01983_英文契約の対処課題

英文契約を取り交わす場合、いくつかのレベルに分類されている不安や悩みが生じるものと考えられます。

そして、それは以下のような段階をおって、課題が精緻化・特定されます。

1 (外国語で書かれてあるため)言葉がわからず、何が書いてあるかわからない

2 (言葉はわかるが)意味がわからない

3 (言葉や意味は理解できるが、概念や状況を共有できず、経験を前提として理解できる事柄について経験がないため)状況や環境を具体的にイメージしたり理解することができない

4 (言葉や意味はわかるし、状況や環境も理解できるし、状況や環境が我が身に及ぼす影響も解釈し一定の理解はできているが、)理解している事柄が、本当にそのような理解で差し支えないかどうか、確認してほしい

さらに、前段階としては、取引の合理性を確保する前提として、

A)取引を具体化(ミエル化)する【正常性を前提とした具体化】

B)具体化された取引の耐性検証する(時間や状況を変更してもなお目的合理性を維持しうるか、また、仮に耐性を喪失するとすれば、どのような担保を以て安全保障とすることが可能か)【病理性を前提とした具体化】

C)以上により具体化された取引内容を言語化する

D)取引内容を記述する【タームシートレベル】

E)取引内容を契約文書化する(ここから、契約文書化のプロセスとして意識され、遂行される。受け手側の場合、上記フローでレビュープロセスを完成させていく。)

というプロセスが前置されます。

海外取引では、

・取引内容そのものの十分な合理性検証
・取引内容そのものの十分な病理性検証(ストレステスト)
・相手方提示契約書の言語解読のみならず意味理解に至る十全なご理解・解釈
・相手方提示契約書記述内容について、概念や状況を共有でき、経験を前提として理解できる事柄についても十分な経験値において把握しており、契約に記述された抽象的内容が、すべて状況や環境を具体的にイメージしたり理解したりすること
・以上の理解については、二義を容れず具体的かつ明確なレベルで認識できており、コンファームやバックアップレビューも特段必要と感じないこと

という前提において、取引を進めていくことです。

そのためにも、前段階としての(A)~(D)や、1~4の検証を十全に行うことです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01982_海外赴任中の従業員を制御するための文書作成の視点

文書を送って海外に赴任中の従業員を制御する、ということは、そのこと自体、他者制御課題です。

制御対象である相手方の認識や思考に立って、観察して、展開予測をしないと、戦理にかなった行動は難しいといえましょう。

制御対象である相手方の認識や思考に立って観察すれば、送ろうとする文書が、
・(相手方にとって)承服しがたい内容
・(相手方にとって)承服することにメリットがない
・(相手方にとって)承服しなくても、何か具体的なダメージやリスクやデメリットが感得できない内容
であるならば、合理的展開予測として、相手方においては、
・黙殺
・反論
・不当な援用
・強烈な逆撃を招来する契機(これまで沈黙による均衡を保っていたが、琴線に触れたため、相手方から当方への本格的な訴訟提起を誘発することにつながる)として捉え、逆撃を開始する
という行動が想定されます。

特に、文書という、
「発出後は、取消不能で、明確な痕跡を残すコミュニケーション手法」
は、当事者だけでなく社内外関係者や、(将来)訴訟を担当する裁判所の目に触れることも想定され、これら外部の閲覧者の感受性を想定すると、禍根を残すことにつながりかねません。

弁護士が、相手方とのコミュニケーションを設計・構築する場合、
・相手に対して、「相手方が、一定の期限内にレスポンスに関する態度決定をすることが、相手の利害に関わる」という環境設定を整える。したがって、黙殺してもいいが、黙殺すると、一定の不利を招来する可能性がある、という状況構築を行う。
・契約上の義務や法律上の義務に基づかず、いきなり、請求や要求を行い、その痕跡を残したままにすると、将来、裁判所から「この人たちは、契約上の義務や、法律上の義務をきちんと明示せず、相手方に対して、およそ承服しがたい内容を高圧的に要求する、理不尽で筋の通らない方々だ」という悪印象を持たれることを強く想定し、懸念する。したがって、その種の要求は、一定の根拠がはっきりするまで、具体的に明示することを留保する。
という制約条件を意識しながら、細密に、設計し、文書表現として具体化していきます。

とはいえ、プロジェクトオーナーの意向として、
「以上はすべて了解するが、これらをふまえてもなお、その意思表現の手法として、敢行せざるを得ない」
ということであれば、弁護士のコメントとしては、
「今後の展開予測について、法律上はもちろんのこと、事実上の責任を含め、一切負担しない。また、当方の不愉快な想定どおり、状況が悪化したことによって、ゴールや解決の可否・条件が悪化しても、『却って、事前に、懸念やリスクを提示して、抑制的な見解を提出した弁護士』には一切の責任がない」
との前提ないし条件において、
「意見なし(賛否明らかにせず)」
ということで留めることとなります。

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01981_労務マネジメントにおいて文書による謝罪を要求されたら_その2

労務マネジメントにおいて文書による謝罪を要求されたら、
「様々な選択課題を内包する、ケースないしプロジェクト」
として、“時間的冗長性”と“対処チーム組成”を考えなければなりません。

まず、認識すべきことは、この対処課題には、
「唯一の絶対的正解がない」
という厳然たる状況です。

あるのは、
「どれも正解とは、言い難い、いずれも難ありの、不正解やリスクが含まれた選択肢がいくつか」
で、
「その中から、よりマシな方法を選ぶしかない」
という状況だけです。

それは、
「実験環境における自然科学の問題」
ではなく、
「現実社会における人間関係から派生する社会的課題」
であり、しかも、
「自己制御課題」
ではなく、
「他者制御課題」
ですから、難易度や選択を誤った場合のリスクの計測の困難さは、言うまでもありません。

さらに言えば、状況観察・状況解釈上の選択肢もありますので、論理上、相当複雑多岐な選択課題について、対処する必要が出来します。

結局、多数の不正解の選択肢から、功利分析(メリット・デメリット、プロコン)を踏まえて、よりマシな選択肢を選び出し、選んだ選択肢を正解に近づける努力をするほかありません。

これらをふまえたうえで、
1 資源動員の意思決定
2 (解決までに、人員とコストとエネルギーを相当消耗することになるでしょうから)覚悟と心づもりを組織内で共有する
3 詳細なレポートを作成する
(1)概要
(2)登場人物
(3)時系列に整序された事実
4 1~3を前提として、アセスメントを実施し、プロジェクトマネジメント設計書を作成する(1)状況の認識、解釈、事態の展開や推移の予測
(2)先方の出方や法律実務上の経験則をふまえた、ゲーム環境(相場観)を把握・言語化
(3)現実的ゴール設計(相手の考え方や出方が不明で、ゴールすら描けない場合は、ゴール想定なしで、フォアキャスティング<場当たり的な出たとこ勝負・成り行き任せ>で状況変化をみる、という場合もある)
(4)ゴール(TO BE)と現状(AS IS)との間に立ちはだかる、課題抽出
(5)課題を対処するための、手段上の選択肢の抽出・プロコン(あの手、この手、奥の手、禁じ手、魔の手、寝技、小技、裏技、反則技を含めてあらゆる選択肢を想定)
(6)動員体制や役割分担
(7)前提や協力体制や環境変化に伴う、ゲーム・チェンジを予知し、想定共有しておく
を、すすめていくこととなります。

なお、伝聞によるミスコミュニケーションの弊害をなくすため、なるべく早く、オールハンズミーティングをセットアップし、プロジェクトの進捗や状況把握や課題共有化のための定例会議、さらには、これに向けた資源動員(人員拘束、予算、組織としてのエネルギー消耗の予定)を意思決定することが肝要です。

言わずもがなのことですが、最終決定をくだすのは、プロジェクトオーナー(本件帰趨によって、最終的に被害ないし責任を負担することになる、筆頭利害関係人・当事者)です。

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01980_労務マネジメントにおいて文書による謝罪を要求されたら_その1

労務マネジメントにおいて、文書による謝罪を要求されたら、その対処は、
「みようみまねでつくってみた謝罪文を、弁護士にみてもらって、ちょっと助言をもらって手直しすればいい」
というものではありません。

あるいは、
・相手方が、「相手の望む対応(文書による謝罪)をしない限り、アクションを起こす」と言ったのはブラフであり、相手の要求に完全に応じなくてもアクションは起きない、との状況認識ないし解釈ないし状況推移想定を選択
・仮に、相手方が何らかのアクション(訴訟、ネットでの悪評拡散)を取ったとしても、被害想定として、対処可能である、との状況推移想定を選択
・相手方がアクションを起こすことを忌避して相手の要求に応じるより、相手方に謝罪文書という裁判外自白(決定的証拠)を与え、相手方のゲーム環境を劇的に改善するリスクないしデメリットの大きさの方が、全体として、デメリットが大きい、と功利上の選択判断
・時間的冗長性を確保するため、時間稼ぎの趣旨で、相手を刺激しない範囲で、相手に「絶望を与えず、希望も与えない」、玉虫色のメッセージを与えることで、やり過ごす
というような雑で楽観的な選択をするのもNGです。

そもそも、(相手が文書による謝罪を要求をしてきたとしても)
「(相手方への)応答を、文書で行うのか、口頭で行うのか」
ということは、選択課題に帰しますし、文書なら文書で、
・体裁
・表現
・マナー・トーン
これらの1つひとつに、詳細実施課題があるのです。

「労務問題において文書による謝罪を求められた」
ということは、
「単一かつ唯一の絶対的正解ないし定石としての対処課題にたどり着け、かつ、迷いなく、安易かつ単純かつスピーディーに行動に移せる、通常の陳腐なルーティン」
ではなく、
「様々な選択課題を内包する、ケースないしプロジェクト」
だと、
「大事(おおごと)化」
すべき課題として、“時間的冗長性”と“対処チーム組成”を考えなければなりません。

要するに、
「謝罪する」「謝罪しない(そのまま放置)」
という二者択一の “安易かつ単純かつスピーディーに行動に移せる、通常の陳腐なルーティン”選択ではない、ということなのです。

会社の規模にもよりますが、 取締役や執行役、あるいは役職のある従業員等は、プロジェクトオーナー(本件帰趨によって、最終的に被害ないし責任を負担することになる、筆頭利害関係人・当事者)に対し、きちんと選択課題を提示し、プロジェクトオーナーが合理的な功利分析の下、正しいプロセスによって選択できるよう、事態のマグニチュードにふさわしい対応環境を構築しなければなりません。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01979_英文契約書のドラフトを受け取ったら

英文契約を受け取ったら、英文契約書の言語的意味や内容や意義の解釈のプロセスを経由してから、署名します。

1 文書の言語は完全に理解しているか?
2 文書の言葉が理解できるとして、内容や意義は理解しているか?

これらについて、不安や疑義があり、積極的な確認ができていないようであれば、まずは、この点の確認、すなわち、“状況の認知と解釈”を先行すべきです。

3 翻訳と意味を把握する

ここまでは、
「署名の是非を問う“前”の環境整備」
となります。

4 署名をすることのメリット・デメリットの検証分析をする

論理的選択肢としては、
・署名する
・署名しない
・署名を放置する
・署名はするが、一定の限定ないし留保を付す
という態度オプションが抽出されます。

5 リーガルマターを確認

・文書に署名した場合、○○の援用という解釈を招きかねず、デメリットを生じる
・(デメリットを上回る)メリットがある場合や、署名をしない場合にリスクを招来する場合等が判明するなら、これは、選択課題、すなわち“経営判断課題”です。

6 経営判断課題である場合

経営判断課題を処理するにあたっては、全ての選択肢を抽出し、これにプロコン分析を加え、責任者に判断・選択を仰ぐ、というのが合理的なビジネスフローとなります。

以上を踏まえて、(弁護士に)質問や支援要請の意図や範囲を明確にした上での“選択課題”であるにもかかわらず、
「自分でもよく理解していない、普段使っていない言語により作成された文書への署名を求められていますが、署名してもしていいですか」
と、(まるでルーティン課題の確認が如く)質問される方がいらっしゃいます。

弁護士として判断できないことはさることながら、上長・責任者としても、判断材料がないため判断しようがなく、困惑するほか、ありません。

ご参考までに、
00585_英文契約書のドラフトを受け取った場合の認知・解釈課題の対処手順
を記しておきます。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01978_刑事事件における供託金の取り戻しについて

弁済供託制度は、
「支払いたいが、相手が受け取ってくれない」
という課題解決のための制度であり、
「供託を以て、支払い完了」
というフィクションを、供託者の便宜で実施するものです。

我々弁護士が供託手続きを受任するにあたっては、
「供託した場合、取戻しはしない前提とする」
という事前確認をクライアントに行います。

無論、制度としては、取戻し手続という仕組みは存在しますし、もし、相手方が供託払戻を受けていなければ、理論上は可能です。

しかし、たとえば刑事事件において、示談金という性質で供託手続きを行う場合、示談事実が情状の一要素として考慮される等の事情のあるなか、
“判決前に供託を行い、判決後に供託を取戻す”
という行為は、
「裁判で情状を芳しくするためのポーズとして供託したが、判決をもらったら、用は済んだので、取り戻す」
ということと同義と捉えられかねず、大きな問題をはらみます。

特に、我々弁護士は、弁護士職務基本規程という倫理を遵守する立場にあるため、このような行為に加担した場合、我々自身の行為が非難されかねません。

まとめると、供託においては、取戻しという制度自体は存在するし、もし、払戻がなされていなければ理論上は可能ではあるが、
1 以上のような刑事司法手続の公正を脅かす反倫理性、
2 これを予知して受任に際して取戻しを前提としないことをクライアントに確認する、
という点から、弁護士は、“供託金の取戻し”には協力はできない、ということになります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01977_“パワハラ”事案を知ったときの会社対応

全体・概括として、
・パワハラ罪やパワハラ禁止法というものは、法律的に明確な定義は存在しません。
・“パワハラ”というものは、不定形で抽象的なものであり、被害者側が、5W1Hを含め、具体的な事実関係と違法性を主張として、固めるまでは、(言い方は不適切かもしれませんが) 会社側としては腕組みして待っていれば足りる話です。
・そして、この具体的主張を行うのは、多大な時間と労力がかかります。すなわち、過去の事実を、想起、見える化、カタチ化、文書化をしていく責任は、被害者側に帰せられる、という前提があります。

会社の対応としては、被害者側に、
「パワハラ、パワハラ」
と叫ぶだけではなく、
「具体的事実関係」
「それが、どのように違法性があると考えられ」
「それによって、具体的にどのような損害が発生したのか」
を明確に文書で主張してもらい、当該事実関係の有無をカウンターパートにも確認し、その上で、会社としての対処を決める、という流れになります。

それまでは、労使関係が存続します。

被害者側が勝手に職場放棄すれば、懲戒の問題が発生します。

情緒的な反応に情緒的にビビるのではなく、そういうシンプルでソリッドな骨格理解の下、淡々と対応するのが吉です。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01976_弁護士を変えて控訴する場合の注意点_控訴期間

民事の訴訟事件において、地方裁判所で棄却の判決がくだされると、
「控訴するか」
「控訴しないか」
という選択段階に入りますが、
「控訴する」
「控訴しない」
は、単純に、手続き上の課題ではありません。

裁判は、緻密で複雑な外交戦です。

・ゲーム環境
・ゲームロジック
・ゲームの展開推移予測
・現実的期待値
・課題の克服可能性
これらを踏まえた、“利得判断”と“資源動員決定(クライアントの資源動員だけでなく、弁護士の資源動員の是非も議論になり得る)”をする必要があります。

ですから、通常、弁護士はクライアントに対し、訴訟を起こす前に、判決後の予測(あくまでも予測であり、絶対ではありません)も含めて、 判断の前提たる選択肢を抽出整理し、クライアントに上程するのです(01975参照)。

弁護士が“選択肢を抽出整理”するにも、クライアントが“利得判断”と“資源動員決定” をするにも、“時間的冗長性”を確保することが先決であることはいうまでもありません。

判決がくだされると、弁護士がすぐさまクライアントに対して、事件報告とともに明確な期限を案内するのは、この双方の“時間的冗長性” 確保のためです。

ところで、
「代理人が、控訴についてあまり強気でないから」
というような理由で、弁護士を変更してでも控訴をしたいと法律相談にくるオーナー経営者が、たまにいます。

「控訴する」
「控訴しない」
という根源的課題を、
・利得判断からするのか
・控訴ありきでの遂行課題とするのか
の議論において、(相談者が)新しい代理人に求めるレベル感の確認の必要性は大きいですが、それよりも何よりも、控訴期間が経過してしまったら、議論自体が無益となります。

要するに、
「控訴期間が切迫しているか否か」
は、法律相談以前の問題です。

さて、最近の裁判実務運用を前提とすると、裁判所は和解を強力に勧奨するのが通常です(裁判でもそのような場面があったはずです) 。

地方裁判所の和解勧奨を蹴って、棄却の判決を受け、
「控訴する」
としても、 高等裁判所では、そもそも外交舞台の構築ができることを前提に、より外交戦の比重が大きくなります。

検証するポイントとしては、
・(弁護士が)強気かどうか、ではなく、
・(控訴の)“理由”と、“証拠”があるかないか、
さらに言えば、
・(こちらとしての思いではなく)裁判所の感受性に響く理由や証拠の有無、
ですが、控訴期間の大半がすでに経過している状況であるならば、前触れなく相談を振られた弁護士としては、
「控訴期間遵守にまつわる責任一切は、負いかねる」
という厳格な前提で、法律相談を受けることになります。

なぜなら、
「控訴期間徒過」
という事態は、弁護士の倫理としては、絶対やってはならないし、加担することはもちろんのこと、曖昧な態度で関わったり、触れたりすることも忌避されるべき事柄だからです。

このような次第で、“時間的冗長性”の確保がネックで、
「控訴しない」
と判断せざるを得ない相談者(オーナー経営者)が少なくないのが事実です。

裁判は、単純に
「勝った」
「負けた」
というシンプルなデジタル処理課題ではなく、前述のように“緻密で複雑な外交戦”です。

だからこそ、 “時間的冗長性”の 確保を軽く考えてはならないのです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01975_クライアントと弁護士の関係

弁護士と、クライアントとの関係は、民主的な文民統制における、ミリタリー(軍人)と、シヴィリアン(政治家)の関係と同じです。

・ミリタリー(軍人。弁護士の暗喩)は、奉仕すべきシヴィリアン(政治家。クライアントの暗喩)に対して、判断の前提たる選択肢を抽出整理し、上程します。

・その際、各選択肢には、客観性を貫いた、怜悧なプロコン情報(長所短所情報)も付加します。

・最後に、選択するのは、シヴィリアン(政治家、クライアント)です。

・どんなに馬鹿げた、どんなに悲惨な結果が予知される、どんなに経済合理性なき選択であっても、ミリタリー(軍人、弁護士)は、選択には介入しません。

・なぜなら、結果を負担し、責任を負うのは、シヴィリアン(政治家、クライアント)だからです。

・選択ができるのは、失敗した場合に、誰にも八つ当たりできず、ただただ、その選択帰結を負担する、シヴィリアン(政治家、クライアント)だけだからです。

・ミリタリー(軍人、弁護士)は、シヴィリアン(政治家、クライアント)が決断した選択肢は、どんなに愚劣で不合理で不経済なものであっても、稼働環境(兵糧や資源)が続く限り、当該選択肢が、正解になるよう、努力をします。

・ただ、努力は、あくまで、ミリタリー(軍人、弁護士)が自己制御課題として、自らの営為でなしうる範囲に限定されます。

・他方で、作戦行動を行う上では、外部環境や、他者動向(相手方や裁判所)に依存する割合が大きく、神ならざるミリタリー(軍人、弁護士)では、他者の制御は、不可能です。

・ミリタリー(軍人、弁護士)は、稼働環境や外部環境の制約下で、倫理にしたがい、誠実に行動する限り、結果については一切無答責の立場です。

たとえば、09174のような労働事件の場合、弁護士が、クライアントに対し、
「経験則上の期待値をふまえた経済的合理性に基づく判断」
を助言はできても、クライアントから了承をもらわないことには、相手方に対し、勝手に、条件提示等は一切できません(クライアントとの関係では越権行為になりますし、相手方代理人との関係でも、不誠実な交渉したことで責任が発生しかねません)。

選択するのは、クライアントです。

なぜなら、結果を負担し、責任を負うのは、クライアントだからです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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01974_労働事件における交渉条件提示を会社側が躊躇あるいは放置していることのリスク

労働事件において、交渉のテーブルに双方がついた状況で、
「交渉を進めるための(会社側からの)妥協的条件提示がなかなかできない」
ことに相手方がしびれを切らした場合、訴訟(ないし労働審判)に移行、という最後通告を受けかねません。

弁護士としては、クライアントである会社側から、方針について
「了承」
をもらわないことには、相手方に対し、勝手に条件提示等は一切できません(クライアントとの関係では越権行為になりますし、相手方代理人との関係でも、不誠実な交渉したことで責任が発生しかねません)。

無論、会社として、
・「法廷闘争も辞さない」
かつ
・「そのための弁護士費用追加分や内部人員の動員を含めた費用増加も辞さない」
加えて
・「上記のような時間とコストとエネルギーを費消したにもかかわらず、示談段階より不利な高額支払いを命じられるリスク(というか高度の蓋然性)も覚悟の上である」
という理解認識である、ということであれば、それはそれで1つの判断です。

可能性の問題はさておき、弁護士としては、クライアントの判断を尊重し、(無論、費用はかかりますが)出来る限りの支援をします。

ただ、価値観やアイデンティティの問題として、
「経験則上の期待値をふまえた経済的合理性に基づく判断」
を捨象して、情緒的な決断をした場合、その結果は、
「(会社にとっては)より腹立たしい、経済的不利を招来する」
という高度の蓋然性は、プロの立場として指摘せざるを得ないことも、クライアントは了承しなければならない、ということになります。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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