00037_企業法務ケーススタディ(No.0008): “事件”ではなく“事故”を起こしただけなら、“道義的”責任は生じても、“法的”責任は生じない

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社ジャイアント・シッパー 江戸川 登(えどがわ のぼる、41歳)

相談内容:
先生、先生、先生、たっ、たっ、大変なんすよ~。
どうにかしてくださいよ~。
落ち着けって? そんなの無理すよ。
いや、どうもこうも。
今日、でけえ荷物運ぶ仕事があって、いつものようにウチの現場の人間に、利根川に船、出させたんですよ。
いや、その荷物って、動物園からの依頼で、キリンなんですけどね。
で、キリンだから、当然背丈が高いわけですよ。
頑丈でとんでもなく背丈の高い檻を船に載っけて、ドンブラコ、ドンブラコ、って運んでたわけですよ。
船長やらしてたのは、ベテランですが、上に送電線があるのをすっかり忘れてキリンの檻にひっかけやがって。
そうそう、今朝の東京の大停電。
それウチなんです。
え? ウチが株式公開してるかって?
ちょっと前、株式公開目指すなんて大きなこといってましたっけ。
あんなの銀行や取引先に対するホラに決まってるじゃないすか。
ええ、ウチは正真正銘の非上場ですよ。
てゆうか、そんなことどうでもいいんですよ。
とにかく、電話はじゃんじゃんかかってくるわ、テレビレポーターは押しかけるわ。
もう、だめ。破産ですよ。
破産。
助けてくださいよ~。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:法的責任と道義的責任
江戸川さんは、相当あせっておられますが、まず、冷静になる必要があります。
ある事件や事故がおこり、これに対して何らかの責任がある企業に対しては、事故当初、世間やマスコミから大きな非難が寄せられます。
ですが、社会的・道義的非難が大きいからといって、当該企業が負担する法的責任が当然のように発生し企業が崩壊するか、というと、そうはなりません。
法的責任と道義的責任は別物ですから。
道義的責任や社会的責任とは違い、法的責任の射程は極めて狭く、故意や過失まで、責任追求側が全て立証できて、はじめて、民事責任や刑事責任等が生じるのです。
故意・過失が立証できていない段階、あるいは、故意・過失すら不明で疑いの段階であれば、それは、事件ではなく、事故に過ぎません。
法的責任がない、あるいは法的責任が不明にもかかわらず、自ら、法的責任を認めて墓穴を掘るような(戦略的に)愚かな真似さえしなえければ、特段、窮地に陥ることはありませんし、慌てる必要もありません。

モデル助言:
そんなに焦ることはないですよ。
御社が株式公開企業だったら、売りが殺到で株価についてダメージを被りますが、幸い、御社は株式非公開です。
また、御社の商売は、消費者相手のいわゆる
「BtoC」ビジネス
ではありませんので、取引先関係だけしっかり関係維持しておけば、経営に影響があるということはないでしょう。
船長さんは、警察に呼ばれると思います。
ですが、
「過失による器物損壊」
を処罰する規定は刑法にはありませんので、特殊な業法違反で何らかの行政処分を受けるくらいは想定できますが、それほど大事にはならないと思います。
とはいえ、世間の評価をわざわざ下げることもないでしょう。
とにかく、
「道義的責任を痛感する」
とかいう法律上無害なコメントを出して、平身低頭、嵐が過ぎるのを待ち、損害賠償請求等も、会社の経営に与えない程度に賠償枠を予算として確保し、法的に明らかなものに限り、適宜の処理をするという方針で参りましょう。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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