」
という地雷について解説します。

【この記事でわかること】

• 実務は「手頃な事務所」、看板は「著名事務所」というハイブリッド戦略の仕組み
• 「ダブルネーム」でレポートを発行し、投資家の安心感を醸成するテクニック
• 「金はないが心はある」という言い訳が、なぜビジネスの世界で最も無礼とされるのか

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【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社 グランド・イリュージョン 経営企画室長 見栄晴 飾(みえはる かざる) 
業種 : 投資ファンド運営・不動産開発
状況 : 新規ファンド組成にあたり、投資家向け資料としてのリーガル・デューディリジェンス(DD)レポートが必要だが、予算が極端に少ない。

【相談内容】 

先生、正直に申し上げます。

カネがありません。 

しかし、今回のファンド組成を成功させるためには、出資者となる金融機関や機関投資家を納得させるだけの
「格調高いリーガルレポート」
が必要です。

無名の町弁護士が書いたレポートでは、中身がいくら正しくても
「誰だそれは?」
と一蹴されてしまいます。

かといって、四大法律事務所のようなところに頼めば、数千万円単位のフィーが飛びます。 

「いかに費用をかけずに、見た目のいい法律事務所にDDを担当させたことにするか」。 

そんな虫のいい解決策はないものでしょうか?

「虎の威」は借りるものではなく「実装」するもの

見栄晴室長、その
「虫のいい話」、
やりようによっては可能です。

料理の世界で言えば、下ごしらえは若手がやり、最後の仕上げと監修だけを三ツ星シェフが行って
「巨匠の味」
として出すようなものです。

秘技「ダブルネーム・スキーム」の正体

このスキームの肝は、
「実働部隊」

「看板(ブランド)」
を分離することにあります。

1 実働部隊: 
我が事務所や、手頃な中堅事務所が「友情価格」で汗をかき、DDの実務とレポート原案を作成します

2 看板: 
元大蔵省や著名事務所の客員を務めるような「大物弁護士」に、監修またはアドバイザーとして入ってもらいます

そして、最終的なレポートには、 
法律顧問 ●●弁護士(〇〇法律事務所)」 
というクレジットを、実務担当事務所と並記(ダブルネーム)して記載するのです。

これにより、投資家は
「あの大手事務所の●●先生が関与しているなら安心だ」
と錯覚・・・いえ、ご安心召されるわけです。

「ネームドロップ」の効果

これを業界用語で
「ネームドロップ」
といいます。

大物弁護士の
「名前」
があるだけで、レポートの信用力は跳ね上がります。

さらに、その大物弁護士が
「農林中金」

「信金連合会」
といった金融界のドンたちに顔が利く場合、単なる法務チェックを超えて、資金調達のパイプラインまで提供してもらえる可能性があります。

まさに
「1粒で2度おいしい」Gリコ
のような展開です。

「金はないが心はある」は禁句中の禁句

ただし、このスキームを使うには、絶対的な条件があります。 

それは、
「礼節(スジ)を通すこと」
です。

大物弁護士は、カミソリのように鋭く、同時に義理人情に厚い方が多い。 

懐に入れば
「一肌も二肌も脱いで」
くれます。

しかし、彼らが最も嫌うのは
「無礼者」
です。

よく
「予算がないので、気持ちだけでお願いします」
と言う人がいますが、プロの世界において、
「お金はないが、心はある」
というセリフは、最も無礼でスジが通らない言い草です。

「貴方の名前には価値があるが、対価は払いたくない」
と言っているのと同じだからです。

紹介者である私も、トラブルが起きたら身銭を切る覚悟で紹介するわけです。 

したがって、最低限の
「見せ金(キャッシュ)」
と、礼を尽くす姿勢が見えない限り、このカードは切れません。

【今回の相談者・見栄晴室長への処方箋】

見栄晴室長、見栄を張るなら、そのための
「入場料」
は払いましょう。

1 ダブルネームでのレポート発行 

実務は安価な事務所、監修は著名弁護士という体制を組み、投資家向け資料(特定少数向けレジュメ)に限定して、著名弁護士の名前を記載する許諾を取り付けます。

2 「スジ」を通す資金の確保 

「友情価格」
とはいえ、著名弁護士への謝礼と実働部隊への報酬は必須です。

成功報酬などではなく、着手金として
「最低限の財力」
を示してください。

それが信頼の証です。

3 紹介者の顔を立てる 

このスキームは、紹介者(私)と大物弁護士との
「兄弟分」
のような人間関係の上に成り立っています。

貴社の不手際は私の顔に泥を塗ることになると肝に銘じてください。

「ブランド」
は高いからこそ価値があるのです。

それを安く使わせてもらうなら、せめて
「礼儀」
という通貨で不足分を補うのが、大人の流儀というものです。

※本記事は、架空の事例をもとに、専門家の起用戦略および企業間取引におけるリスク管理(レピュテーションリスク等)に関する一般論を解説したものです。 
実際のDDや専門家の起用においては、各専門家の所属する事務所の規定や弁護士倫理規定(利益相反等)、および契約内容を遵守する必要があります。
個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02250_ケーススタディ:契約書は「憲法」であり「マニュアル」ではない_プレスの時間を“あえて書かない”ことが、上場企業の法務における「大人の嗜み」である理由

「契約書には、合意したすべての事項を詳細に記載しなければならない」。 

真面目な法務担当者ほど、この強迫観念に囚われがちです。 

しかし、百戦錬磨のビジネス弁護士に言わせれば、契約書に書き込むべきは
「権利義務の基本構造(憲法)」
であり、すぐに消えてなくなる
「事務手続き(マニュアル)」
ではありません。 

特に、上場企業同士の提携発表において、
「〇月〇日〇時発表」
と契約書に刻み込むことは、リスク管理として正しいようでいて、実は自らの首を絞める
「愚策」
になり得ます。 

本記事では、契約書を汚さずにリスクを制御する、プロフェッショナルな
「寸止め」
の美学と、その裏にある実務的な保全術について解説します。

【この記事でわかること】

• なぜ、「スケジュールの詳細」を契約書に書くと「自爆」するのか
• 「契約書を汚す」という表現に込められた、法務実務の哲学
• 「口頭合意」を「鉄の結束」に変える、たった一本のメール活用術

【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社 サイバー・ネクサス 経営企画室長 石橋 渡(いしばし わたる) 
業種 : Webサービス・システム開発(東証上場) 
相手方: 株式会社 メディア・ネクサス(同業の上場企業)

【相談内容】 

先生、メディア・ネクサス社との資本業務提携、いよいよ大詰めです。 

契約書の条文はほぼ固まりましたが、最後に一点、揉めているわけではないのですが、悩んでいます。 

「適時開示(プレスリリース)」
のタイミングです。 

双方が上場企業ですから、株価に影響を与える重要事実の公表は、一分の隙もなく同調して行わなければなりません。 

私は「〇月〇日午後3時に同時発表する」
と契約書に明記すべきだと思うのですが、顧問弁護士は
「そんなことは書かなくていい。口頭で十分だ」
と言います。 

本当に口約束で大丈夫なのでしょうか?

万が一、相手がフライング発表したら大事故になります。

契約書に「賞味期限切れのゴミ」を混ぜるな

石橋室長、その不安はごもっともです。

しかし、今回は顧問弁護士の感覚が
「プロの正解」
です。 

契約書とは、両社の関係が続く限り、数年、数十年と参照される
「憲法」
のような文書です。 

そこに、
「〇月〇日の〇時」
という、一度発表してしまえば意味をなさなくなる
「瞬間的な事務連絡」
を書き込むことは、契約書の品格を下げる行為、法曹用語的なニュアンスで言えば
「契約書を汚す」行為
にあたります。

「厳格さ」が「あだ」になるメカニズム

もし、契約書に
「午後3時」
と書いたとしましょう。 

当日、東証のシステムトラブルや、緊急のシステムメンテナンスで、発表を
「3時30分」
にずらさざるを得なくなったらどうしますか? 

厳密に言えば、
「契約違反」
になります。

あるいは、変更のために
「契約変更覚書」
を大急ぎで締結しますか?

ナンセンスですよね。

ビジネスの現場は流動的です。

確定的な権利義務以外の手続き事項をガチガチに固めることは、リスク管理ではなく、
「自らの機動力を殺す拘束衣」
を着るようなものです。

「口頭」+「証拠化」のハイブリッド戦略

では、どうすればいいか。 

答えは、
「契約書(本丸)はシンプルに、実務(現場)で証拠を残す」
です。

1 契約書は聖域として守る 

契約書には
「公表の時期・方法については、両社協議の上、決定する」
とだけ書き、詳細は書きません。

これで契約書は美しく保たれます。

2 実務で「事実上の契約」を結ぶ 

その代わり、担当者レベルで、以下のようなメールを一本送るのです。

「本日の打ち合わせ通り、プレスのタイミングは〇月〇日 15:00で進めます。

変更がある場合は、前日までに相互に連絡し合いましょう」

このメールへの返信(「承知しました」)があれば、それは立派な
「合意の証拠」
です。 

これなら、時間が変更になってもメール一本で修正でき、かつ
「言った言わない」
のリスクも完全に排除できます。

「運命共同体」に裏切りはない

そもそも、今回の提携は、双方が上場企業であり、成功させることがお互いの利益です。 

相手が勝手にフライング発表をして、市場を混乱させ、自社の評判も落とすような
「自爆テロ」
を行うメリットがどこにあるでしょうか? 

「相手を裏切るメリットがない」関係性
においては、性悪説に基づく重厚な契約条項よりも、性善説と経済合理性に基づく
「紳士協定(と確認メール)」
の方が、はるかにスマートに機能するのです。

【今回の相談者・石橋室長への処方箋】

石橋室長、契約書は
「不安を埋めるための落書き帳」
ではありません。

1 契約書への記載見送り 
リリースの日時など、一過性の事務事項は契約書から削除し、スリム化します。
2 「確認メール」による保全 
口頭合意の後、必ず
「決定事項の確認」
としてメールを送り、相手の同意(返信)を取り付けてください。
これで法的な保全は完璧です。

3 担当者間のホットライン確立 
契約書の条文をいじるよりも、IR担当者同士が携帯電話で
「今からアップします」
「OKです」
と連絡を取り合う関係を作ることの方が、事故防止には100倍有効です。

真の法務力とは、すべてを契約書に書くことではなく、
「契約書に書くべきこと」

「運用でカバーすべきこと」
を切り分ける判断力にあるのです。

※本記事は、架空の事例をもとに、企業間の契約実務およびリスク管理の手法に関する一般論を解説したものです。 
実際の契約締結や適時開示においては、金融商品取引法、取引所規則、および個別の事情に応じた法的検討が必要です。 
個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02249_ケーススタディ:大家が倒産寸前! 敷金・保証金を取り戻すための、合法的な「居座り」と「家賃ストップ」の奥義

「大家の羽振りが悪い。噂では差押えも食らっているらしい」 

そんな時、真面目なテナントは
「立つ鳥跡を濁さず」
とばかりに、家賃をきれいに払って退去しようとします。

しかし、法務の観点からは、それは
「自殺行為」
です。

なぜなら、あなたが払った家賃は大家の借金返済に消え、あなたが預けた
「敷金・保証金」
は二度と戻ってこないからです。

本記事では、経営危機の大家から敷金を“実質的に”全額回収するための、一見行儀の悪い、しかし法的には極めて高度な
「相殺(そうさい)マジック」
と、それを認めた裁判例のロジックについて解説します。

【この記事でわかること】

• 大家が危ない時に「家賃を払ってはいけない」理由
• 「明け渡し」と「敷金返還」のタイムラグを埋める、逆転の法解釈
• 「鍵は返すから金返せ」と迫り、合法的に家賃を踏み倒す(相殺する)手順

【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社 饗宴(きょうえん)フードシステム 店舗開発部長 剣持 守(けんもち まもる) 
業種 : 飲食チェーン展開
相手方: 有限会社 バブル・エステート(ビルのオーナー)
状況 : 入居中のビルオーナーに信用不安が発生。保証金3000万円の回収が危ぶまれている。

【相談内容】 

先生、嫌な噂を聞きました。 

当社が旗艦店を出しているビルのオーナー(バブル社)が、銀行や他の債権者から差押えを受けているようです。 

このままでは、バブル社が倒産するのは時間の問題です。 

当社としては、早々に撤退したいのですが、入居時に預けた
「保証金3000万円」
が返ってくる気がしません。

一方で、毎月の家賃は200万円です。 

いっそのこと、家賃を払わずに、その分を保証金から差し引いてもらいたい(相殺したい)のですが、契約書には
「保証金は明け渡し後に返還する」
「保証金との相殺は禁止」
と書いてあります。

やはり、泣く泣く家賃を払って退去し、保証金は諦めるしかないのでしょうか?

「正直者」がバカを見るメカニズム

剣持部長、その
「真面目さ」
は美徳ですが、倒産実務の世界では
「カモ」
と呼ばれます。

もし、契約書通りに家賃を払い続け、きれいに明け渡したとしましょう。 

その瞬間、バブル社には
「保証金返還義務」
が発生しますが、彼らには返す金などありません。

結果、あなたは家賃という現金を失い、保証金という不良債権だけを手にして途方に暮れることになります。

「相殺」という名の“自力救済”

ここで使うべき最強の武器が
「相殺(そうさい)」
です。

「私が払うべき家賃」

「あなたが返すべき保証金」
をチャラにする。

これなら、相手にお金がなくても、確実に回収(支払免除)できます。

しかし、ここには大きな
「法的ハードル」
があります。

通常、保証金は
「建物を明け渡した後」
に初めて返還請求権が発生します。

つまり、まだ入居している間は、
「家賃を払え(今すぐ)」vs「保証金を返せ(まだ先)」
となり、時期がずれているため相殺できないのが原則なのです。

司法が認めたウルトラC:「鍵は返すから金をくれ」

ここで、東京高裁の判決(平成8年11月20日)が放った、起死回生のロジックをご紹介しましょう。

この事例のテナントは、次のような行動に出ました。

1 店を閉め、荷物を運び出し、「明け渡しの準備」を完了させた。
2 その上で、大家に「鍵を返す(明け渡す)から、引換えに保証金を返せ」と通知した。
3 大家は金がないので「保証金は返せない(だから鍵も受け取れない)」と拒否した。
4 テナントは「あなたが受け取らないから、私はまだここに居座らざるを得ない。その間の家賃(損害金)と、保証金を相殺する」と宣言した。

裁判所はこのテナントの主張を認めました。 

ポイントは、
「契約期間満了」
という言葉を
「契約終了全般」
と広く解釈し、さらに
「テナントが明け渡しの提供をした以上、大家は保証金を返す義務がある(同時履行)」
と判断した点です。

要するに、
「返す準備はできているのに、お前が保証金を返さないから明け渡せないんだ。その間に発生する家賃は、当然、保証金から引かせてもらうぞ」
という論法です。

「相殺禁止特約」も無効化する

さらに、契約書にある
「相殺禁止特約」
についても、裁判所は、
「契約終了して清算する段階で、相殺を認めずにわざわざ現金を払わせるのは、迂遠で不合理だ」
として、あっさりと退けました。

有事(契約終了・倒産危機)においては、平時のルール(特約)は及ばない、というわけです。

【今回の相談者・剣持部長への処方箋】

剣持部長、座して死を待つ必要はありません。

以下の手順で
「戦略的居座り」
を決行をご提案します。

1 信用不安の指摘と「最後通告」 

まず、バブル社に対し、
「差押え等の信用不安があるため、保証金返還が危ぶまれる」
と指摘し、信用不安解消措置(担保提供など)を求めます。

これは
「やるべきことはやった」
というアリバイ作りです。

2 契約解除と「明け渡しの提供」 

不安が解消されないことを理由に契約を解除し、荷物をまとめて
「いつでも明け渡せる状態」
にします。

その上で、
「鍵を受け取って保証金を返してくれ」
と通知します。

相手は返せないので、受領を拒否するでしょう。

3 相殺の通知 

「あなたが保証金を返さないから、明け渡しが完了しない。ついては、未払い家賃および今後の賃料相当損害金と、保証金返還請求権を対当額で相殺する」
という内容証明を送りつけます。

これで、家賃を1円も払うことなく、実質的に保証金を回収しながら、次の移転先が見つかるまで(あるいは保証金が尽きるまで)じっくりと構えることができます。 

「家賃不払い」
は、時として、身を守るための正当な「自己防衛」なのです。

※本記事は、実際の裁判例(東京高裁平成8年11月20日判決)をもとに、賃貸借契約における相殺の法理を解説したものです。 
実際の事案において相殺が認められるか否かは、契約書の文言、明け渡しの提供の程度、当事者の交渉経緯などにより判断が分かれる可能性があります。
個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02248_ケーススタディ:エース社員が残した「裏値引き」という名の時限爆弾_“担当者が次々辞めていく”組織が支払うべき、高い授業料

「今回の代金は『借りたこと』にしておきます。その代わり、次は値引きでお返ししますから!」 

営業担当者が、目先の受注欲しさに独断で口走った
「禁断の約束」。

 経営者はこれを
「担当者の勝手な暴走」
と切り捨てようとしますが、少し待ってください。

なぜ彼はそんな無理な約束をしたのか?

なぜ後任の担当者は数週間で次々と辞めていくのか? 

顧客が
「会社が悪い」
と頑なに支払いを拒む背景には、法律論以前の、もっと深刻な
「組織の病理」
が潜んでいます。

本記事では、離職率の高い職場が生み出す
「現場の歪み」
が、いかにして法的リスクとなって会社に跳ね返ってくるか、そのメカニズムを解説します。

【この記事でわかること】

• 「借ります」という言葉の裏にある、過酷なノルマと現場の疲弊
• 「担当者がコロコロ変わる会社」が、顧客からの信用(と抗弁権)を失うプロセス
• 社員個人の責任を追及する前に、経営者が直視すべき「使用者責任」の本質

【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社 アド・バンス・クリエイション 代表取締役 広尾 告(ひろお つげる) 
業種 : 広告代理店・メディアプランニング
相手方: エステティックサロン「ビューティーA」 A社長
元社員: 伊野(いの)(独断でA社長と変則的な約束を交わした元営業担当)

【相談内容】 

先生、売掛金の回収についての相談です。

元社員の伊野が、在職中、顧客のA社長から20万円の広告受注をとるために、独断で
「今回の代金は『お借りした』ことにします。今後1年間かけて料金を値引きすることで、お返しします」
などと約束していました。

実は、そのあと、すぐに、伊野はやめてしまいました。

伊野が退職した後、A社長は
「あの時の20万円分を引いてくれ」
と言い出し、次の広告料25万円のうち、差額の5万円しか支払ってきません。

A社長は
「伊野君は有能だったが、御社の体制がなっていないから辞めたんだ」
「後任もすぐ辞めたし、フォローもない」
などと会社の悪口を言い、残金の支払いを拒絶しています。

伊野を呼び出して問い詰めると
「責任は感じている」
と言いますが、具体的な弁済はしません。

伊野に損害賠償を請求したいのですが、いけますよね?

「借ります」と言わせたのは誰か?

広尾社長、まず現実を直視しましょう。 

伊野氏が使った
「借ります」
という言葉。

これは、個人的な遊興費のためではありません。

「御社の売上(受注)を作るため」
の方便です。

おそらく、正規の料金では契約が取れない、しかしノルマは達成しなければならない。 

その板挟みの中で彼がひねり出した苦肉の策が、
「個人的に借りたことにして、実質的な値引き(キャッシュバック)を行う」
というスキームだったのでしょう。

「人が居着かない」こと自体が最大のリスク

さらに深刻なのは、伊野氏が辞めた後の状況です。 

後任の担当者は2週間で退職し、その次の担当者も数週間で退職しています。 

顧客のA社長から見れば、 
「担当者がコロコロ変わり、引き継ぎもされず、誰もフォローしてくれない無責任な会社」
に映っています。

A社長が
「伊野君は有能だった。悪いのは御社の体制だ」
と主張するのは、単なる支払拒絶の言い訳ではありません。

「組織として機能していない御社に、契約どおりの支払いを求める資格があるのか?」 
という、痛烈な経営批判なのです。

「使用者責任」からは逃げられない

法的に見ても、御社の分は悪すぎます。 

伊野氏の行為は、会社の業務執行(広告受注)に関連して行われたものであり、状況次第では、
「使用者責任(民法715条)」

「表見代理」
が成立し得ます。

「担当者が勝手にやった」
という理屈は、管理体制が崩壊している(担当者が次々辞めていく)現状では、裁判所に対して何の説得力も持ちません。

むしろ、
「そのような無理な営業をさせ、管理もできていなかった会社の過失」
が厳しく問われるでしょう。

元社員を訴えるのは「天に唾する」行為

元社員の伊野氏を訴えたいとのことですが、お勧めしません。 

彼を法廷に引きずり出せば、彼はきっとこう証言するでしょう。 

「過酷なノルマがあった」
「上司は数字さえ上がればやり方は黙認していた」
「会社は慢性的な人手不足で、まともな教育も管理もなかった」
これらが公になれば、御社の
「ブラックな体質」
が白日の下に晒され、さらなる人材流出と評判の低下を招きます。

まさに
「ミイラ取りがミイラになる」
結末です。

【今回の相談者・広尾社長への処方箋】

広尾社長、これは、売掛金回収の話ではありません。

「元従業員への貸し」
の話でもありません。

今回の20万円は、御社が支払うべき
「組織改革のための手付金」
です。

1 A社長への請求放棄と関係修復 

A社長の主張を受け入れ、20万円の請求は断念(事実上の債務免除)します。

その上で、5万円を支払ってくれたことに感謝し、今後は社長直轄または信頼できるベテランが担当することで、信頼回復に努めましょう。

2 元社員への法的措置の断念 

伊野氏への責任追及は、時間とコストの無駄であるばかりか、会社の恥部を晒すリスクがあります。

「責任を感じている」
という言葉を鵜呑みにせず、静かに幕を引くのが賢明です。

3 「人が辞めない組織」への転換 

これが本質的な解決策です。

なぜ担当者が数週間で辞めていくのか。

その原因(過度なノルマ、パワハラ、教育不足など)を解消しない限り、第2、第3の伊野氏は必ず現れます。 

契約書やルールの整備も大切ですが、まずは
「社員が定着する(まともな引き継ぎができる)環境」
を作ることが、最強の予防法務です。

※本記事は、架空の事例をもとに、従業員の不正行為と企業の使用者責任、および組織管理の法的リスクに関する一般論を解説したものです。 
実際の法的責任については、具体的な事実関係や就業規則の規定等により異なります。
個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02247_ケーススタディ:「中抜き」天国か、「板挟み」地獄か? 商流の真ん中に立つ者が習得すべき、究極の“ミラーリング”契約術

「右から来た仕事を、左に流すだけでマージンが抜ける。こんな美味しい商売はない」 
そう思っている経営者や営業マンは、遅かれ早かれ
「法務の地雷」
を踏んで爆死します。

商流の真ん中(中間業者)に立つということは、上流(クライアント)からの
「金払わんぞ」
という圧力と、下流(再委託先)からの
「金払え」
という突上げの、両方を受け止めるサンドバッグになるリスクを背負うことだからです。

本記事では、この板挟み地獄を回避し、安全にマージンだけを確保するための契約テクニック
「ミラーイメージの原則」
と、相手を黙らせる
「支払留保のジョーカー」
について解説します。

【この記事でわかること】

• 元請け契約と下請け契約を「双子」にすることの重要性
• 「クライアントが払わないなら、私も払わない」という論理の組み立て方
• 自らの存在意義を問われるリスクを背負ってでも、切るべきカードとは

【相談者プロフィール】

 相談者: 株式会社 ミディ・エージェンシー 営業部長 挟間 渡(はざま わたる) 
業種 : 広告・編集プロダクション(コンテンツ制作の仲介・ディレクション) 
取引構造: スポーツクラブ(発注元) ⇒ ミディ(当社) ⇒ 制作会社GG(再委託先)

【相談内容】 

先生、今度、大手スポーツクラブの出版物を請け負うことになりました。 

実作業は、すべて制作会社のGG社に
「丸投げ」
・・・いえ、
「再委託」
します。

当社はディレクション料としてマージンをいただく、いわゆる
「中抜き」構造
です。

キャッシュフロー上、当社が持ち出しにならないようにしたいのですが、GG社との契約書はどのような点に気をつければよいでしょうか?

もし、スポーツクラブが
「出来が悪い」
と言って支払いを渋った時に、GG社から
「ウチは納品したんだから金払え」
と詰められたら、当社が破綻してしまいます。

そんな
「板挟みの悲劇」
だけは避けたいのです。

「中抜き」の極意は「透明人間」になること

挟間部長、正直でよろしい。

「中抜き」
は立派なビジネスモデルです。

しかし、その極意は、法的に
「透明なパイプ」
になることです。

上流から流れてきた水(カネ)を、そのまま下流に流す。

もし上流が止まったら、自動的に下流への水も止まる。 

そこに、あなたという
「ダム(支払義務)」
を残してはいけません。

契約書は「双子(ミラーイメージ)」でなければならない

ここで最も重要なのは、スポーツクラブ(発注元)と御社との契約(契約A)と、御社とGG社(再委託先)との契約(契約B)を、
「ミラーイメージ(鏡像)」
にすることです。

契約Aで
「検収合格後60日払い」
なら、契約Bも
「60日払い」
にする(もちろん下請法が適用されない範囲で)。

契約Aで
「危険負担は受注者持ち」
なら、契約Bもそうする。

もし、ここがズレていると、 
「スポーツクラブからは検収不合格でお金が入ってこないのに、GG社には支払日が来てしまった」
という事態になり、御社のキャッシュフローはショートします。

理論上、2つの契約が鏡写しになっていれば、御社のリスクはゼロになります。

伝家の宝刀「お前が悪いから、親がカネをくれない」条項

しかし、世の中そう甘くはありません。 

万が一、GG社の仕事の質が悪くて、スポーツクラブが
「金は払わん」
と怒り出した場合、どうするか。

ここで、心を鬼にして契約書に忍ばせておくべき
「特約」
があります。

「本件は、当社がスポーツクラブから受けた仕事を、GG社に再委託するものです。 
したがって、GG社の仕事の不備でスポーツクラブが金を払ってくれない場合、当社はGG社への支払いを留保します。 
文句があるなら、スポーツクラブが納得する仕事をしてください」

要するに、 
「お父さん(発注元)がお小遣いくれないのは、君(GG社)の成績が悪いからだ。だから私(中間業者)は君に払わないよ」
という理屈を明記しておくのです。これを
「支払留保特約」
といいます。

「じゃあ、あんた何のためにいるの?」と言われる覚悟

もちろん、このカードを切るには副作用があります。 

GG社はきっとこう言うでしょう。 

「リスクを取らないなら、間に挟まっている御社の役割って何ですか? 全く意味ねえじゃねえか」

おっしゃる通りです。ぐうの音も出ません。 

しかし、ここでひるんではいけません。 

「それが嫌なら、直接取引してください(できるものならね)」
という顔をして、交渉状況を見ながらこのカードを切ってください。

リスクを遮断するためには、時に
「役立たず」
と罵られる勇気も必要なのです。

最後に:名前くらいは確認しましょう

あ、そうそう挟間部長。 

契約書を拝見しましたが、相手方の代表取締役の名前が、御社の社長になっていますよ。

いくら
「ミラーイメージ」
を作るからといって、相手の社長まで自社の社長にしてしまっては、それは契約ではなく
「独り言」
です。

コピペもほどほどにお願いします。

【今回の相談者・挟間部長への処方箋】

挟間部長、中間業者の生きる道は
「連動性」
の確保です。

1 契約のミラーリング 

元請契約と下請契約の条件(検収、支払、危険負担)を完全に一致させ、タイムラグや条件のズレによる
「自腹リスク」
を消滅させます。

2 支払留保特約の準備 

「上流が払わないなら、下流にも払わない」
という条項を準備し、いざという時の防波堤にします。

ただし、相手のプライドを傷つける諸刃の剣なので、抜くタイミングは慎重に。

3 最低限のチェック 

代表者名などの基本事項は確認しましょう。

神は細部に宿り、悪魔はコピペに宿ります。

※本記事は、架空の事例をもとに、請負契約および再委託契約におけるリスク管理手法に関する一般論を解説したものです。 
実際の契約においては、下請代金支払遅延等防止法(下請法)により、発注元からの支払いの有無にかかわらず、親事業者に支払義務が生じるケースが多々あります。
上記のような「支払留保特約」が下請法違反と認定されるリスクについては、取引の規模や資本金等を踏まえ、慎重な検討が必要です。 個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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02246_ケーススタディ:銀行口座凍結!「仮差押え」という名の“心肺停止”攻撃を、民事再生という“AED”で吹き飛ばす、起死回生の法的蘇生術

「メインバンクの口座が仮差押えされた。もう終わりだ」 

多くの経営者は、この瞬間、思考停止に陥ります。 

仮差押えは、企業の血液であるキャッシュを止める、まさに
「心肺停止」
へのカウントダウンです。

しかし、ここで諦めるのは早計です。 

法律には、この強力な
「凍結魔法」
を強制解除し、さらに無効化してしまう、さらに強力な
「解呪(かいじゅ)の呪文」
が存在します。

本記事では、民事再生法が持つ、債権者の権利行使をストップさせる強大な
「公権力」
の正体と、それを発動させるための条件について解説します。

【この記事でわかること】

• 「原則は自由、現実は禁止」という、法律特有のダブルスタンダード
• 仮差押えを「一時停止(中止)」させるだけでなく、「消滅(取消)」させるウルトラC
• 裁判所を味方につけるために必要な「ハッピーエンドの脚本(再生計画)」

【相談者プロフィール】 

相談者: 株式会社 トドロキ・ロジスティクス 代表取締役 再起 賭(さいき かける) 
業種 : 運送・物流業
状況 : 資金繰り悪化により、一部債権者から預金口座の仮差押えを受けた状態

【相談内容】 

先生、緊急事態です。 

かねてより支払いが遅れていた大口債権者が、当社のメインバンクの預金口座に
「仮差押え」
をかけてきました。

このままでは、月末の従業員の給与も、燃料代も払えません。 

事業を継続するために
「民事再生」
の申立て準備を進めていましたが、仮差押えをされてしまった以上、もう手遅れでしょうか?

「民事再生を申し立てても、債権者の権利行使(差押え)は止まらない」
という噂を聞いたことがあるのですが・・・。

「原則」という名の“建前”に騙されるな

再起社長、まずは深呼吸してください。 

社長が耳にされた
「民事再生を申し立てても、債権者は権利行使できる」
という噂。

これは、法律の教科書的な
「原則(建前)」
としては正解です。 

民事再生を申し立てたからといって、自動的に全ての借金取りが魔法のように消えるわけではありません。

しかし、実務の現場、すなわち
「現実(本音)」
は全く違います。

結論から言えば、民事再生というリングの上では、仮差押えは
「中断」
させられるか、あるいは強制的に
「取り消される(吹き飛ぶ)」
運命にあります。

なぜなら、民事再生とは、
「一人の債権者が抜け駆けして回収し、会社を潰すこと」
を防ぎ、
「会社を生かして、みんなで少しずつ分かち合う(債権者平等の原則)」
ための手続きだからです。

裁判所が発動する「待った(中止命令)」

民事再生の申立てから開始決定までの間、裁判所は強力な権限を行使します。 

それが
「中止命令」
です(民事再生法26条、27条)。

イメージしてください。 

債権者が、御社の首に
「仮差押え」
というロープをかけて締め上げようとしています。

そこに、裁判所というレフェリーが割って入り、 
「おい、試合(再生手続)が始まるんだから、そのロープを緩めろ(中止せよ)」
と命令するのです。

さらに、再生手続が正式に開始決定されれば、この
「待った」
は法律上当然の効果となり、最終的に再生計画が認可された暁には、仮差押えは効力を失います。

さらに強力な「取消命令」という名の“爆破スイッチ”

さらに、単に
「止める(中止)」
だけではありません。

 御社の事業継続のために、その預金や資産がどうしても必要だと裁判所が判断すれば、仮差押えそのものを
「取り消す(なかったことにする)」
命令すら発動できます(民事再生法26条3項など)。

これは、首にかけられたロープを緩めるどころか、
「ロープそのものを切断して焼却処分する」
ようなものです。

ここまで強力な効果を持つのが、民事再生法という法律の真の姿です。

条件は「まともなシナリオ」を描くこと

ただし、この強力な魔法は、無条件には発動しません。 

裁判所を動かすには、以下の心証を抱かせる必要があります。

1 「この再生プランは、まともな話(実現可能性が高い)である」

2 「会社を再生させたほうが、仮差押えを放置して会社を潰すよりも、債権者全員にとってハッピーである」

要するに、自分勝手な延命策ではなく、
「みんなのための再生」
という大義名分(脚本)が必要です。

これさえあれば、裁判所は
「この仮差押えは、みんなの利益を邪魔する障害物だ」
と判断し、容赦なく排除してくれます。

【今回の相談者・再起社長への処方箋】

再起社長、仮差押えは
「終わり」
の合図ではありません。

「反撃(再生)」
の合図です。

1 即座に民事再生申立て 

仮差押えに対抗する最強のカードを切ります。

申立てと同時に、仮差押えの
「中止命令」
または
「取消命令」
を裁判所に求めます。

2 「全体最適」のロジックで説得 

「この仮差押えを放置すれば会社は倒産し、他の債権者への配当もゼロになる。しかし、再生できれば全員に配当ができる」
という経済合理性を、裁判所にアピールします。

3 事業継続資金の確保 

取消命令が出れば、凍結されていた預金は解放されます。

これを原資に、事業を回し、再生への道筋をつけます。

法律は、
「権利の上に眠る者」
は助けませんが、
「知恵を使って生き残ろうとする者」
には、強力な武器を与えてくれます。

その武器(民事再生法)を、今こそ抜く時です。

※本記事は、架空の事例をもとに、民事再生法における保全処分(仮差押えの中止・取消し)に関する一般的法理を解説したものです。 
実際の中止命令や取消命令の発令には、裁判所の厳格な審査が必要となり、担保の提供が求められる場合もあります。
個別の事案については必ず再生実務に精通した弁護士にご相談ください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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