00130_企業法務ケーススタディ(No.0084):秘せずば特許なるべからず

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
井尻理研株式会社 社長 井尻 昇(いじり のぼる、45歳)

相談内容: 
本日は、弊社の大躍進の前祝ということで、ご挨拶に伺わせていただきました。
実はですね、ついこないだ、わが社で、とんでもなく素晴らしい技術が完成しましたんです。
不況のせいか、当社のようなショぼいベンチャー企業にも、昨年あたりから、理系出身の博士号もっているような連中が
「就職させてくれ」
と言ってわんさか押し寄せてきました。
その中で京都大学理学部大学院卒ってのがいたんですが、ヤツがやってくれました。
さすが、天下の東大、宇宙の京大、構想力がぶっ飛んでます。
自動車のマフラーに、この舌のような形状をした板を取り付けると、1秒間18回という高速スピードでレロレロし、排気ガス中の二酸化炭素が激減する、という仕掛けです。
私も三流私立大卒とはいえ、一応理系なので分かるのですが、この研究のすごさは、ノーベル賞級ですし、何といっても、二酸化炭素排出25%減の国家目標を達成するに当たって間違いなく貢献しますし、それに、やらしい話、この技術、無茶苦茶儲かります。
早速、明日、業界団体主催の定例の研究発表会があるので、マスコミとかをワンサカ呼んで、研究の成果発表を大々的にやる予定です。
来月には特許出願する運びですから、特許が取れた暁には、大企業とのライセンス交渉など、先生にガツンとお願いしますから、一緒にガッポガッポ儲けましょうね。
アーハハハハハハ。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:特許権が認められるための要件
自由な競争による経済社会の発展を標榜するわが国において、
「特定のアイデアや思いつきといったものに規制がかけられ、その使用が制限される」
などというのは、国是に真っ向から反する話です。
しかしながら、
「斬新で高度な技術に対して一定期間独占的な利用権を与え、保護することにより、発明が促進し、産業が発達し、結果として社会や国家が豊かになる」
という観点から、わが国においても特許制度というものが定められています。
このような特許制度の趣旨からは、
「アイデアや思い付きであれば何でもかんでも特許権を与える」
ということにはならず、
「産業の発達に寄与するような新規の発明に限って、特許を与える」
という仕組みが導かれます。
このような観点から、特許法において、特許要件として、新規性、すなわち
「その発明が未だ社会に知られていないこと」
が加えられています。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:特許出願前の研究発表には要注意
研究者の中には、特許法の知識に疎いために、研究が成功すると、嬉しさのあまり、特許出願なんて面倒なことは後回しにして、すぐに研究内容を発表してしまう方がいらっしゃいます。
しかしながら、この行為は特許取得にとっては非常に有害な影響を与えます。
すなわち、研究発表をしてしまうことで、その研究内容が特許出願に先立ち社会に知られてしまうこととなり、特許を受けるための要件である新規性が喪失してしまうのです。
発表をした本人からすれば、自分の行った研究と同一又は似通った内容の研究が誰かに発表されてしまう前にいち早く発表したいのは心情として当然でしょうし、何より、
「自分で発見した研究成果・技術を自分自身が発表することで、なぜ特許権が与えられなくなるのか?」
と不信に思われるかもしれません。
しかし、新規性のない発明には特許を原則与えないとしているのは特許制度の本質から導かれる要件であり、特許法の立場としては
「成果をいいふらしたいのであれば、特許出願してからにしなさい」
ということなのです。
とはいえ、ときに、法律も粋な計らいをしてくれるもので、特許法は、新規性のない発明については原則特許権を与えないとしつつ、30条にて、
「特許庁長官が指定する学術団体が開催する研究集会」

「刊行物」
にて発表した場合には、例外的に、新規性が失われないとの救済規定を設け、
「研究者の功名心」
に一定の配慮を与えています。

モデル助言: 
ガッポガッポという景気のいい話はまことにありがたいのですが、その前に、そもそも御社が特許を取れなくなるところでしたね。
明日の発表会は業界団体の定例会だそうですから、
「特許庁長官が指定する学術団体が開催する研究集会」
にはあたらないでしょうね。
研究発表を行った瞬間に、新規性が喪失し、特許権は永久に取れないということになります。
どうしても発表を行いたいというのであれば、別のアプローチを考えないとダメですね。
特許法29条1項1号にいう
「公然知られた」
とは、
「秘密状態を脱した」
ことをいうとされています。
すなわち、その研究発表を聞いた人間と守秘義務契約、つまり、秘密を守るという約束をしている場合には、
「公然知られた」
とはなりません。
ですので、明日の研究発表会の参加者全員から守秘義務契約書を徴収しておけば、なんとか新規性が維持されますかね。
とはいえ、そもそもそんな舌が高速でレロレロなんて発明で特許取れますかね。
ま、発明の高度性の点も含めてよく検討してください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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