00749_カネのマネジメント(ファイナンシャル・マネジメント)における企業法務の課題3:「カネ」の知ったかぶりは企業の生命を奪う

「(具象化された価値そのものである)カネ」
については、その価値の重大性や、移転が簡単に行えることから事故発生の可能性が高く、取扱に慎重さが要求されますし、
「カネ」を抽象化・観念化した形而上の価値としての「信用」については、
取り扱う上で、慎重さに加え、技術的難解さのため、一定の知的水準が要求されます。

このため、
「カネ」や信用の取引・管理・運用は、
「ヒト」や「モノ」といった経営資源の場合に比べて、
技術的色彩が強くその運用は複雑で困難なものとなっており、
これに比例してビジネスの活動としての管理の重要性は増します。

ビジネスにおいて、知らないもの、判らないもの、理解できないもの、あるいは感覚に合わないもの、というのは、たいていリスクであり、失敗する予兆です。

学問において、特定の理論や公式が理解できないのは、理解できない方に非があります。

しかし、ビジネスにおいては、成功する案件やトクをする事柄は、たいていシンプルで合理的であり、複雑で理解困難なことは、提供する側が混乱しているか、騙そうとしていることが原因、ということがほとんどです。

複雑で理解が困難なビジネス領域であるファイナンスマネジメントを行う際、最も重要なルールは、
「知ったかぶりをしない」
「判らなければトコトン聞く、調べる」
「トコトン聞いても、調べても判らなければ手を出さない」
ということです。

ところが、実際、たいていの会社や法人は、ファイナンスマネジメントの恐ろしさやファイアンスビジネスに関わる連中のいい加減さを理解せず、知ったかぶりをして、リスクの高いポジションを取らされ、気づいた頃には、地獄の1丁目に立っている、という例が少なくありません。

弁護士として、こういう光景に出くわすときがあります。

国内の比較的地味な低成長産業分野に属する企業で、社長には留学経験も高度なファイナンスを行った経験もないにもかかわらず、突如、妙な外来語を話し出し、また、それがとってつけたような話で、本質を理解しておらず、どこか地に足がついていないような印象を受ける。

そんなときは、企業はたいてい危険な徴候にあります。

企業において妙な外来語が飛び交う状況といえば、その会社が、妙な余剰資金運用をしようとしているときである可能性が高いと考えられます。

「デリバティブ」
「ヘッジ取引」
「モーゲージ債」
「ハイイールドボンド」
「サブプライムローン」
「SPC」
等といった耳慣れないコトバを社長や財務担当者が口にするようになったとき、会社が多額な損失を被りそうになっているか、あるいはすでに被っているときです。

金融機関は、非常に優秀な方が多く、いろいろな金融商品を開発し、提供してくれます。

無論、中には、緻密な理論を構築して、安全で高収益を生むような商品もありますが、すべての商品がまともであるという保証はありません。

デリバティブ、ヘッジ取引、ホニャララ債、ホニャララ投資スキームなどなど、言葉はいろいろありますが、いずれも元本が保証されず、値動きの仕組みがなかなか理解できず、しかも投機性が高い商品であり、あえて言うなら、過激なバクチです。

バクチというのは、客が必ず損し、胴元が必ず儲かるようになっています。これらの投機的商品も、投資家がよほど値動きを注視し、勝ち逃げするタイミングをみていない限り、ケツの毛まで抜かれる仕組みになっています。

そして、参加者がどんなにつらい目に会っても、商品を紹介したり、商品を設計したり、商品を運用しているような人間(バクチで言うと、“胴元”や“合力”)は必ず儲かるようになっているのも特徴です。

かなり昔の話になりましたが、リーマンショックの前あたりから、大学が資産運用に色気を見せ始めるようになった、ということがありました。

ただその結果といえば惨憺たるもので、K澤大学は190億円の損失、K応大学は179億円の損失、I知大学、じゃなかった、もとい、A知大学、N山大学、J智大学も軒並み100億円程度の損失を出しました。

他にも数十億円の単位で損失を出している大学が多数ありましたが、その中でも、K奈川歯科大学では、損失問題から刑事事件にまで発展しました。

同校では、人事権を掌握する理事が、その権力を背景に、実体のない投資先に巨額の投資をし、業務上横領等で逮捕されています。

経営陣が逮捕されるという異常事態から、年間7億円の補助金も打ち切られかねないという状況に陥りました。

そこら辺の社長よりはるかに頭のいい人が集まっている大学ですらこの状態ですから、一般の社長さんがやってうまく行くはずがありません。

これは現実のデータとして存在します。

かなり前の話になりましたが、日本経済新聞(2011年3月5日朝刊)の報道によると、
「全国銀行協会は為替デリバティブ(金融派生商品)で多額の損失を抱えた中小企業を救済するため、同協会が運営する紛争解決機関の処理能力を大幅に拡充する『デリバティブ専門小委員会』を立ち上げ、月間で60件取り扱える体制を整備する。金融庁の調査では、2万社近い中小企業がデリバティブ取引で損失を抱えている」
などという状況がありました。

また、これも古い話になりますが、世界的大企業であるヤクルトにおいても、財務担当副社長がプリンストン債なる実体の希薄な投機的な投資商品に手を出し、百億円単位の損失を出しました。

「経営者が稼いだ金でバクチにのめり込むと会社が傾く」
というのは昔からよくある話です。

時代が変わり、使われる言葉が
「博徒用語」
から
「難解な外来語や専門用語」
になり、賭場に誘い込む人間の素性も
「みるからにヤクザ者」という風体の者
から、
「高いスーツに高いネクタイをした品のよさそうな金融関係者」
になりました。

しかし、
「『実業を前提とせず、ラクに金儲けをしたい』という人間の心理を利用し、参加者を地獄に陥れる」
という本質に関して言えば、両者に大きな差異は見いだせません。

いずれにせよ、健全な会社は、資金が余ったら、事業に対する投資を行うべきです。

儲かったからといって、金にあかせてバクチにうつつを抜かす企業は早々に傾くことになるのはある意味必定といえます。

初出:『筆鋒鋭利』No.073、「ポリスマガジン」誌、2013年9月号(2013年9月20日発売)
初出:『筆鋒鋭利』No.074-1、「ポリスマガジン」誌、2013年10月号(2013年10月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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