00676_交渉において「条件を先に言い出す」ことの致命的有害性

カネや財産や権利や地位について、殺し合いをおっぱじめかねないくらい対立している状況で、交渉の担当者となって、いきなり、相手に対して具体的な和解条件を提示する方がいます。

さらには、当該和解条件提示に際して、
・万が一、訴訟になれば無駄にカネや時間や労力を費消するから、
などと妥協根拠までバカ正直というか馬鹿丁寧に示したりする方もいます。

「交渉において、初手で、こちらから条件を提示する」
という行為は、もっともやってはいけない、愚かで未熟な手法です。

こちらが提示した条件が、
・相手の想定条件よりよい条件であったら、相手に望外のアドバンテージを与えますし、
・相手の想定条件より悪い条件であったら、「相手は手の内を見せずに峻拒し、次の闘争フェーズに移行させ、闘争の末、次の交渉フェーズにおいて、こちらの条件を起点(アンカリング)に、さらにこちら側に譲歩を迫り、より有利に交渉を進めることができる」というアドバンテージを与えます
ので、いずれにしても有害無益です。

相手がこんな壊滅的なアホであれば、私が相手方交渉担当者なら、相手から出してきた条件がどんなものであっても、初手の提示条件は拒絶するとともに、相手が妥協したがっている(本格闘争を遂行するだけの動員資源に不足しており、弱腰になって、泣き言ほざいて早期妥結にすがりついている)状況を最大限利用し、ブラフとして本格闘争開始(訴訟移行)を宣言します。

「相手が、闘争を開始続行するだけの資源に不足しており、闘争遂行をあからさまに忌避している」
という弱点を晒してくれているわけですから、相手の弱点や傷口は徹底的に攻撃するに決まってます。

相手の傷口をみつけたら、そこに、塩をふりかけ、わさびや辛子やハバネロを塗り込み、最後にレモンを絞りかけるのが普通でしょう。

また、相手が早期妥協への希望や渇望を見せてくれたら、絶望させない程度の希望をちらちらみせつつ、際限なき妥協をさせるべく、闘争カードをちらつかせながら、いつ終わるかわからない交渉を、疲弊してギブアップするまで継続させてもいいでしょう。

それが、交渉というものです。

話は変わりますが、歴史上、もっとも、愚劣で危機管理意識の欠如した人物として、私が心底侮蔑するのは、515事件で暗殺された、犬養毅首相です。

集団で自分を暗殺しにやってきた武装した青年将校が近づいたとき、逃げるわけでも、隠れるわけでもなく、抵抗するわけでもなく、武装するわけでもなく、
「多分、相手も、バカではないし、常識は通じるだろうし、そんなにやばいヤツではないから、まあ、話したら、理解して、帰ってくれるだろう」
と安易に考え、本気で殺すつもりだった場合の備えについてはノープランで、
「話せばわかる」
と切り出しました。

その結果、
「問答無用!」
の一言で、銃殺されました。

無論、それ以前に、軍備拡張する青年将校を免官するプロジェクトを準備を整え、電光石火のごとく、断固たる形で、果断に行うべきところ、
「俺、あいつら、気に食わないから、今度、解雇してやるんだ~」
と、身内(その中には、青年将校のシンパもいる)にべらべらしゃべる、という危機管理意識の致命的欠如っぷりも、
「この話を聞いた相手がどう出るか」
という想像力も欠如した、愚劣極まりない幼稚な行動に出ています。

「濱口雄幸首相襲撃事件が前年に起きているにもかかわらず、犬養は、その後も、警備手薄の状況で、のほほんとしていた」
というところですでにダメだったのですが、最後の最後まで、このリーダーは、善意の塊がゆえの、危機管理者としては超絶に無能の人物だったんだと思います。

我々、法的危機管理や法務安全保障の専門家としての弁護士の経験則としても大いに納得する、至言ともいうべき、行動選択や意思決定に関する格言があります。

「(選択に)迷ったら、苦しい方を選べ」
というものです。

すなわち、
「いくつか選択肢があるときは、より、(経済的、資源消耗的、精神的)負荷がかかり、目先、苦しさが訪れて、準備と段取りに手間取り、時間とエネルギーを消耗するような、そんな選択肢が、最善解に至る可能性が高い」
という経験上の蓋然性です。

逆に、迷った時に、簡単な方、楽な方、安直な方、手っ取り早い方、フィーリング的にフィットする方、自分の常識(という、偏見、思考上の偏向的習性)に適う方を選んだら、たいてい、泥沼にはまりこみ、あとで後悔する、ということも意味します。

特に、精神的負荷の楽な方を選んで失敗する、という例は、私の小さな経験上、よく見聞します。

具体的には、
「人間の善意」
「相手の思考における合理性に対する信頼」
を認識の根源的前提に置き、相手の善意や合理性に依拠して、
「相手が悪意で、期待と真逆の態度に出た場合の備え」
をすることなく、漫然と、安直に、軽い気持ちで、丸腰で、初手を打って、
「相手が悪意で、期待と真逆の態度」に出る、
という憂き目に遭い、そこで詰んでしまう、という状況です。

まさしく犬養の失敗そのものです。

そして、
早期妥結が相互互恵の最善の結末という予定調和と勝手に夢想し、
相手の善意と理性を一方的に期待し、
交渉の初手で、具体的条件を示したり、さらには、闘争忌避を明示あるいは黙示に表明するなどという愚行をしでかす交渉担当者の失敗の根源も同様のものです。

交渉において、妥協内容を含む和解条件の提示するのは、1年かかろうが、10年かかろうが、100年かかろうが、絶対こちらからは切り出しません。

北方領土の返還交渉において、ロシア側は、10年たとうが、50年たとうが、妥協した条件を全く示すことがないのは、まさしくこういう戦略的理性に基づく合理的態度決定の帰結なのです。

民事紛争・商事紛争においても、しびれを切らして条件を出し始めた側が交渉が不利に陥りますので、訴訟が始まり、裁判官が
「このくらいの金額で和解されたらどうでしょう」
という声が聞こえるまで、貝殻のように沈黙を守り通すのが、最も戦理にかなった態度といえます。

無論、支払うべき義務が明らかで、裁判になれば早晩不利な判決が出て、遅延損害金等を支払わされたりして、時間の流れがこちらに悪意に作用するような場合は別です。

しかし、そのような場合であっても、究極的には、供託するなり、債務不存在確認訴訟提起によって、こちらがイニシアチブを握って紛争フェーズを変えることもできなくはありません。

いずれにせよ、相手の理性や善意に漫然と依拠して、思考やメンタリティに負荷をかけずに、キモチがラクになるような方法選択は、プロとして取るべき態度ではありません(クライアントやプロジェクトオーナーが、不利を十分承知で、招来される悪しき結果に対する免責を明確に了解して、そのような愚策履践を求めるなら別ですが)。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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