01782_民事裁判官のアタマとココロを分析する(1)~(4)


著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01778_11歳からの企業法務入門_11_トラブったとき(約束に違反しちゃったとき、約束を破られたとき)の対処(3)_裁判でケリをつける方法

裁判になる前に、お互い、冷静になって、話し合って、譲り合って、あきらめ合って、ギブアップし合って、解決出来るならいいのですが、和解や示談といっても、しょせん、相手が同意しなければ成立しない話ですし、やっぱり、そう簡単に同意してくれません。

人間の本質として、冷静に話し合って、譲り合って、あきらめ合って、ギブアップし合って、解決できるくらいなら、中東紛争も、宗教の争いも、百年戦争も、世界大戦も、起こりっこありません。

特に、カネや権利や財産や立場や沽券(こけん。プライドや体面やメンツ)がかかっていますから、当然ながら、話し合いがつかず、そのまま未解決のまま、時間がだけがズルズルということが結構多いです。

大人って、意地っ張りでバカなんですね。

ま、子供もそうですが。

意地っ張りで妥協できない、ということもありますが、立場上無理、妥協した瞬間、他から
「てめえ、何、簡単に妥協してんだよ」
と後ろや横や上から矢が飛んでくる、ということもあります。

すなわち、
「こんな無茶な話、通るわけねえじゃん」
「このくらい妥協してやっていいじゃん」
と個人で思うことがあっても、安易に妥協すると、株主総会で突き上げをくらったり、紛争の原因を作った先輩経営者から文句を言われたり、株主代表訴訟で自分個人で賠償しろとか言われたり、としがらみの関係や立場の関係で、妥協できない場合があります。

そうやって、解決できないまま放置されたり、話し合いが出来ない状態で関係が破壊されたり(手切れや、不調、破談という状態です)した場合、未解決状況に我慢できなくなった方が裁判所に訴え出て、解決を求めることになります。

裁判というと
・原告=正義
・被告=悪者
というイメージがあるかもしれませんが、それは刑事事件の
「被告“人 ”」
のイメージがあるからです。

刑事裁判では、原告側(攻撃側)が
「日本国家専属代理人弁護士(公益の代表者)」
ともいうべき検察官であり、被告側(防御側)が
「犯罪をやらかした」
と疑われている側の指定席になっています。

その関係で、どうしても
「被告人」=「犯罪をやったんだろ、と疑われている側」
というイメージが強烈で、これにつられるように、
「被告人≒被告≒悪者」
というイメージがつきまといます。

ですが、民事裁判においては、特に、そういう関係性はなく、
・原告=先攻
・被告=後攻
程度の意味しかありません。

「被告人」と「被告」
とは
「被告」
という言葉は同じですが、まったく別物です。

「西城秀樹」と「東条英機」
とは、言葉が似ていますが、まったく別人で、血縁関係もありません。

「民事裁判の被告」
と聞いて、
「あいつは犯罪をやったと疑われている、多分悪いやつだ」
という印象をもつのは、
「西城秀樹」をA級戦犯とか第二次世界大戦とか日中戦争とかの戦争指導者とかそれに関係する歴史上の人物と想像するのと同じくらいアホでそそっかしい話です。

※細かく突っ込んでくる方もいますので、補足しますと、刑事裁判の被告人のことも
「あいつは犯罪をやったと疑われている、多分悪いやつだ」
という印象を持つのもイケナイこととされています。
これは
「無罪推定の原則」
というものがあるからです。
といっても、「無罪推定の原則」という高尚な理屈の話は、精神年齢21歳程度(私が東大法学部に在学していたころの水準で考えていますので、人によって前後はありえます)でないと理解できません。
日本人の大半は、
「逮捕されたから、あいつは犯罪者」
「起訴されたから、有罪で決まり」
「被告人=凶悪犯」
という単純な図式でしかとらえられない程度の知能しかありません。
テレビをはじめとする殆どのマスメディアもそのような図式に乗っかって話をすすめる傾向があります。
したがって、理解できないからといって、別に「理解できない人間が極端にバカ」というわけでもなく、「平均的日本人程度に劣化した知能水準であることを示唆している」という程度の話ですので、悲しむことはありません。※

裁判をはじめるには、たいてい弁護士という国家資格をもった専門家にお願いすることになります。

「たいてい」というのは、別に「弁護士でなきゃ裁判が起こせない」という決まりがあるわけでもなく、本人で裁判を起こすことも可能であり、弁護士をつけるかどうかは自由だからです。

言いたいことを「訴状」という書類にまとめて、これに証拠をくっつけて、印紙(裁判所利用料を支払うための特殊な金券)を貼っつけて、裁判所に持ち込んで、相手に訴状を送りつけて届けば裁判開始です。

実際の民事裁判ですが、テレビドラマとかのイメージとは、全く違います。

まず、傍聴人がほとんどいません。というか、傍聴人ゼロ、というのがデフォルトの状況です。

次に、弁護士は、ほとんどしゃべりません。というのは、主張内容は、すべて事前に文書で出すことが通常だからです。
したがって、民事訴訟は、筆談戦です。
「筆談でのディベート合戦」という、ややシュールな光景が展開します。
当然ながら、傍聴席にいるギャラリーは、何が何だかまったくわかりません。
傍聴人のことは、ほったらかしで、置いてけぼりにして、当事者・関係者だけでさっさと進めるのが、日本の民事裁判です。

それと、判決が出ないことが多いです。

え?裁判って判決出すためにやってんじゃないのって?

甘い、甘い。

裁判は、判決のためにやってんじゃありません。

裁判のゴールは「解決すること」であって、「判決」が絶対唯一のゴールということではありません。

じゃあ、「判決」ではない「解決」ってなんだ?となりますが、これは「和解」と呼ばれる解決形態です。

和解は、「原告も被告も納得する」ことが前提となっているため、当事者は満足している(はず)です。
何より、裁判官が和解を歓迎します。歓迎どころではありません、大歓迎です。

その理由は、
1、判決を書かなくて済む(夏休みの自由作文の宿題がなくなった、くらいメデタイことなのです)
2、控訴や上告されることがなくなる(判決を出すと負けた側が高裁や最高裁に申し出てイチャモンつけてきますし、逆の判決出されて赤っ恥をかくことが想定されますが、和解ですと控訴や上告が一切ありません)
3、ノルマ1件達成されたと評価される(裁判官は、エゲツないまでのノルマ至上主義のアパレル店舗やマルチ販売組織のように、ノルマ、ノルマで追われる毎日なのです)
という、何とも志の低いものですが、とにかく、裁判官は、「判決を書くのはマジ勘弁、和解で終わるのはウレピーぴょん」という状況なのです。

裁判を起こす場合のデメリットは、カネと時間と労力がかかることです。特に時間については、最低半年、下手すりゃ数年かかります。
弁護士費用もかかりますが、会社の中で裁判遂行のための協力体制を構築することが必要であり、この費用も馬鹿になりません。

裁判を起こす場合のメリットは、最終的にケリがつけられる、ということです。もちろん判決でケリがつくこともあるでしょうが、和解もかなりの確率で成立が見込めます。
というのは、裁判官という国家権力を振り回す独裁者が、強力なお節介を焼いてくれるからです。
お節介を焼く理由は、面倒な判決を書きたくない、判決を書かなくてもノルマ1件クリアという評価が得られる、おまけに判決を書いた後で高裁等からケチをつけられてディスられる不名誉も回避出来る、という、何とも志の低いものですが、いずれにせよ、裁判官として、自らのメリットに突き動かされて、和解に努めてくれます。

もちろん、和解に応じようが、応じまいが、すべて当事者の自由です。

ですが、裁判外交渉と話が違うのが、和解を推し進めるのが、独裁的国家権力をもった裁判官であり、下手にお節介を「余慶なお節介だよ、知るかボケ」と反発かますと、「江戸の仇を長崎で討つ」とばかりに、エゲツないまでの敗訴判決を食らわされる可能性がある、という点です。

よほど空気の読めないアホでもない限り、裁判官を激怒させて報復の敗訴判決を食らわされることを警戒して、借りてきたマンチカンの如く、平身低頭、和解に協力することになるので、和解で解決することが大いに期待できるのです。

ただ、どうしても承服できない和解の話の場合、敗訴判決を覚悟の上で和解を蹴り飛ばして、上級審でリベンジマッチを行うことになります。

とはいえ、控訴審では、ほとんど話を聞いてもらえず、第一審と同様の判決が出されることがほとんどで、復讐戦に燃えてもたいてい再度敗訴を食らって万事休すとなるのがオチです。

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01777_11歳からの企業法務入門_10_トラブったとき(約束に違反しちゃったとき、約束を破られたとき)の対処(2)_裁判になる前に解決する(できる)場合

1、ビジネスパースン(法律の素人)によるビジネスネゴシエーション(取引の延長過程での話し合い)

トラブったとき(約束に違反しちゃったとき、約束を破られたとき)、どのような展開になるのでしょうか?

取引や契約をしたのはいいが、買った商品や製品の話であれ、お願いしたサービスの話であれ、支払う約束のお金の話であれ、
量が違う、
品質が違う、
スペックが違う、
すぐ壊れた、
金額が違う、
話が違う、
約束が違う、
解釈が違う、
細かいところまで詰めていなかった、
契約書に書いていない事態になった、
想定外が起きた
ということは結構あります。

最初は、顧問弁護士だの、社内弁護士だの、法務部とか登場することなく、取引担当者同士でなんとか話し合いでまとまらないか、努力をします。

「リーガルマター(法務案件)」ではなく「ビジネスマター(ビジネス案件)」として、
「リーガルパースン(法務関係者)」ではなく「ビジネスパースン(ビジネス関係者)」の間で、
「リーガルネゴシエーション(法的な交渉)」ではなく「ビジネスネゴシエーション(ビジネス交渉)」として、
話し合いをします。

この段階では、契約がどうだの、法律がどうだの、権利がどうだの、義務がどうだのといった堅っ苦しい法律の話は抜きで、お互い譲り合って、折れ合って、妥協し合って、
「痛み分けでなんとかならないか」
と話し合いをします。

もちろん、このプロセスは絶対踏まなければならないものではなく、とっとと、次の段階や、裁判を起こしても差し支えありません。

2、代表者・責任者名義の手紙が飛び交う、険悪な話し合い

ビジネスネゴシエーションのレベルの話し合いで何とかなるのであればいいのですが、
「発生した損害が大きすぎて、一部たりとも負担できない」
「相手が圧倒的に悪く、こちらに非がないので、一切妥協できない」
「安易な妥協や譲歩をするにも、株主に対して説明ができないし、下手すりゃ株主から株主総会で突き上げられるし、株主代表訴訟で訴えられる」
「相手の主張を一部でも認めたら、こっちの経営がやばくなる」
という話だと、妥協点は見つけられない、ということになり、場合、次の段階に進みます。

次の段階は、会社名義(代理人を委任しない形)での、険悪な交渉です。

会社の責任者(代表取締役とか、あるいは事業責任者で相応の権限者)名義で、わりと厳し目で、陰険な内容の手紙のやりとりが始まります。

ここでは、法務部や社内弁護士、さらには顧問弁護士等が登場して、契約や法律をみながら、法律上の権利や義務や立場や責任といったものを明確にしながら、ケンカ腰の対話が続けられます。

このプロセスも絶対踏まなければならないものではなく、とっとと、次の段階や、裁判を起こしても差し支えありません。

3、代理人弁護士(プロの弁護士)同士の交渉

それでも、うまくいかないときには、代理人弁護士を通じた交渉に移ります。

弁護士を付けて、
「内容証明郵便(業界では、内証〔ないしょう〕といったりします)」
という特殊な形式の郵便の手紙通知書を相手方に送付し、相手方も弁護士を付けてこれに応答し、交渉が始まります。

もちろん、
このプロセスも絶対踏まなければならないものではなく、とっとと、次の段階や、裁判を起こしても差し支えありません。

代理人がついた場合、代理人を飛び越して、直接相手方と話そうとしても、相手方の代理人の立場や権利(弁護権)を侵害することになるので、代理人を窓口として交渉することになります。

弁護士同士の交渉ですが、電話やズームでやり取りする場合、直接会って話し合う場合、いずれも、腹の探り合いをすることが多いです。

直接会って話し合う場合、よく使われる交渉舞台が、弁護士会館です。

弁護士会館には、話が外に漏れない密室の会議室がたくさんあって、弁護士であれば、無料で使えます。

呼びつけたり、呼びつけられたり、というのもカドが立ちますので、お互い弁護士会館に出向いて、というのが一般的な手法です。

4、裁判外交渉の結末

裁判外交渉で話し合いがついた場合、仕事の仕上がりはどのようなものになるでしょうか?

これは、和解契約書とか示談書とかいう名前の「契約書」を取り交わして、紛争が解決したことになります。

もちろん、和解契約書取り交わしの際に、問題となっていたお金や商品等の引き渡しを行ったりすることもあります。

ここでは、マフィアの銃や麻薬の取引のように、信頼出来ないもの同士が取引場所にやってきて、すべてその場でブツを交換して、一回ですべて終わらせるような取引になります。

それと、紛争解決をするわけですから、あとからケンカの蒸し返しになったら意味がありません。

その意味で、「清算条項」というものを和解契約書に入れておくことになります。

「AとBは、本和解契約書に定めるほか、甲と乙の間に何らの債権債務がないことを相互に確認する」という一文です。

素人が和解を取り仕切ると、これを忘れたりして、愚かな紛争の蒸し返し、ケンカの際限なきやり直しをする場合がありますので、これだけはよく注意する必要があります。

5、裁判外交渉の特徴

裁判外交渉においては、注意点があります。

裁判外交渉と裁判の違いは、
1)相手方の対応による解決が長引く可能性があること
2)不調の場合時間が無駄になること
です。

すなわち、裁判になると、だいたい1カ月単位で期日(裁判所に当事者が出頭し、判決に向けた争点の整理や和解を行う手続を行う日)が入るので、あまりズルズル引き延ばしすると、その間に、しびれを切らした裁判所が争点をどんどん整理して、証人尋問までたたみかけ、判決に至る、という形で、公権力によって強権的に(といっても、かなり時間的冗長性はありますが)、不利な状況に押しやられ、最後には不利な和解を事実上強制されたり、不利な判決を食らう、形で強制終了してしまいます。

ところが、裁判外交渉ですと、引き延ばしにペナルティはありませんし、相手方にやる気がなければどんどん解決が長引きます。

また、裁判外交渉は、和解という一種の契約の締結が交渉のゴールになります。

当然ながら、和解は契約ですので、こちらがどんなにフェアな提案をしても相手方が承諾しない限り解決は不可能です。

最後の最後で、ちゃぶ台ひっくり返されてもかけた時間が戻ってきませんし、訴訟提起で最初からやり直しになります。

以上のとおり、裁判外交渉が有用なのは早期の解決の見通しが立つ場合ですので、不調の見極めを行い、解決が困難であればすぐに訴訟に移行する必要があります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01776_11歳からの企業法務入門_9_トラブったとき(約束に違反しちゃったとき、約束を破られたとき)の対処(1)_ゲームロジックとしての法的三段論法

こちらが法律や契約に違反してしまったとき、あるいは、契約相手が契約に違反したとき、そういうときにどう行動するか、というのも企業法務という仕事の範囲となります。

とはいえ、
「違反した」
というのは確かなんでしょうか?

「違反した」
と言いますが、そもそも、そんな法律や約束は本当に存在するのでしょうか?
何時、誰が、どんな内容の約束をしました?
それってフワッとしたものではなく、シビれるくらい具体的なや決まり事や約束なんでしょうか?
今でも有効なんでしょうか?
期限切れで失効してませんか?

「なんかやらかした」
ということですが、どこで、誰が、何時、何時、何分、何秒に、誰に対して、どうやって、何回、どんな感じでやらかしたんですか?

あと、自分は忘れっぽいので、昔のことまでよく覚えていません。

というか、5日前の晩ご飯、何を食べたか覚えています?

普通、覚えていませんよ。

一体、何時の話しているんですか?
え?
そんな前の話?
じゃあ、記録や証拠はないんですか?
「覚えているだろ」とか言われても、困りますよ。

あなただって、5日前の晩飯、覚えてないでしょ。

一体、どういう事実や証拠をもとに、誰が、どういう形で、
「違反した」
と言い出したのでしょうか?

そこに、間違いや、訂正の余地はないんでしょうか?

うまいことすっとぼけることはできないのでしょうか?

仮に
「違反した」
といっても、車がほとんど通らない田舎の狭い道路の横断歩道を赤信号を無視して横断したような話で、
「ごめん」
と言って許してもらえるものじゃないんでしょうか?

あるいは、契約を違反した相手が、上記のような
「くっだらねえ」言い訳
をグチグチ垂れ始めたら、どうやって、言い訳をやめさせ、責任を取らせることができるのでしょうか?

「悪いことをしたら、ゴメンナサイ」
と素直に謝る、というのはコドモの世界の話です。

大人は、突っ張ります。

居直ります。

スットボケます。

言い訳をします。

ゴマカシます。

有耶無耶にしようとします。

1945年8月、日本は第二次世界大戦に負けました。

コテンパンにやられました。

全面降伏です。

ボロ負けです。

かっこ悪いことに、いきなり攻め込まれて防衛ができなかった、というのではなく、自分から喧嘩を売っておいて、ボコられて、コンテパンにやられた、というかなり情けない負け方でした。

その時、日本のエライ人たち(エスタブリッシュメントなどといいます)は、どのような態度をとったでしょうか?
素直に、しおらしく、謙虚に、いさぎよく負けを認めたでしょうか?

ちがいますね。

第2次世界大戦における歴然たる歴史的事実ですら、
「ボロ負けの末の撤退」を「転戦」と言い換え、
「敗戦」を「終戦」と言い換え、
「占領軍」を「進駐軍」と言い換える
などして、ぶざまな失敗を取り繕い、隠蔽しようとします。

「これは撤退ではない、転進だ」
「我が国は敗戦したわけではない、終戦だ」
「アメリカの軍隊が、わが国において、我が物顔でのさばっているが、あれは占領軍ではない、進駐軍だ」
という、聞くに堪えない見苦しい言い方で、突っ張ります。居直ります。スットボケます。

言い訳をします。

ゴマカシます。

有耶無耶にしようとします。

これが、
「大人」
というもんです。

汚いですね。

無様ですね。

かっこ悪いですね。

情けないですね。

ビジネスにおいて、法令違反や契約違反の話が浮上しても同様です。

というより、全力で、全集中で、突っ張ります。居直ります。

スットボケます。

言い訳をします。

ゴマカシます。

有耶無耶にしようとします 。

だって、素直に謝ったら、それで、ジ・エンド。

責任が発生し、大きなお金を失い、最悪、会社が破産して、経営者がホームレスになるかもしれないからです。

こういうときに、
「悪いことをしたら、ゴメンナサイと謝るべき」
という小学校の先生の教えや、サラリーマンのお父さんや、専業主婦のお母さんの、常識と良識あふれる教訓を鵜呑みして、対処したら、お金をなくし、会社をつぶしまくるので、そういう教えや教訓に従うことはあまりおすすめできないかもしれません。

むしろ、戦後の日本のエスタブリッシュメントのように、
「ボロ負けの末の撤退」を「転戦」と言い換え、
「敗戦」を「終戦」と言い換え、
「占領軍」を「進駐軍」と言い換える
などの言い訳や、すっとぼけや華麗な表現マジックを使って、逃げて、逃げて、逃げまくるべきであり、多くの
「大人」の経営者やリーダー
は、そのように小汚いことをしますし、私のような弁護士もそれを絶賛助けて差し上げています。

でも、
「突っ張たり、居直ったり、スットボケたり、言い訳をしたり、ゴマカシたり、有耶無耶にしたりして、いいことがあるんですか? それで逃げ切れるんですか? 早く、素直に謝った方がいいのですか?」
と言われそうですが、意外と、逃げ切れたり、責任が小さくなったり、大事が小事に、小事が無事になったりするのが、ビジネス社会の面白いところ(いい加減なところ)です。

「法律違反でも、契約違反でも、誰かが、約束を破って、約束を破った責任を追及する」
というとき、
「責任を追及する側」
は、めちゃくちゃ大変であり、逃げる方は、コツさえつかめれば、いくらでも逃げることはできるからです。

「約束違反の責任を追及する側」
は、
「三段論法(法的三段論法)」
というゲームロジックを使って
「約束を破った奴」
を追い詰めることになります。

大前提として、まず、約束の具体的内容を示します。

「こういう法律があり、あるいはこういう約束があり、相手は、こういう義務を負っていた」
ということを、きっちりと説明しなければなりません。

次に、小前提として、相手のやらかした不始末を示します。

「相手は、何月何日、この場所で、こういうことをした」
ということも、きっちりと説明します。

そして、小前提と大前提とを照らし合わせて、小前提(相手の不始末)が、大前提(相手が負担している義務や約束)に違反していることも説明できて、はじめて、
「相手は法律違反をした、相手は契約に違反した」
といって文句を言えるのです。

ところが、
・そもそも大前提としての法律や契約の内容が曖昧だったり、不明確だった場合
・約束をしたが、契約書、すなわち約束の証拠がなく、かつ、相手が「そんな約束をしたっけ?」とスットボけた場合
相手を問い詰めることはできなくなります。

特に、
「法律に書いていないことはすべてやっていいこと」
「契約に書いていなければやりたい放題」
という裏のルールが発動すると、大前提が崩壊して、相手が逃げ放題、ということも起こり得ます。

また、
・小前提のレベルで、相手が、自分の不始末を知らぬ存ぜぬの態度で、自分の不始末を認めず、こちらに動かぬ証拠がないという場合
も、相手の不始末は間違いないが、証拠がないので、それ以上追及は不可能、ということも起こり得ます。

責任を追及をされたり、責任追及したり、というあたりは、
「裁判」
という国家が整えた手続きを使って行いますが、
・責任追及する側は、三段論法と証拠を使って、約束違反した相手を追い詰めようとする
・責任を追及された側は、「そんな約束はした覚えがない」「その約束は俺には関係ない」「約束が曖昧だ」「法律や契約書に明確に書いていないことは、全てやっていいことだ」と大前提を争ったり、「そんな昔のことは忘れた」「自分は知らない」「証拠をみせてみろ」と小前提を争ったり、さらには、「確かに約束違反したようだが、そんなに迷惑をかけていないし、そちらが言うような大事でもない。騒ぎすぎだ」と言い逃れをする
といった形で、険悪な言い争いをしながら、ときに譲り合ってケリをつけたり、ときに裁判所の判断を仰いだりしながら、ゲームをすすめていくことになります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01775_11歳からの企業法務入門_8_契約書を作るなんてバカでもできる。契約書を作るより大事なことは、「トクをする契約(取引)」をまとめ上げることと、「損をする契約(取引)」をしないこと

契約書は、契約当事者の約束した内容を、正確に文書として記述するものですが、肝心の
「約束した内容」自体が、
狂った内容、
馬鹿げた内容、
不利な内容、
何の目的かはっきりしない内容、
意味が不明な内容、
曖昧な内容、
不明瞭な内容、
であれば、これを、記録ないし証拠文書として、正確性を期して契約書として成文を得ても、やはり、できあがった契約書は、
狂った契約書、
馬鹿げた契約書、
不利な契約書、
何の目的かはっきりしない契約書、
意味が不明な契約書、
曖昧な契約書、
不明瞭な契約書、
とならざるを得ません。

その意味では、取引の交渉がまとまった、という段階において、改めて、当該交渉によってまとまったとされる
「約束内容」
の具体的内容を確認・明確化するとともに、その内容の合目的性や経済合理性等を精査しなければなりません。

すなわち、
「当該交渉によってまとまったとされる『約束内容』」なるもの
を確認・検証し、
狂った内容ではないか?
馬鹿げた内容ではないか?
不利な内容ではないか?
何の目的かはっきりしない内容ではないか?
意味が不明な内容ではないか?
曖昧な内容ではないか?
不明瞭な内容ではないか?
というストレステスト(耐性チェック)をして、合意内容の基本構造と基本内容を明確にしておくべき必要があります。

このような、確認・検証プロセスを経由せず、深く考えず、法務担当者や弁護士に、適当に丸投げしてしまうと、狂った内容を正確に文書化した契約書や、不利な内容を正確に文書化した契約書となって出現し、そのまま企業リスクに直結して、やがて大きなトラブルに見舞われることになりかねません。

実際、そのようなトラブルが発生し、倒産の危機に瀕した日本屈指の大企業の例が存在します。

電機メーカー東芝は、7125億円もの損失を原子力事業全体で発生させ、2016年4~12月期の最終赤字は4999億円となり、同年12月末時点で自己資本が1912億円のマイナスという、債務超過の状況に陥りました。

この惨事のグラウンド・ゼロ(根源的起点)は、
意思決定者(経営陣)が機能的非識字状態に陥っていたことと、
にもかかわらず、
「日本語の翻訳」
「日本語の意味翻訳」
「日本語の機能的解釈」
を行うことなく、機能的非識字状態のまま契約に突入した、
さらには、当該取引において、一体どのような契約内容を実現しようとしたかを確認・検証しておらず、狂った契約内容をそのまま調印・締結処理を進めてしまった、
というあまりに未熟で愚かで情けない失敗にあります。

東芝傘下のウェスティングハウスは、2015年末に買原発の建設会社、米CB&Iストーン・アンド・ウェブスターを買収した際、買収直後に、ある価格契約を締結しました。

複雑な契約を要約すると、
「工事で生じた追加コストを発注者の電力会社ではなくWH側が負担する」
というものでした。

原発は安全基準が厳しくなり工事日程が長期化し、追加コストは労務費で4200億円、資材費で2000億円になりました。

しかし、問題は担当者以外の経営陣が詳細な契約内容を認識していなかったことにあり(機能的非識字状態)、さらにいえば、この
「価格契約」
が極めて不利で合理性がない契約、すなわち狂った内容であったにもかかわらず、契約締結処理を敢行したことにありました。

原子力担当の執行役常務、H(57)らは
「米CB&Iは上場企業だったし、提示された資料を信じるしかなかった」
と悔しさをにじませた、とされます。

「提示された資料を信じるしかなかった」
という弁解ですが、いかにも他に選択肢がなかったという他律的で外罰的な言い訳をしていますが、別に、アタマに銃を突きつけられて契約を點せられたわけではありません。

自らが自らの責任でやらかしたアホなミスであり、自己責任、因果応報、自業自得の帰結であり責任逃れのしようがない、愚かな考えと愚かな行動の結果です。

要するに、取引構造的に、
狂った内容で、
馬鹿げた内容で、
不利な内容
ともいうべき契約であったにもかかわらず、このような取引の構造については壊滅的に無知な状態のまま、
「みかけだけはしっかりとした重厚な契約書」
の外観だけを信頼して、調印・締結処理をしました。

「外観だけは、重厚で、多くの条項が記載された契約書」の中身は、
狂った内容で、
馬鹿げた内容で、
不利な内容
を正確無比に表現しただけであり、外観がどんなに素晴らしくとも、
狂った内容で、
馬鹿げた内容で、
不利な内容
であることに変わりありません。

契約書を作成したり調印・締結処理する以前に、
当該交渉によってまとまった
「約束の内容」
を精査し、
狂った内容ではないか?
馬鹿げた内容ではないか?
不利な内容ではないか?
何の目的かはっきりしない内容ではないか?
意味が不明な内容ではないか?
曖昧な内容ではないか?
不明瞭な内容ではないか?
というストレステスト(耐性チェック)をして、合意内容の基本構造と基本内容を明確にしておくべき必要があり、しっかりと、
「ビジネス面での合理性」
「ビジネス面での目的合理性や経済合理性」
の検証や確認をすべきである、

という教訓を確認するには、大きな意義と価値ある事例として、紹介させていただきます。

いずれにせよ、
契約書を作成したり校正したり、という作業、すなわち、合意された約束内容を正確かつ完全無比な記録として文書化する、という記録作成作業を行う前に、一体、どのような内容を記録作成しようとしているのか、
大部にわたる重厚長大な契約書を時間と労力とコストをかけて作成したが、これによって表現した内容は、
「1万円札を5万円で買う」
「仕事を受注したが、その受注条件は、『追加コストが、労務費で4200億円かかろうが、資材費で2000億円かかろうが、その挙げ句、最終的には親会社が債務超過になるようなものであっても、これをすべて負担してでも、喜んで受注させていただき、感涙に咽びつつ、ありがたく仕事をさせていただく』などという壊滅的に不利で愚かなもの」
といった、あまりにアホすぎて呆れるより笑うほかないような失敗をしないためにも、この
契約書を作成・チェックする前の必須の前提作業としての、
「ビジネス面での合理性」「ビジネス面での目的合理性や経済合理性」
をしっかりと遂行しておきべきです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01774_11歳からの企業法務入門_7_契約書を作る上でルールは一切ない。契約書なんて、小学生でも作れる

契約書というと、甲とか乙とか古めかしい言葉がいきなり出てきて、全体的に漢字や文語調の言い回しが多く、高度で専門的な言語能力がないと作成できないのではないか、という印象がお持ちの方も少なくないと思います。

ですが、結論を言いますと、契約書のつくり方や言い回しには特段の決まりがあるわけではありません。

強いて言えば、
「約束の内容が明確に記載してあり、読んで何が書いてあるかわかる程度の文書であれば、何でもOK」
という極めてユルいルールがあるだけです。

契約は口頭でも成立するものです。

その意味では、契約“書”は、契約成立の絶対条件でもなんでもなく、
「あってもなくてもいいが、あったら、後からモメるのを防げる」
という任意の証拠に過ぎません。

ですから、
証拠として使える程度のことが書いてさえあれば問題ない、
といえるのです。

したがって、
「甲、乙、丙」でなくて「A、B、C」でも問題ありませんし、
すべて平仮名で書いても大丈夫ですし、
丸文字を使ってギャル語丸出しの契約書もOKです(ただ、「約束の内容が明確に記載してあり、読んで何が書いてあるかわかる程度の文書」である必要はあります)。

契約書に用いる紙も、コピー紙である必要はなく、わら半紙でも、紙ナプキンでも大丈夫(新聞紙にマジックで書くとさすがに書いてある内容が判りませんので問題があります)。

実際、暴力団関係者とモメ事が起こった場合、暴力団関係者から
「ファミレスで書かせた紙ナプキンの示談書や念書」
といった文書が提出されたりします。

このように、契約書は、甲でも乙でもAでもBでも同じであり、漢字を使おうが丸文字を使おうが関係なく、わら半紙に書こうがトイレットペーパーやティッシュペーパーに書こうが構わないのですが、裁判になったときに証拠として機能するものですから、この点を意識しておく必要があります。

すなわち、裁判官が読んで理解・認識することが前提になっておりますので、
「契約書の体裁にルールはない」
といっても、裁判官が妙な印象を抱くような契約書を作った場合、せっかく作った証拠が機能しなくなる危険はあります。

例えば、
わら半紙に丸文字でギャル語全開のM&A契約書や、
1億円の損害賠償債務を承認する紙ナプキンの念書
が証拠として出されても、裁判官の理解の範囲を超え、
「これは契約の証拠ではなく、タチの悪い冗談か何かだろう」
と判断される可能性があります。

その意味では、時間と手間の許す限り、取引価額に比例してきっちりとした内容の契約書をつくっておくべきことが推奨されます。

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01773_11歳からの企業法務入門_6_「作っても、作らなくても、どっちでも法的には契約は有効」だが、契約書を作るのをサボるとエライ目にあって、最悪破産する

「法律上、契約の成立に契約書が不要である」
といいながら、他方で、ビジネスの世界では、せっせと契約書を作ります。

スピードと効率が極限にまで尊重されるビジネス世界で、なぜ、このように、あってもなくてもいい
「契約書」
にこだわり、一生懸命作り続けるのはなぜなのでしょうか?

契約書は、契約を成立させるために絶対、不可欠の条件ではありませんが、まったく意味がなく、あってもなくてもいいという無益なものではなく、やはり作ったら作ったなりの価値や効果は発揮します。

すなわち、契約書を作れば、作っていない場合と比べて、
「契約が存在したことや、契約の具体的内容を示す“証拠”」
としての意味をもちます。

要するに、
「約束の証拠」
があれば、
「口約束だけ」
より、安心できる。

ただ、それだけの話です。

すなわち、
「契約書」
というのは、取引当事者間において強制されるものではなく、
「それほど不安だというなら、どうぞご自由に証拠でも作っておかれたらいかがですか。ご自由に。ただ、作っておいたら、言った言わない、そんな話は聞いてない、と揉めた場合には役に立つかもしれません」
という程度のものにすぎません。

そんな
「言った言わない、話が違う」
ということなんて、普通の認知と記憶と常識があれば、起こり得ない、と言われそうです。

オコチャマの皆さんとしては、
「まともな記憶力と常識と良識と道徳と倫理があれば、約束をしておいて知らぬ存ぜぬとスットボケたりするような悪い奴は、社会にそんなにいないはず。渡る世間に鬼はなし、とことわざのとおり、もっと相手を信頼してもいいはず。口約束でも法的に有効なら、もっと相手を信頼して口約束だけでいいはず」
と考えられるかも知れません。

それこそ、世間を知らない、ガキの浅知恵であり、カネを無くす間抜けにありがちなダメな発想です。

確かに、1000円貸した貸さない、とか、
「その本、私もう読んじゃったのがあって、メリカリで売ろうと思っていたから、500円で譲ってあげる」
みたいな話であれば、
「言った言わない、話が違う」
なんてことは生じ得ません。

お互い譲り合えばいいだけですから。

しかし、億単位、あるいは数十億円単位の話となれば、別です。

億単位、あるいは数十億円単位の話は、常識を超えた話です。

そんな常識を超えた話にトラブルが発生し、
そこは1つ常識的に、
ここはお互い譲り合って穏便に、
まあまあ、相身互いで、円満に行きましょう、
といって、納得するはずがありません。

だって、常識を超えた額の話ですから。

常識が通用しないスケールの話ですから。

ちょっと勘違い、食い違い、想定外、思惑違いがあったので、
ちょっとタンマ、
ちょいノーカン、
そこは許して、
譲って、
という話のサイズが、数億円、数十億円のロスやダメージの容認となります。

そんなことをにっこり笑って許容するなんてしびれるくらいのアホは、ビジネス社会では生きていけません。

たとえ、しっかり認知していて、はっきり記憶していて、ただ、契約書がなかった、あるいは契約書の記載があいまいだった、という事情があって、相手の言っている内容が事実としても記憶としても間違いなく常識的で正当な内容であっても、
「契約書みてもそんなことは書いていない。書いていない以上、認めるわけにはいかない」
と突っ張るのが、責任ある企業の経営者としての態度です。

すなわち、
「言った言わない、話が違う」
ということなんて、普通の認知と記憶と常識があれば、起こり得ない、
というのは、1000円、1万円の話であればそのとおりですが、ビジネスや企業間のやりとりにおいては、些細な勘違い、食い違い、想定外、思惑違いであっても、契約書や確認した文書がなければ、すぐさま、
「言った言わない、話が違う」
のケンカに発展し、常識も情緒もへったくれも通用しないトラブルに発展することは日常茶飯事なのです。

すなわち、法によって強制されるものではないが、
「多少の時間とエネルギーとコストを負担してもなお、『言った、言わない』といった類の無益な紛争を起こしたくない」
と考える取引当事者が、“紛争予防のための自衛手段”として、相互に合意内容を証拠化しておく。

これが契約書なのです。

1)大きな額の取引で、
2)合意内容を書面化するだけの時間的余裕がある、

といった類の契約について、なるべく証拠を残しておこうという発想が働くのは当然であり、だから、ビジネスの世界においては、一定のボリュームの取引をする際に必ず契約書がついて回るのです。

例えば
「1つ100円のコンビニのおにぎりを購入する契約」
で契約書を作らないのは、1の観点において、
「さほど大きな額の取引ではなく、万が一、『言った、言わない』のトラブルが仮にあったとしても大事にならないから」
という説明が可能です。

「シャケのおにぎりと思って買ったところ、梅干しのおにぎりだった」
というトラブルが発生しても、お店で事情を説明して交換してもらうか、それもダメなら我慢して食べればいいだけの話ですし、そんなトラブルを防止するために逐一契約書を作っていたら小売りの世界で労務倒産が続出し、社会機能が停止します。

同様に、証券取引や為替取引や商品先物取引において契約書を作らずに取引を遂行するのは、2の観点において、合意内容を書面化するだけの時間的余裕がないから、という理由によるものです。

ですが、実際は、株式や商品先物の取引の現場では
「言った、言わない」
「無断で売却した」
「そんな話は聞いていない」
というトラブルはよく発生します。

要するに、迅速さを要求される取引において契約書を作らないというのは、
「時間を取るか安全を取るか、という局面において、安全を犠牲にした」
という価値判断の問題といえます。

「契約書を作る余裕はないが、多額の取引で、言った内容どおりの取引がおこなわれているかどうか不安だ」
というのであれば、相手方の同意を得て取引の際の会話をICレコーダーで録音しておくのも1つの方法です。

「契約書」
といっても単なる証拠に過ぎませんし、証拠という意味においては、会話録音も十分機能を果たしますから。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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