「契約は取った。商品は納めた。あとは請求書を送るだけ」。
そう思っていた矢先、顧客から
「代金は一円も払わない」
という内容証明が届くことがあります。
理由は
「御社の営業マンが、勝手に私の個人情報を他社に流したから」、
そして
「競合他社の悪口を吹き込んで契約させたから」。
営業現場が良かれと思って(あるいはノルマに追われて)行った
「情報の横流し」
と
「競合への口撃」
は、法的には
「契約解除」
や
「損害賠償」
という巨大なブーメランとなって戻ってきます。
本記事では、たった50万円の売掛金が、営業の不始末によって
「回収不能(取り立てるだけ赤字)」
の不良債権へと化ける法的メカニズムについて解説します。
【この記事でわかること】
• 個人情報の目的外利用が「契約の重要部分の不履行」とみなされるロジック
• 競合他社を「高い」「不当」と腐すことが、なぜ不正競争防止法違反になるのか
• 「損害賠償」と「代金債務」を相殺(チャラ)にする、顧客の最強の自衛策
【相談者プロフィール】
相談者: 株式会社 メデ・コネクション 法務課長 堅山 守(かたやま まもる)
業種 : 医療・治療院向けシステム販売
相手方: 骨継(ほねつぎ)接骨院 院長 E氏
トラブルの原因: 営業担当者が、E氏の情報を提携団体に流し、かつ競合他社を誹謗中傷して契約を取ったこと。
【相談内容】
先生、営業部が、やらかしました。
当社のシステム(50万円)を購入したE院長から、
「代金は払わない」
という通知書が届いたのです。
言い分はこうです。
1 契約直後、頼みもしない団体から勧誘が来た。御社が個人情報を勝手に流したことは明白だ。医療情報を扱う会社としてコンプライアンス違反であり、契約違反だ。
2 御社の営業は、私が使っていた他社(M社)のサービスを「高い」「不当だ」と虚偽の事実を告げて解約させ、契約を結ばせた。これは不正競争防止法違反(信用毀損)であり、詐欺だ。
3 よって契約は解除する。さらに、情報漏洩や不正競争による慰謝料等の損害賠償請求権と、未払いの代金を「相殺」する。つまり、支払いはゼロだ。
50万円の回収のために訴訟を起こすべきでしょうか?
それとも、営業の自業自得として諦めるべきでしょうか?
「顧客リスト」は料理の食材ではない
堅山課長、この通知書を書いた相手(またはそのバックにいる知恵者)は、相当な手練れと見受けられます。
まず、個人情報の流用について。
営業マンにすれば、
「提携先にも紹介してあげれば、お互いハッピー」
くらいの軽い気持ちだったのでしょう。
しかし、法的には、これは
「目的外利用」
という立派な契約違反です。
特に、医療・治療情報というセンシティブなデータを扱うシステム会社にとって、
「情報の守秘」
は、商品の性能以前の
「契約の前提(土台)」
です。
土台が腐っている家に誰も住まないように、情報管理ができない会社との契約は
「解除されても文句は言えない」
というロジックは、法的に非常に強力です。
「あそこの商品はダメだ」は、天に唾する行為
次に、競合他社(M社)への誹謗中傷です。
「あそこのサービスは高いですよ」
「不当な料金ですよ」
営業トークのつもりで言ったこの言葉は、不正競争防止法2条1項14(21)号(信用毀損行為)の地雷をまともに踏んでいます。
「競争関係にある他人の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知」
することは、立派な違法行為です。
これにより、顧客であるE院長だけでなく、悪口を言われたM社からも訴えられるリスクを背負い込みました。
まさに
「一粒で二度苦しい」
状況です。
「相殺(そうさい)」という名の魔法の杖
そして、相手方のトドメの一撃が
「相殺」
です。
「私があなたに払う50万円」
と
「あなたが私にした不法行為(情報漏洩・詐欺的勧誘)の損害賠償50万円」
を対当額で消滅させる。
これを主張されると、こちらは手も足も出ません。
訴訟は「骨折り損のくたびれ儲け」
では、50万円を取り返すために裁判をやるか?
答えは
「NO」
です。
50万円の債権回収のために弁護士を雇えば、着手金と報酬で足が出ます(費用倒れ)。
また、裁判になれば、営業マンが競合他社の悪口を言った事実や、情報を横流しした事実が公になり、会社のレピュテーション(評判)は地に落ちます。
相手方はそれを見透かした上で、
「文句があるなら訴えてみろ(どうせできないだろう)」
と、高みの見物を決め込んでいるのです。
【今回の相談者・堅山課長への処方箋】
堅山課長、悔しいですが、今回は
「完全敗北」
を認めるのが、最も傷が浅い選択です。
1 請求の断念(沙汰止み)
50万円は
「高い授業料」
として諦めましょう。
訴訟コストと風評リスクを考えれば、これ以上深追いするのは、傷口に塩を塗るようなものです。
2 M社への飛び火を防ぐ
最も恐ろしいのは、この件が競合のM社に伝わり、不正競争防止法違反で訴えられることです。
E院長をこれ以上刺激せず、静かに幕を引くことが、M社への延焼を防ぐ唯一の防火壁です。
3 営業現場への「焼き入れ」
「顧客情報の横流し」
と
「競合の悪口」
は、熱心な営業ではなく、会社に損害を与える
「背任行為」
であると、営業担当者に骨の髄まで理解させる必要があります。
「口は災いのもと」
と言いますが、今回の営業マンの軽率な口は、
「災い」「損失」
そのものでしたね。
※本記事は、架空の事例をもとに、個人情報保護法および不正競争防止法に関連する取引トラブルの法的構造を解説したものです。
実際の法的責任や相殺の成否については、具体的な事実関係や証拠状況により異なります。
個別の事案については必ず弁護士にご相談ください。
著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所
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