00033_企業法務ケーススタディ(No.0007):“訳あり”で辞めた不良社員から、「未払残業代を支払え」といわれた

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
どっきり寿司チェーン オーナー 大瀞 炙郎(おおとろ あぶろう、46歳)

相談内容:
先生、ちわっす。
景気はどうかって?
いやもう、絶好調ですよ!
銀座に今度新しい店オープンしましたから、ぜひ一度来てくださいよ。
新鮮なネタ用意させておきますから。
といっても、回転寿司ですから、雰囲気的にはイマイチですが、そこんとこは勘弁してください。
今日来ましたのはね、実は、ちょっと前まで神田店の店長やらしてた奴がいまして、先月
「身体がもたねえ」
つって退職しやがったんですがね、その野郎、弁護士に依頼して、
「入社してから辞めるまでの5年分の残業代が未払いだ。
すぐに払え。
払わないと訴訟を提起します」
なんて、御大層な内容証明郵便でぬかしてきやがったんですよ。
そんなバカな話あるかって感じですよ。
そいつ、板前やってたんですが、前の店、女将さんに手ぇ出して追い出されたんで、オレがひろってやったようなもんなんですよ。
給料だって、800万円もやってたんですぜ。
店のレジちょろまかしやがっても、多少ことは目ぇつむってきた。
なのに、なんだよ、これ、って感じですよ。
ったく。
こんなの払わなくていいですよねぇ? 先生?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:サービス残業は単なる違法操業
相談者は、
「従業員たる者、滅私奉公の精神を持つべきで、サービス残業など当たり前」
という前提認識を持っておられるようですが、賃金は、残業代を含め、正確に計算して全額支払うことが法律上の義務として定められており(給与全額払の原則、労働基準法24条)、
「サービス残業」
という状態は、単なる違法状態の恒常化を示すものにほかなりません。
また、
「店長」
という肩書も、管理監督者に該当するかどうか、問題になり得ますが、実際の認定実務では、かなり高給で地位の高い者を除き、そう簡単に認定してくれません。
会社のお金をくすねていた、という点も、横領の事実を5W2H で具体的に立証できる痕跡があれば格別、
「なんとなく怪しい」
程度では、戦う武器としてはかなり脆弱といえます。
最後に、賃金債権は2年の時効にかかりますので(労働基準法115条)、これは援用して、請求を一部縮減すべき、ということになります。

モデル助言:
残念ながら、どっきり寿司としては、時効にかかっていない2年分残業代を支払わなければならない。
まあ、時効を援用して、請求を5年分から2年分に減らしただけではちょっと芸がないですから、和解を目的として、少し法廷で暴れてみましょうか。
和解交渉の際のカードに使う前提で、店のレジから勝手にお金を盗んだ件は、被害届を出し、損害賠償請求をしましょう。
それと、在職中、他に問題なかったですか?
なるほど。
セクハラとかもあったんですね。
それじゃあ、そちらの件も事実聴取の上、こちらから先行して訴訟をしかけましょう。
こちらが先手を取った後、相手は未払残業代を払えなどと反訴をしてくるでしょう。
その際は、認められない可能性はあるものの、戦略上、管理監督者性の主張は出しておきましょう。
あとは、裁判官を味方につけて、残業代を極力値切っていきます。
とはいえ、残業管理をせずにだらだら残業させておくような御社の体質は問題ですので、早急に、コンプライアンス体制を整えるべきですよ。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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