00758_チエのマネジメント(知的財産マネジメント)における企業法務の課題7:企業秘密の意義・特徴

「チザイ」
としては、特許や著作権や意匠権といった権利の範囲や内容や限界がクッキリ、ハッキリして、登録されて、対外的にも明瞭に権利として認識されるようなものを見てまいりました。

もちろん、一般に
「チザイ」
といえば、これら正式な権利となるようなものが代表選手ですが、ビジネスの世界においては、これらとは別に、
「権利の範囲や内容や限界がクッキリ、ハッキリして、登録されて、対外的にも明瞭に権利として認識されるようなもの」
とは言い難い、
「企業秘密」
という知的財産領域があります。

そして、現実には、この
「企業秘密」
といわれるものの方が、ボリュームとしても膨大であり、かつ、企業にとって重要性を有しています。

原子力発電は高度な技術情報の集積によって成り立っています。

当然ながら、原子力発電に関する特許は、かなりの数の技術情報が、特許あるいは実用新案として、登録され、あるいは出願されています。

特許や実用新案に関する情報がデータベース化されている
「特許電子図書館」
というサイトで
「原子力発電」
というキーワードで検索すると、同キーワードに関する技術は、特許で2866件、実用新案で55件の合計2921件みつかります。

さて、ここで、例えば、ある会社が、原子力発電所を作ろうと思い立ったとしましょう。

特許許諾云々の問題は別にして、当該会社は、特許や実用新案として公開されている技術情報だけで、原子力発電所を作ることはできるでしょうか?

答えはNOです。

まず、不可能だと思います。

こういう話の仕方をすると、
「畑中は何を言っている! 3000もの技術が公開されているんだから、これを使えば、原子力発電所くらい作れるはずじゃないか!」
とおっしゃる方が出てきそうです。

しかしながら、現実には特許や実用新案だけで原子力発電所を作るなど、夢のまた夢、といえるほど、技術情報が不足著しいのです。

何故か、というと、原子力発電所を作るには、特許や実用新案として公開されている情報“以外”の膨大な技術情報が必要だからです。

これらの技術情報群は、特許化も実用新案化もされることなく、原子力発電メーカー固有の
「門外不出のノウハウ」
として膨大な情報群として存在し、一般の目に触れることなく、日々アップデートされ、進化を遂げているものです。

おそらく、原発を作るのに必要な技術情報のすべてを100とすると、特許や実用新案として公開されるのは、そのうち0.001%にも満たない、といえるかもしれません。

原発開発に携わる会社は、
「技術競争力の根幹に関わる技術で、比較的早期に陳腐化し、公開することにより生じる犠牲を勘案してもなお、模倣リスクを防御し、牽制しておいた方がいい、ごく一部の情報」
だけを選び出し、競業する他社への牽制も込めて、特許ないし実用新案として出願する、という行動に出ます。

そして、それ以外の膨大な技術情報群は、一切公開されることなく(したがって外部によって真似されるどころか、目にする機会すらない状態で、)静かに製造現場で蓄積されていき、メーカーの競争力を支えているのです。

特許は、強力な権利ですが、他方で、その内容を公開しなければならず、かつ、一定期間でその優先的効力は消滅します。

また、特許の効力は登録した国限りのものであり、登録をしない国においては、
「パクリ放題」
です(特許における属地主義)。

現実問題として、世界百数十ヶ国全てにおいて特許権を取得しようとすると、想像を絶する取得コスト・維持コストが必要となります。

他方、企業内部の技術情報は、新規性や進歩性といった技術内容に関する要件など一切不問で、一定の要件を充たす限り、登録等の手続きは一切不要で、不正競争防止法という法律によって保護されます。しかも、存続期間は永久です。

営業秘密としてよく例に出されるのが、コカコーラの原液のレシピ情報です。

すなわち、コカコーラの原液のレシピ情報は、一切公開されることなく、
「問外不出の企業秘密」
として、百年以上にわたって保護・管理され、コカコーラ社の長期間にわたる競争力を支えています。

もし、これが特許として公開されていたら、コカコーラは20年程度でその競争における優位性を喪失し、今頃企業は破綻していかもしれません。

世阿弥は
「秘すれば花」
と言いました。

技術情報も、同様です。

特許として公開してしまえば、高いコストをかけた挙句、20年ポチしか保護されませんが、公開せず
「自家薬籠中の物」
として保管しておけば、低コストで、かつ長期間、企業の競争力を支えてくれるのです。

「営業秘密」
として保護されるためには一定の要件充足が必要であり、その一番重要な要件が、秘密管理性と言われるものです。

要するに、企業が、特定の情報を、不正競争防止法に基づく
「営業秘密」
として保護を求めるのであれば、
「これら情報を、従業員を漫然と信じて、いい加減・適当に管理するようなこと」
はNGで、
「守秘義務誓約書を徴求するとか、社外に容易に持ち出せないような物理的あるいは制度的な仕組を作るなどして、厳密に管理しておく必要がある」
というわけです。

ですが、長年、
「社員は家族。社員を信じよ。社員を泥棒と考えるような強烈な管理の仕組みはよくない」
というカルチャーを信奉してきた日本の各メーカーは、この種の仕組みをまったく持っていないことが多く、リストラした社員が、情報を持ちだしても、打つ手がなく、技術情報がどんどん流出する状況です。

有名なのが、日本製鐵(当時の社名は新日鐵)が保有していた方向性電磁鋼板製造技術で、これら技術は、特許化されることなく、長年企業内の秘密として運用されていました。

ところが、リストラされた技術者が、転職先の韓国メーカーにこの技術を持込んだことが契機となって、国際的な企業紛争に発展しています。

無論、日鐵サイドは、
「不正競争防止法にもとづく保護を受けられるに十分な、営業秘密としての管理実体はあった」
と主張していますが、韓国メーカー側は、
「そんな管理なんかやっていないだろう。大事なものなら、ちゃんとしまっておけ。従業員を信じて適当な管理をしておきながら、クビにした従業員が培った技術を適正に使ったからといって、今更、ギャーギャー騒ぐな。見苦しい」
と応戦していました。

最終的には、軍配は日鐵側に上がりましたが、モメにモメてモメ倒した末の勝利でしたから、訴訟リスクという点では、日鐵側は相当な脅威にされされたことは間違いありません。

いずれにせよ、営業秘密として保護を求める以上、相応の要件充足が必要であり、これまで性悪説に基づく社員に対する厳格な情報管理を要求した経験のない日本企業は、右往左往している、というのが実体です。

以上、企業秘密について見てきましたが、ポイントとしては、発明をしたからといって、何でもかんでも特許化を狙って公開すればいい、というものではなく、
「秘すれば花」
という形で、非公開の営業秘密として運用した方が便宜な場合もあり、企業における技術情報の大半はこのような形で維持・保全されている、ということです。

とはいえ、このような営業秘密として維持・保全を企図するのであれば、
「ウチの従業員はまともだから、信じても大丈夫」
という態度は禁物で、性悪説を徹底した厳密な管理をする必要がある、ということも踏まえなければなりません。

初出:『筆鋒鋭利』No.090、「ポリスマガジン」誌、2015年2月号(2015年2月20日発売)

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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