00952_企業法務ケーススタディ(No.0272):中国進出の恐怖

本ケーススタディーは、事例及び解説の概要・骨子に限定して要約・再構成したものです。
詳細をご覧になりたい方は、「会社法務A2Z」誌 2012年10月号(9月25日発売号)に掲載されました連載ケース・スタディー「鐵丸先生の 生兵法務(なまびょうほうむ)は大怪我のもと!」四十四の巻(第44回)「中国進出の恐怖」をご覧ください 。

当方:
脇甘(ワキアマ)商事株式会社 社長 脇甘 満寿留(わきあま みする)
同社法務部 部長 執高 鰤男(しったか ぶりお)
同社 顧問弁護士 千代凸 亡信(ちよとつ もうしん)

相手方:
中国 某会社

中国進出の恐怖:
顧問弁護士が顧問をしている別会社が中国に進出しましたが、工場労働者から賃上げ要求が起こり裁判沙汰で負け、現地からの撤退を考えています。
その話を聞いた社長は 、
「当社が現地法人を丸ごと引き取る。
海外で裁判に負けてもしょせんは民事事件、カネを支払わないからといって逮捕されることもないし、日本に逃げ帰ればいい」
と、いいだしました。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点1:「民事手続に関する法律」と「刑事手続に関する法律」は別の法体系
「刑事手続に関する法律」
とは、罪を犯した者を処罰するために、逮捕・勾留や捜索差押といった捜査手続から始まり、裁判における手続き、刑罰の執行の方法等を規定しています。
「民事手続に関する法律」
とは、私人(法人)の間の金銭トラブルや、その他の権利・義務に関する紛争について、法的に、かつ終局的に解決するための裁判における手続や、判決の内容を任意に実行しない者に対して強制的に判決内容を執行すること等を規定し、
「カネを返さない者」
を逮捕したり、拘束することはありません。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点2:中国における民事執行制度の歴史
日本の民事訴訟法が
「訴えを提起すること」
から始まって
「判決」
「上訴」
までの民事裁判の手続きだけを規定し、
「強制執行」
に関するものについては民事執行法に規定しているのに対し、中国の民事訴訟法は、
「訴えを提起すること」
から
「強制執行」
まですべての手続きを1つの法律で定めています。
もともと清朝(1636年~1912年)以前の時代の中国では、
「借りたカネを返さない」
場合は、労役に服すとする刑罰が科されていました(「役身折酬」)。
1949年に中華人民共和国が成立すると、中国共産党はそれまでの法律(中華民国時代も含め)をすべて廃棄したことから、1978年ごろまでの間の
「強制執行」
は、法令に基づかずに、地方の行政官の
「経験」
「内部規則」
「慣習」
に基づいて行われていました。
そして、2007年に内容の改正を行い、次のような現在の形としました。
1.強制執行に協力しない者に対する罰則を強化する
2.債務者に対し、自分の財産の状況を報告する義務を課し、これに違反した場合には過料や拘留といった刑罰を与える

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点3:「出国禁止」措置
中国では、2007年改正の際、
「私人(法人)の間の金銭トラブルや、その他権利・義務に関する紛争」
の当事者が判決の内容を任意に実行しない場合の
「強制執行」
手続きの1つとして、民事訴訟法に新たな条文(231条)が設けられました。
およそ現代国家における
「民事手続に関する法律」
では、
「カネを払わない」
からといって身柄を拘束したりすることはあり得ませんが、この法律によると、中国で民事裁判を提起され、その結果、
「金を支払え」
と判決が下された場合、金銭を支払わずに中国を出国しようとすると、金銭を支払うまで、中国国内に“足止め”されてしまう可能性があるのです。

助言のポイント
1.“夢の中国進出”話に無邪気に踊る前に、もう一度、深呼吸をして、会社にとって、果たして本当に中国進出が必要なのかどうかを検証すること。
2.中国進出の前に、「現地法人」の設立以外の方法もあることを考えよう。単純な物品輸出、ライセンス、OEM、現地パートナーとのアライアンスというリスクの少ない進出方法もある。
3.進出先の法律知識は絶対必要。政治体制も文化も違う国では、日本の常識は通じない。
4.中国では「裁判で負けても海外に逃げてしまえばいい」は通じない。中国の法改正には特に注意しよう。

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著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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