00072_企業法務ケーススタディ(No.0026):開発委託契約書はよく読むべし

企業から、顧問弁護士に対して、以下のような法律相談が持ち込まれた場合の助言方針を検討してみます。

相談者プロフィール:
株式会社松友引越便 社長 松友 等(まつとも ひとし、41歳)

相談内容: 
商売の方は、ほんま、順調で、儲かってしゃーないですわ。
とはいえ、ウチの商売は、学生とか外国人とかをむっちゃ安いバイト代で使うんで、人集めんのも一苦労なんですわ。
ずーと、大阪の芳本総合アルバイトあっせんセンターちゅうところに人集めお願いしてたんですけど、何せ、マージンきつくてやってられませんねや。
ほんでインターネットで直接バイト募集しようかあちゅう話になりまして、何社かプレゼンさせて、一番プレゼンがよかった東京の大手業者にシステムやらホームページの制作やらを全部お願いすることにしたんですわ。
まあ、初期費用は高いですが、保守とか更新とかは地元の安い業者に任せればええかな、とか思てます。
業者の担当者は、定型的なもんやから適当に判子ついといてくれ、みたいな感じで渡しよったけど、昔、そんな調子でごっつ不利な契約書に判子ついてもうて、先生にえらいお世話になった経験もあるので、一応、先生に見といてもらおう思たんですわ。
それなりに値がはる取引なんで、何や注意点とか書き直す点とかあったら、あんじょう教えたってください。

本相談を検討する際の考慮すべき法律上の問題点:「カネを出した客より、カネをもらって仕事を請け負った職人の方がエライ」という異常な初期設定がまかり通る、知的財産権の世界
知的財産権の世界では、カネを払って開発を委託したケースにおいて、契約上開発成果物に生じた権利の帰属が明記されていないと、当該権利は、カネを払った人間ではなく、開発した業者の所有に帰すことになります。
無論、カネを払った側は少なくとも開発成果を使うくらいは許されそうです。
しかし、契約書に明記していない以上、開発成果に関する権利は業者の所有物として、業者が特許を取得しようが、その特許を委託者のライバル企業に売り渡そうが、法律上は許されることになります。
「そんなアホな」
と言われそうですが、知的財産権制度は
「知恵を出した人間が知的財産権者である」
という建前で構築されており、カネやインフラを提供した奴は部外者という扱いです。
契約で権利者として扱うことを取り決めがない限り、少なくとも知的財産権の世界ではカネを出した人間は
「お呼びでない」
ことになります。
委託した物が著作物の場合、制作者の権利はさらに強化されることとなります。
すなわち、契約書上
「代金支払とともに全ての著作権を譲り受ける」
との約定を明記して、ある著作物の制作を依頼した場合であっても、カネを払って買い上げた側が勝手に著作物に変更を加えることができないのです。
例えば、著名な画家に肖像画の制作を依頼して引渡しを受けた後、当該肖像画にヒゲやメガネや鼻毛を書き加えた場合、当該画家の「著作者人格権の侵害という法的問題」が生じます。
ウェッブサイトの制作も同様で、納入されたページデザインを勝手にいじったりすると、場合によっては制作を委託した業者から著作者人格権の侵害などとケチをつけられる場合が考えられます。

モデル助言: 
問題の契約書を見ると、
「開発成果は、開発を遂行した者がその権利を取得する」
なんて書いていますが、松友さんの会社は開発を丸投げして開発に関わらないわけですから、カネを出したにもかかわらず成果は業者がすべて取得します。
大工の例でいうと、この契約書に基づく限り、松友さんの会社は、工事代金を支払ってもあくまで借家人扱いです。
ですから、契約書には、開発成果に関して生じるべき権利は松友さんの会社に排他的に帰属する旨明記する必要がありますね。
今回の場合、特許性がある開発は想定できませんので相手方の会社の職務発明に関する規程整備状況まで調べる必要はありません。
特許を生じ得るような開発の場合はこういうことも契約上盛り込む必要が出てきます。
松友さんがおっしゃっていたように保守や更新を別の業者に委託する場合、相手方業者が著作者人格権云々などと難癖をつけてくる可能性があるので、契約書には
「業者は著作者人格権を行使しない」
との一文を入れておく必要もあるでしょうね。
ま、契約書案は全面リフォームが必要です。
相手が強硬で契約書の校正に応じない場合がありますので、最後は
「校正に応じないと支払わない」
という態度に出る必要がありますので、契約書の調印まで一切支払をしないでください。
また、最悪、業者を変える必要も出てきますので、見積をもらった業者との関係も維持しておいてください。

著者:弁護士 畑中鐵丸 /著者所属:弁護士法人 畑中鐵丸法律事務所

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