00706_契約書のチェックの段取りと実務その3:「契約書」はなくとも「契約」は成立するにもかかわらず、なぜ時間やコストやエネルギーを費消して契約「書」を作るのか?

「法律上、契約の成立に契約書が不要である」
といいながら、他方で、取引社会では、せっせと契約書を作ります。

スピードと効率が極限にまで尊重されるビジネス世界で、なぜ、このように、あってもなくてもいい
「契約書」
にこだわり、一生懸命作り続けるのはなぜなのでしょうか?

契約書は、契約を成立させるために絶対、不可欠の条件ではありませんが、まったく意味がなく、あってもなくてもいいという無益なものではなく、やはり作ったら作ったなりの価値や効果は発揮します。

すなわち、契約書を作れば、作っていない場合と比べて、
「契約が存在したことや、契約の具体的内容を示す“証拠”」
としての意味をもちます。

すなわち、
「契約書」
というのは、取引当事者間において強制されるものではなく、
「それほど不安だというなら、どうぞご自由に証拠でも作っておかれたらいかがですか。ご自由に。ただ、作っておいたら、言った言わない、そんな話は聞いてない、と揉めた場合には役に立つかもしれません」
という程度のものにすぎません。

そんな
「言った言わない、話が違う」
ということなんて、普通の認知と記憶と常識があれば、起こり得ない、と言われそうです。

確かに、1000円貸した貸さない、とか、
「その本、私もう読んじゃったのがあって、メリカリで売ろうと思っていたから、500円で譲ってあげる」
みたいな話であれば、
「言った言わない、話が違う」
なんてことは生じ得ません。

お互い譲り合えばいいだけですから。

しかし、億単位、あるいは数十億円単位の話となれば、別です。

億単位、あるいは数十億円単位の話は、常識を超えた話です。

そんな常識を超えた話にトラブルが発生し、
そこは1つ常識的に、
ここはお互い譲り合って穏便に、
まあまあ、相身互いで、円満に行きましょう、
といって、納得するはずがありません。

だって、常識を超えた額の話ですから。

常識が通用しないスケールの話ですから。

ちょっと勘違い、食い違い、想定外、思惑違いがあったので、
ちょっとタンマ、
ちょいノーカン、
そこは許して、
譲って、
という話のサイズが、数億円、数十億円のロスやダメージの容認となります。

そんなことをにっこり笑って許容するなんてしびれるくらいのアホは、ビジネス社会では生きていけません。

たとえ、しっかり認知していて、はっきり記憶していて、ただ、契約書がなかった、あるいは契約書の記載があいまいだった、という事情があって、相手の言っている内容が事実としても記憶としても間違いなく常識的で正当な内容であっても、
「契約書みてもそんなことは書いていない。書いていない以上、認めるわけにはいかない」
と突っ張るのが、責任ある企業の経営者としての態度です。

すなわち、
「言った言わない、話が違う」
ということなんて、普通の認知と記憶と常識があれば、起こり得ない、
というのは、1000円、1万円の話であればそのとおりですが、ビジネスや企業間のやりとりにおいては、些細な勘違い、食い違い、想定外、思惑違いであっても、契約書や確認した文書がなければ、すぐさま、
「言った言わない、話が違う」
のケンカに発展し、常識も情緒もへったくれも通用しないトラブルに発展することは日常茶飯事なのです。

すなわち、法によって強制されるものではないが、
「多少の時間とエネルギーとコストを負担してもなお、『言った、言わない』といった類の無益な紛争を起こしたくない」
と考える取引当事者が、“紛争予防のための自衛手段”として、相互に合意内容を証拠化しておく。

これが契約書なのです。

1 大きな額の取引で、
2 合意内容を書面化するだけの時間的余裕がある、

といった類の契約について、なるべく証拠を残しておこうという発想が働くのは当然であり、だから、ビジネスの世界においては、一定のボリュームの取引をする際に必ず契約書がついて回るのです。

例えば
「1つ100円のコンビニのおにぎりを購入する契約」
で契約書を作らないのは、1の観点において、
「さほど大きな額の取引ではなく、万が一、『言った、言わない』のトラブルが仮にあったとしても大事にならないから」
という説明が可能です。

「シャケのおにぎりと思って買ったところ、梅干しのおにぎりだった」
というトラブルが発生しても、お店で事情を説明して交換してもらうか、それもダメなら我慢して食べればいいだけの話ですし、そんなトラブルを防止するために逐一契約書を作っていたら小売りの世界で労務倒産が続出し、社会機能が停止します。

同様に、証券取引や為替取引や商品先物取引において契約書を作らずに取引を遂行するのは、2の観点において、合意内容を書面化するだけの時間的余裕がないから、という理由によるものです。

ですが、実際は、株式や商品先物の取引の現場では
「言った、言わない」
「無断で売却した」
「そんな話は聞いていない」
というトラブルはよく発生します。

要するに、迅速さを要求される取引において契約書を作らないというのは、
「時間を取るか安全を取るか、という局面において、安全を犠牲にした」
という価値判断の問題といえます。

「契約書を作る余裕はないが、多額の取引で、言った内容どおりの取引がおこなわれているかどうか不安だ」
というのであれば、相手方の同意を得て取引の際の会話をICレコーダーで録音しておくのも1つの方法です。

「契約書」
といっても単なる証拠に過ぎませんし、証拠という意味においては、会話録音も十分機能を果たしますから。

運営管理コード:HLMGZ13-3

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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