00744_モノのマネジメント(製造・調達・廃棄マネジメント)における企業法務の課題4: リスク・アプローチによるコンプライアンス体制構築

賞味期限改竄事故を防止する観点から菓子製造業におけるコンプライアンス体制構築が行われた例を紹介したいと思います。

かなり前の話になりますが、ある老舗和菓子メーカーで、賞味期限改竄事件が発生しました。

この事件ですが、
「夏場に製造日と消費期限を偽ったことがある」
という内部告発が某保健所に届き、その結果、JAS法(食品の品質表示などを定めた農林物資の規格化及び品質表示の適正化に関する法律)違反容疑で、農水省と保健所による立ち入り調査が行われました。

農水省によると、当該メーカーは出荷の際余った餅を冷凍保存して、解凍した時点を製造年月日に偽装して出荷していた、とのことでした。

偽装は、未出荷のものもあれば、配送車に積んだまま持ち帰ったものもありました。

さらには回収した餅を、餅(もち)と餡(あん)に分けて、それぞれ
「むき餅(もち)」
「むき餡(あん)」
と称して、自社内での材料に再利用させたり、関連会社へ原料として販売していた事実も発覚しました。

偽装品の出荷量は、3年間、約600箱(総出荷量の約18%)に上り、これ以外の期間にも日常的に出荷していたことが判明し、メーカー側も記者会見にて、
「売れ残った商品を、製造日を偽装して再出荷したこと」
を認めるに至りました。

圧倒的知名度をもつ人気商品だっただけに、当時社会が受けた衝撃は大きく、連日、事件の詳細が報道されました。

私としては、この和菓子メーカーは、潰れるか、どこかに買収されてしまうと考えていましたが、コンプライアンス体制構築に成功し、見事、自主再生されました。

その際、当該メーカーが採用したコンプライアンス体制は、性悪説及びリスク・アプローチを徹底した見事な内容であり、今後、自己予防マネジメントの模範となるべきものと考えますので、具体例として紹介してまいりたいと存じます。

第1 製造管理におけるコンプライアンス

1 生産能力内の受注の徹底

「営業・販売サイドの強い圧力により、受注能力を超過したものを、回収品の再利用や賞味期限改竄によって納品する可能性」
が事故につながると認識し、このような操業の動機・背景を絶つべく、計画生産・計画受注を徹底し、営業・販売サイドによる受注能力を超過した納品要求をなくす。

この種の不祥事企業においては、原因を曖昧にしたまま、中途半端な改善策に終始し、何度も不祥事を繰り返すところが少なからず存在するようです。

しかしながら、当該メーカーにおいては、営業・販売サイドの圧力によって
「生産能力を超えた受注」
を受けており、これが原因となって無茶な操業がされていた、という原因事実がきちんと把握され、コンプライアンス体制に反映されています。

2 物流数値管理の厳格化

「本来廃棄すべきものが、廃棄されず、再利用されることが大きな問題である」
との認識に立ち、担当各部の物流数値を厳格に管理することにより、回収品再利用の厳しい監視の目を光らせる。
・生産部=生産数と廃棄数の管理・誤差検証の厳格化
・生産管理部=受払数・廃棄品数の管理・誤差検証の厳格化
・販売部=販売数・回収数の管理・誤差検証の厳格化
 

「漫然と現場を信頼することは管理放棄につながりかねない状況となっている」
「モノ作りを管理するという仕事に限っては、常に操業効率化を優先する現場や委託先においては回収品の再利用や賞味期限改竄を行う等の法令その他各種規範違反を冒す誘惑と危険が存在する」
という
「性悪説」
に立脚した、徹底したリスク・アプローチによる不祥事予防のための科学的・合理的体制が構築されています。

3 廃棄品管理の徹底

賞味期限を越えて売れ残り、回収された不良在庫は、安全上・衛生上、本来廃棄されるべきものである。
しかし、製造現場に回収品廃棄をもゆだねると、操業効率を安全・衛生より優先させてしまい、廃棄品の再利用につながる危険がある。そこで、このような事態を防ぐため、指揮系統や処分実施責任を製造現場から分離し、独自のラインで処理させる。
・未出荷品・店頭回収品の廃棄品の処分と処分管理は、製造部門ではなく、経営管理部門のライン下の廃棄品管理部が実施。
・廃棄品管理は、外部委託とし、製造現場の手に触れさせない。
・廃棄委託者(外部)から廃棄証明を提出させる。

このルールも、現場を一切信頼せず、リスクアプローチを徹底させています。

「食品を作っている責任者にゴミを吸わせると、責任者は、食品とゴミを区別せず、目先の納品要求に応えようとして。廃棄されるべきゴミを、ついつい食品として詰め込んでしまう」
という、人間の弱さ・卑劣さを直視した上で、
「食品を扱う人間には、ゴを扱わせない」
という単純なルールを作ることによって、この問題を解決しています。

そして、食品製造のラインから、廃棄作業を切り離し、外部委託するとともに、マニフェスト(廃棄証明)まで微求する、という徹底ぶりも見事です。

第2 製造日付管理

各パッケージ毎に適正な製造日付を刻印する。菓子の場合、パッケージが、
・商品そのもの、
・折り箱、
・折り箱を包装した外装、
という形で重層化されている。

この際、
「折り箱を包装した外装のみに賞味期限を刻印すると、古くに製造された商品が、新しい賞味期限を表示した外装に混在しても顧客には判別できなくなる。
そこで、以上の3つすべて、日付押印するものとする。また、日付は、製造日付押印とし、各包装完了日に押印することを徹底する。

この管理の徹底ぶりも参考になります。

「個包装部分に製造日付を刻印せずに、外装や折り箱だけに日付刻印をすると、賞味期限が到来して“ゴミ”になったものを、ついつい詰め込んで帳尻をあわそうとする」
という現場の心理を完全に把握し、これをコントロールしようとしています。

また、顧客へのさりげないアピールも注目すべきポイントです。

顧客としても、個包装部部分に製造日付や賞味期限が刻印されている状況をみると、
「これはゴミか食い物か」
「大丈夫か」
という疑心暗鬼が解消され、安心して食べることができます。

第3 有害設備の廃棄

回収品の保管・分解・再利用の事故につながる、冷凍設備、解凍設備、関連操業品をすべて廃棄する。

前提として、
「生の和菓子を作る工場において、冷凍設備、解凍設備、関連操業品があった」
というのも衝撃的ですが、実際、そういう事実があった以上、この会社はこれを正面から見据えて、対策を取りました。

冷凍設備、解凍設備、関連操業品は、さぞや高価なもので、おそらく減価償却も未了で、
「もったいない」
という気持ちはあったでしょう。

しかし、
「こういうものがあるから、現場はこれを使ってしまうんだ。ここは潔く廃棄してしまえ」
という果断な行動に踏み切ったのは、コンプライアンスの観点で高く評価されるものです。

第4 トップマネジメントによる不祥事情報の早期把握
1 指揮命令系統の整備
 品質保証部、廃棄管理部、お客様相談室、生産管理部、コンプライアンス部、内部監査室等、事件・事故、あるいはこれらの萌芽の探知につながる部門は、社長室直轄の部門とする。
2 不祥事情報の早期把握
 改善提案箱を設置するとともに、公益通報者保護法に準拠した内部通報システムを設け、通報先を外部弁護士に委託する。

コンプライアンスを貫徹する上では、不正を未然に防止する体制を整備するだけでなく、現場で実際に発生してしまっている不正を、経営陣が迅速且つ正確に把握することができるための体制を構築することも必要となります。

特に、現場は、操業効率を優先さし、コンプライアンス上の非違事項は隠蔽され、これを指摘する声が上層部に届く前に握りつぶされてしまう可能性もあります。

このようなコンプライアンス上のニーズに対応するため、2006年4月1日、公益通報者保護法が施行され、不正を現認した従業員等が企業内の不正を報告しやすい体制を整備することが可能となりました。

公益通報者保護法に基づき、企業は、内部通報窓口を設置することにより(場合によっては弁護士事務所等の第三者を内部通報窓口として指定し)、現場の不正を迅速に把握することが可能となります。

他方、内部通報を行ったこと等を理由として従業員を解雇すること等を禁止することで、従業員は現場の不正を躊躇することなく迅速に通報することが可能となる、というのが仕組の骨子です。

この企業では、指揮命令系統を社長室直轄とし、さらに、内部通報システムを設計する際の通報先を外部の弁護士に委託する形で
「不祥事握りつぶし」
の可能性を徹底して排除している点は、高く評価できます。

第5 全社的コンプライアンスの徹底
1 教育・研修の実施
 品質表示(JAS法等)、品質管理(食品衛生法)いずれの法令も専門家より教授。法務部への照会も推奨。
2 日常業務の総点検法令の確認と日常業務の総点検を実施。点検終了にあたっては法務部の確認を求める。
3 コンプライアンス・ツール
 コンプライアンス・マニュアル(衛生管理マニュアル、購買マニュアル、配送マニュアル、店舗運営マニュアル、生産管理マニュアル、廃棄品処理管理マニュアル)の策定を行ない、仕上がりについて外部弁護士にチェックを依頼。

以上のコンプライアンスの仕組みは、いかに巧妙な仕組みがあっても、従業員に浸透させて初めて機能するものです。

この企業では、教育研修を実施するとともに、外部チェックを前提とした各種マニュアル類を整備しています。

さらに、想定されている仕組(デジュリ)と現場の状況(デファクト)の差分検証を指揮命令系統の独立した法務部による監査としていることも評価できます。

以上、賞味期限改竄事故を乗り越え、再生に成功したある和菓子製造メーカーの、性悪説及びリスク・アプローチを徹底した事故予防マネジメントのモデルをみてまいりました。

初出:『筆鋒鋭利』No.065、「ポリスマガジン」誌、2013年1月号(2013年1月20日発売)
初出:『筆鋒鋭利』No.066、「ポリスマガジン」誌、2013年2月号(2013年2月20日発売)
初出:『筆鋒鋭利』No.067、「ポリスマガジン」誌、2013年3月号(2013年3月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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