00067_企業法務を志すには

当たり前のことですが、企業法務は、企業のことを知らないとできません。

そして、法学部でも、司法試験予備試験でも、ロースクールでも、司法試験でも、司法研修所でも、企業の実体については、ほとんど試験で聞かれませんし、教えられません。

というより、上記の試験を作成したり採点したりしている人も、上記の教育機関で教えている人も、企業の実体について知っている人はほとんどいません(企業に就職して、企業法務部にいたようなキャリアを持って入れば、別ですが、こういう人は、超少数派です)。

もちろん
「会社法」
は勉強しますが、会社法を勉強しただけでは、企業の実体、企業活動のダイナミズムはわからないと思います。

いや、言葉で理解できるでしょうが、実感として今ひとつ理解できないと思います。

会社法では、
「取締役は、法令と定款に基づいて、善良なる管理者として、会社を経営する専門家」
などと述べていますが、実体とは大きく異なります。

取締役と呼ばれる方の最も重要なミッションないし対処課題は、会社法の教科書に会社の存在目的として書かれている
「営利の追求」
であり、企業会計などでその目的とされるゴーイング・コンサーンを実現することです。

どれだけ法令や定款を守れる能力があったとしても、金儲けが全くできなければ、会社は存在する意味がなく、組織としての永続性も保てなくなります。

したがって、
「法令定款を守れる能力があっても、金儲けがまったくできない」
タイプの人間は、会社にとってはあまり必要ではありませんし、
「不祥事を起こして再建中の会社のトップを選ぶといった、イレギュラーあるいはアブノーマルな状況」
でも出来しない限り、基本的に、経営トップにふさわしくない、とされます。

上場企業の経営トップが、カトリックのミッションスクールで宗教道徳を教えている教員が選任されたとして、当該企業の株価はどうなるでしょうか。

「法令と企業倫理を遵守する立派な企業である」
という高評価を得て株価が上昇するでしょうか。

それとも、
「この会社は、まともに経営に取り組む気があるのか。なめてんのか」
という評価によって株価が暴落するでしょうか。

こういう思考実験をすれば、
「 法令定款を守れる能力があっても、金儲けがまったくできないタイプの人間は、会社にとってはあまり必要ではない」
という不愉快な事実も、残念ながら認めざるを得ないところであろう、と思われます。

こういう企業の現実の営みを理解せず(あるいは理解できず)、会社法の学習成果だけで、企業法務の実務に携わろうとしてもなかなか困難となるでしょう。

また、上場企業の法務を志すには、株式市場のことを知らないと困難であろうと思います。

株式市場のことを知るには、株取引をしてみるのが最も手っ取り早いです。

無論、のめり込まない程度に、勉強する加減で、ですが。

株取引をしてみると(といっても、「デタラメな、出たとこ勝負のバクチのような取引」ではなく、きちんとゲームのルールやゲームの環境を勉強して、個別動向のほか、市場動向などを含めた情報収集を綿密かつ頻繁に行い、逆指値などのリスク管理を行う、知的営みとしての投資をする、という意味での株取引です)、IPOの仕組みやインサイダー規制、適時開示や、四半期報告といった、金商法や取引所の定める有価証券上場規程といった上場企業が遵守すべきルールの意味や運用実体がリアルにわかると思います。

また、P/L、B/S、各段階利益の意味、下方・上方の各修正の意味とインパクト、PER、PBR、ROEといった各指標の意味も理解でき、上場企業の経営者と同じ視点に立った企業経営や市場動向やマクロ経済環境に対する観察力・洞察力も養えます。

逆に、株取引をしたことがない方にとっては、株式市場のことがわからないでしょうし、株式市場のことをわからないと、上場企業の法務をしても、具体的・現実的なイメージで実務を進めることはほぼ不可能と思います。

というより、上場企業経営者ないし経営陣と、感受性を共有することができません。

経営者と会話して、言葉は何とか理解できても、話は理解できないし、心はもっと理解できないし、そういう状況で、
「経営者にとって真の味方」
としての参謀とはなりえないでしょう。

さらにいえば、そもそも、サービス提供者として、顧客のウォンツ(本質的欲求)がわからないわけですから、ニーズ(充足手段)やデマンド(具体的要求)も定義できませんし、提供するサービスも、どこか上滑りしたというか、ピントがぼけたものになりかねません。

企業の事業活動(商売による金儲け)や、株式市場での投資活動(投資による金儲け)は、やったことのない人間にとっては、想像を超えたダイナミズムをもっています。

「企業の事業活動や株式市場における投資活動にまったく知識も経験もなく、ただ、会社法を教科書で学んだだけ」
というだけでは、
「企業法務」
という特殊な法領域・実務分野において自分なりに価値提供するには、あまりに不十分です。

とはいえ、
「弁護士資格を取った上に、さらに、商売と株をやってからでないと、企業法務を志すことはできない」
などという非現実的なことをいうつもりはありません。

意識の面で、
「会社法を勉強しただけでは、企業法務を取り扱うには、まったく不十分(上場企業の法務を扱うには、会社法だけではまったく不十分で、金商法と有価証券上場規則と企業会計の勉強も必要です)」
「法律を少しかじっただけの自分など、企業活動のダイナミズムの理解度という点において、この種のことに縁がない公務員や教員や主婦の方とあまり変わらない」
という謙虚な気持ちを持ち、絶えず、興味と好奇心をもって、貪欲に、企業のことや、株式市場のことを勉強する姿勢を持ち、勉強と研究を続けることが大事であろうと思います。

弁護士になって20年を超え、企業法務に関する本や記事や論考等をそこそこ執筆しておりますが、著者も、まだまだ
「企業活動のダイナミズムの理解度という点において、この種のことに縁がない公務員や教員や主婦の方とあまり変わらない 」
レベルであり、非才未熟である、という自戒を持っています。

ただ、企業のことや株式市場のことを深く知りたい、勉強したい、という興味と好奇心と知的貪欲さは誰にも負けないよう、日々努力しています。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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