00180_企業法務ケーススタディ(No.0135):訴えを捨て置くと、株主から訴えられるぞ!

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
スカーレットコミュニケーション株式会社 鍬形 恵理(くわがた えり、35歳)

相談内容: 
ITベンチャーのわが社も、ようやく年商20億円が達成できました。
ところが、最近、某大手企業グループに属する2部上場のメーカーさんに納入したソフトについて、
「ニーズに合わない」
とかイロイロ難癖を付けられて、代金を払ってもらえなかったんです。
その額なんと2億円。
ウチの年商の1割ですよ。
訴訟やるにしても、時間や弁護士費用も嵩むわで無理ですよ。
何より、相手が大手企業グループに属する会社さんですから、訴訟なんか起こすと、どこで仕返しが待っているかも分かりません。
それで訴訟は見送ろうとしていたその矢先に、今度は株主さんが文句を言い始めまして。
アメリカ在住のO’Haraさんという株主がいるんですが、激怒ですよ。
話をまとめると、
「裁判なんてやってみいひんとわからんのに、何、ハナから諦めんとんねん。『江戸の仇を長崎で討たれる』てか。何ぼけカマシとんねん。オマエがそこまで根性なしやったら、こっちが株主代表訴訟起こして、オマエら取締役全員から損害賠償搾り取ったるさかい、覚悟しとけ」
ゆうことですわ。
でも、勝てるかわからん訴訟ですし、相手が怒って、取引が生きている別のグループ企業から仕事干されたらどうするんですか!
一体、私はどうすればいいんでしょう!?

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:会社財産を管理する義務
取締役は、会社と委任契約を締結した受任者としての立場をもちます。
この義務の内容・水準は、
「医者の患者に対する義務」

「弁護士の依頼者に対する義務」
と同様のものと理解されており、取締役は、
「経営の専門家」
として、プロフェッショナル水準にて会社の利益を守る義務を負っています(善管注意義務。会社法330条、民法644条)。
この義務のひとつとして、取締役は、会社の財産を適切に管理・保全する義務を負っているとされます。
会社の財産が債権である場合には、適切な方法によってこれを管理するとともに、回収を行う義務を負っているとされます。
O’Haraさんの主張どおり、会社がある債権を有しており、ある時期においてその回収が可能であったにもかかわらず、取締役が適切な回収を実施せず、かつ、そのことに過失が認められる場合には、取締役の善管注意義務違反として、会社に対して損害賠償責任を負担することになります(会社法423条1項)。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:不提訴が取締役の善管注意義務となるケース
では、具体的に、いかなる場合に、取締役が
「適切な回収を実施」
しなかったといえるのでしょうか。
「会社に債権があるが、債務者が支払わない場合にはとにかく訴訟を提起しなければならない」
というのでは、会社は勝訴する見込みもなかったり、あるいは、勝訴しても、相手が無一文で回収できない場合にすら訴訟を提起しなければならなくなり不合理といえます。
すなわち、
「訴訟を提起するか否か」
については、ビジネスジャッジメントとして、
「経営のプロ」
である取締役に、訴訟提起に伴うメリットデメリットを判断させる裁量(経営裁量)を与える必要性もあります。
この点、東京地裁2004年7月28日判決は、
「1 債権の存在を証明して勝訴し得る高度の蓋然性があったこと
2 債務者の財産状況に照らし勝訴した場合の債権回収が確実であったこと
3 訴訟追行により回収が期待できる利益がそのために見込まれる費用等を上回ることが認められること」
という要件を定立し、これらが充足されるにもかかわらず、取締役が提訴を放置した場合には、会社財産たる債権の適切な維持・管理を怠ったとして、善管注意義務違反を構成すると判示し、これは、東京高裁、最高裁でも支持されています。
つまり、
「勝訴が見込め、相手に財産があって回収でき、回収額が訴訟費用よりも上回る場合」
には、取締役は訴訟を提起すべきである、としているのです。

モデル助言: 
裁判例では、先の要件をすべて満たす場合には、訴訟提起は義務的であるが、そうでない場合は、取締役の胸三寸で決めていい、ということです。
とはいえ、
「勝訴の蓋然性」
等の判断の前提となる資料は、
「取締役が訴訟を提起しないとの判断を行った時点において収集可能であった資料」
を含む、とされていますから要注意ですね。
「経営のプロであれば通常集めることができたはずの資料」
を、取締役が怠慢によって集めなかった場合には、結果として
「提訴すべきものを放置した」
と非難されて、損害賠償責任を負担する結果になり得ます。
ロクな調査もせず、素人感覚で
「これでは確実には勝てない」
等と速断するのは危険です。
今回は売上の大部分を占める2億円もの額です。
株主の不満や怒りもごもっともですよ。
本件については、私のほうで勝訴可能性を調べてレポートします。
その上で、取締役会を開いて、訴訟提起の是非について議論して決議した方がいいですね。
株主もそう多くないので、臨時株主総会を開催して、説明や報告をしてもいいと思います。
なお、グループ企業が今どき
「江戸の仇を長崎で討つ」
なんて嫌がらせをしたら、それこそ独禁法違反の不公正な取引方法として訴えるべきです。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

【本記事をご覧になり、著者・所属法人にご興味をお持ちいただいた方へのメッセージ】
当サイトをご訪問いただいた企業関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいたメディア関係者の皆様へ
当サイトをご訪問いただいた同業の弁護士の先生方へ

企業法務大百科® 開設・運営:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

弁護士法人畑中鐵丸法律事務所
弁護士法人畑中鐵丸法律事務所が提供する、企業法務の実務現場のニーズにマッチしたリテラシー・ノウハウ・テンプレート等の総合情報サイトです